第22話:追跡開始
リリアナの言葉に、二人の部下は同時に頷いた。
「奴は今まで、現場に何一つ痕跡を残しておりません。明らかに我々を誘っています」
「ああ、間違いなくね……突発的なものだったのには違いないだろうけど、奴はそれを利用しようとしてる。あの三人の会話から私らの存在を知ったんだろうねぇ。自分を追っている……邪魔者の存在を」
「どうするでありますかっ? 追跡はしないです?」
「出来ればそうさせていただきたいねぇ……得体の知れない謎の実力者……おまけに、頭も完全にいかれちまってる。となれば、どんな恐ろしい罠が待ち構えてるか分かったもんじゃない……けど、今回はあえて誘いに乗る」
二人の部下は、思わず顔を見合わせる。
ライリーは一歩前に出て、彼女の真横に立った。
「お言葉ですが……危険過ぎます。後発部隊の到着を待ってからにされた方がよろしいのでは?」
「おやおやぁ? "曲がらず"のライリーともあろう者が、随分と弱気な発言をするじゃないか。ひょっとしてお腹でも空いてるのかい? ペルシア料理がお気に召さなかったかな?」
「隊長……」
「……リスクは承知の上さ。こいつを逃すと、また当てずっぽうで街を徘徊するハメになる……上もだいぶせっつかれてるみたいだし、やるしかないんだよ私らは。それに、向こうがその気なら、こっちも罠を仕掛けてやろうじゃないか。さぁ、さっさと始めな……ターニャ」
「りょ、了解でありますっ!」
ビシッと敬礼をした後、彼女は机の上に残っていた皿やらフォークやらを一箇所に集め始める。
そしてそれが終わると、今度は杖を両手で握り、身体の中で魔力を練り上げた。
「───"感覚強化"」
能力強化の魔術。
身体の能力を向上させるそれは、練度は別として、魔術士であれば誰もが身に付ける必須魔術である。
身体能力全般を満遍なく強化することも可能であるが、対象を絞ることで、その上昇幅を引き上げることが可能であり、今ターニャはある一部分のみに全てを集約させていた。
「……くんくん」
鼻を鳴らしながら、ターニャは机に置かれた物を次々と嗅いでいく。
さらに椅子や床へと続き、まるで犬のように四つん這いになった彼女は、そのまま這うように移動を開始した。
「いい感じかい?」
「くんくん……はい……やはり二人……男の人は体臭が薄いですけど……女の人の方は匂いが強いですっ」
「おいおいターニャ……女にとって"くさい"と言われるのは死刑宣告よりも辛いんだよ? そんなはっきり言ってやらなくても……」
「あ、いやっ……くさいんじゃなくて! 強いだけでとてもいい匂いでありますっ!」
「ああ、そうかい? だったらよかった。その女も死ななくて済む」
苦笑するライリーに笑みを返すと、リリアナは床を這うターニャを追って歩き始める。
彼女は店の中央、三人の遺体が転がる場所で一度止まった後、店の入り口へと向かい、そこで立ち上がった。
「……覚えました。追跡可能でありますっ!」
「よし……いい子だ。兵士長さん!」
「あ、はいっ!」
「私らはこのまま兵舎に行かせてもらうよ。もしかしたら、そのままこの街を離れるかもしれない。世話になったね」
「いえ、我々は何も……リリアナ殿、ご武運を」
「ああ……あったらいいねぇ。それじゃ、さいなら」
手をひらひらと振り、リリアナは二人を連れて店を出る。
群がっていた野次馬たちを兵士にどけさせ、彼女たちは十一人目が殺害された兵舎へと向かい歩き始めた。
「ターニャ、どうだい?」
「続いてます。真っ直ぐ……兵舎に」
「ふふっ……やだねぇ。三人殺してそのまま行くのかい。マジでいっちまってるね」
そのまま匂いを辿っていくと、やがてシャバラの兵士駐屯所へと辿り着き、その敷地内にある砂岩で出来たベージュ色の大きな建物の前でターニャの足が止まった。
「……ここで途切れてます」
「ま、予想通りだね。兵舎の真ん前だ」
「堂々と敷地内に……兵士たちも警戒していたはずなんですが……」
「みなさん"何も気づかなかった"と話していたでありますなっ!」
「気配を遮断していたんだろうね。ほら、また一つ奴が使った魔術が増えたよ。これで戦闘用の魔術も複数習得しているとしたら……マジの天才だね。さ、行くよ」
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「写真などは撮りましたが、現場はそのままにしてあります」
「ご苦労さん。終わったら言うよ」
「はっ」
入り口に立つ兵士にそう言って、リリアナたちは殺害された兵士の部屋へと入った。
「うっ……ぐざいでありまずっ」
部屋の中は血と糞尿の匂いに包まれており、ターニャは思わず鼻を摘んだ。
「我慢しな。さて……あー……こりゃ可哀想に」
リビングの中央。
そこに置かれた椅子の上に、何度も見たその光景があった。
「被害者はマキシー=エバンス。二十歳の女性。配偶者なし。経歴も含め、いつも通りです」
血まみれになったブロンドの長い髪をした女性の頭部は、目を見開き、苦痛に顔を歪めたまま固まっていた。
そして、その隣には───
「ぺっぴんさんだったのにねぇ……こんなに歪んじまって。何をされたかは想像したくないね。で、頭と……こりゃなんだい?」
「どこかの肉……だとは思いますが、これでは調べてみないと分かりませんね」
「いい趣味してるよまったく……で、いつものメッセージと……ターニャどうだい?」
「……痕跡ばありばぜん」
涙目の彼女がそう言うと、リリアナは腕を組んで首を捻った。
「そうかい……じゃ、罠の線が濃くなったね」
「ど、どういうごどでありばずが?」
「こっちにも痕跡があるなら、奴が開き直ってどうでもよくなったという可能性もある。けど、こっちは消してあっちは消さなかったとなれば、うっかりを装ってるってこった。本当に見逃すような馬鹿なら、こんなに手を焼いたりしないよ」
「あー……なるぼど」
「目撃者である奥さんを殺さなかったのも、私らに情報を渡して反応を見る為だろうさ。そして、そういうことが出来るということは即ち、何があっても対処出来るという自信があるってことだよ。まったく……嫌な相手だよほんとに」
「で、どうします? ターニャの追跡はここまで……匂いが途切れている以上、先には進めません」
「浮遊魔術かそれ以外か……まぁ、結局私らにはこの足しかないって訳さ。ライリー、すぐに南方司令部に連絡しな。このシャバラ周辺の街にいる兵士のリストを全てよこせとね。その中から、被害者と同様の経歴を持つ者を全てリストアップ……同じ街に行けば、ターニャの鼻で奴を見つけられる」
「しらみつぶしに……ですか」
「そうだ。さぁ、急ぎな。猶予は早くて二日……それまでに見つけないと、十二人目が生まれちまうよ?」
「分かりました……急がせます」
「あ、連絡先はここの隣の街にある駐屯所にしときな。無駄だとは思うけど、この街にいる時間の方が無駄だからね」
「了解」
「さ、もうここに用はない……ターニャ、まだ鼻はあるかい?」
「……ばんどが」
「バンド? ……ああ、"なんとか"って言ってんのか。こりゃ急いだ方がいいね……あんた、そろそろ鼻がもげちまうんじゃないかい? ほれ、早く早く」
「ひ、ひぃー!」
小走りで玄関へと向かう彼女に微笑んだリリアナであったが、ふと感じた違和感に視線が上へと向かう。
「……考え過ぎかねぇ。どちらにせよ今は……ま、なるようになるか」
そう一人呟いた彼女は、ライリーを連れて部屋を後にする。
その背中を、もう動かない瞳がただ静かに見つめていた。




