第21話:適性と時間
頷いた部下が入り口へと向かい、暫くして三人の男女を引き連れて戻って来るのが見え、ブランはまた一つため息をつくと、スッと背筋を伸ばした。
「よぉ……兵士長さん」
そう彼に挨拶したのは、本国憲兵隊特務課所属のリリアナであった。
ジェスターの先輩にあたり、特務課課長のオーガスからの信頼も厚い彼女は、精鋭揃いの特務課の中でも特に優秀な人材として広く知られている。
そんな彼女が率いる隊は、今回の軍人殺しの一件でこの元ペルシア領へと先行して入り、独自に調査を進めていた。
「先程振りですな……リリアナ殿。ところで、その格好は?」
「ああ……これかい?」
彼女たちは軍服を纏わず、軽装の鎧や魔術士が着るようなローブなどを着用していた。
「軍服を着てると妙に警戒されちまうからねぇ……流れの傭兵を装ってんのさ。その方が、色々と都合がいいんでね」
「なるほど……あ、それと何故こちらに? てっきり兵舎の方へ行かれたものと……」
「いやね? 確かにあっちも大事なんだけど、ちょいとこっちにも興味が湧いちまってねぇ……先に見させてもらってもいいかい?」
長く美しい紫色の髪をかきあげながら、彼女は鋭い視線で現場を見回す。
ブランからすればかなり年下ではあるが、いくつもの修羅場を潜り抜けてきた彼女が放つその威圧感に、彼は思わず重心を少し後ろへとやった。
「え、ええ……それは勿論構いませんが……」
「悪いね。で、こいつらがその三人だね?」
地面に転がるそれらを指差し、彼女は微かに笑みを浮かべてそう言った。
「あ、はい。店主の話によれば……あ、実際に見たのはその奥さんですがね。本当に一瞬の出来事だったそうです」
「だろうね。こいつぁ……とんでもない上玉だ」
しゃがみ込み、遺体の断面を見つめながら、彼女は静かにそう言った。
「一応聞くけど、遺体には触ってないね?」
「ええ、まだそのままにしてあります」
現場には、剣を握ったまま並んで倒れている二人の上半身と、そこから少し離れた位置に切断された下半身があり、そして座ったままの遺体には首と右腕がなく、その首は身体の近くに、右腕はやや離れた場所に転がっていた。
彼女はそれらを一つ一つ確認し終えると、仲間たちに目で合図をした後、ブランへと視線を向けた。
「全ての断面が均一だね。血が抜けてるからよく分かる……ほら、見てみなよ。筋繊維も血管も一切潰れてないだろ? 一切の淀みなく、完全な水平……見事なもんだ。この切り口、間違いなく奴だよ」
「奴?」
「……軍人殺しだよ。これをやったのはね」
「え? まさか……」
「おいおい……なんで私らが朝っぱらから必死こいて移動して、光の速さでこの街に来たと思ってんだい? 十一人目は昨日の夜に、この街の兵舎で殺されてるんだ……奴がこの街にいたことは間違いないんだから、そう考えるのが自然じゃないか。それとも何かい? この街には殺人鬼が何人もいるってのかい?」
「いや、そんなことは……しかし、今までとは状況も違いますし……」
「何言ってんだい……これ程の剣の使い手が、同じ街に複数人いると考える方が不自然じゃないか。多分、突発的なもんだったのさ……ほら、目撃者から話は聞いてるんだろ? 私らにも聞かせておくれよ」
「わ、分かりました。事が起きたのは───」
ブランは店の主人から聞いた話を、そのままリリアナへと伝える。
彼女はそれを聞き終えると、二、三度頷いた後にニヤッと笑った。
「……ゾクゾクするねぇ。私らの想像した通りの人物じゃないか。人の命をなんとも思ってない……完全にいかれちまってる化け物だ。たまんないねぇ……」
「は、はぁ……」
「しかし、私らの読みも結構外れてたねぇ。単独犯だと思ってたのが女連れの二人組で、それなりに歳を重ねていると考えてたけどまだ若く、そして想像以上の剣の達人……いや、そんな陳腐な表現じゃ足りないくらいだ。こりゃ大物だよ……とんでもない大物だ」
「や、やはり……リリアナ殿から見てもそうなのですか?」
「ふふっ……私をなんだと思ってるかは知らないけど、軍人殺しがとんでもない奴だってことだけは間違いないよ。剣の腕もそうだけど、私らが何より危険視してるのは……その魔術の腕前さ。ところで兵士長さん、あんた魔術は?」
「あ、いえ、私はてんで駄目でして……」
「そうかい……まぁ、魔術の習得には適性があるからねぇ。人間の一生は実に短い。魔術に適性がないなら、毎日剣でも振ってた方が遥かに強くなれる。魔術の習得とその鍛錬ってのは、適性があってもやたらと時間がかかるからねぇ……ま、死ぬ程時間がありゃ別だけど。で、何が言いたいかっていうと、軍人殺しは剣と魔術、その両方を高いレベルで習得してるってことさ」
「両方を……」
「ああ。剣は言わずもがな……特に、こいつを見ればよく分かる」
リリアナはそう言って、座ったままの死体に指を差した。
「こいつは座ったまま首を刎ねられてる。立った状態で刎ねられてたらこうはならない。他の二人みたいに倒れちまうからね。で、この高さにある首を刎ねる場合、当然剣の振り方は横薙ぎになる訳だけど、目撃証言から考えるに……奴は片手だけでこれを斬っている。それも軽く、サッと払うようにね。それでこの断面だ……あり得ないよ。普通はそんな簡単にいかない。人間の身体は、想像より遥かに頑丈だからね。それだけで、こいつの技量がよく分かる」
「なるほど……確かに……」
「で、魔術の方だけど、いかに適性があろうが、使いこなせる魔術の数には限りがある。さっきも言った通り、魔術の習得には時間がかかるし、それを鍛えるのにも膨大な時間を要するんだ。だから、自分が覚えたい魔術を選び、数を絞って研鑽していく訳さ。それなりに優秀と言われてる私ですら、実戦で使う為に鍛え上げたと言えるのはたった一つだけだ」
リリアナは小指を立て、彼の顔の前でひらひらと動かして見せる。
「後は補助的な魔術がいくつかは使えるけど……まぁ、要するに強い力を使うには、才能という土台がまず必要で、その後に時間という代償を払う必要があるってことさ。だからこそ、それなりに歳がいってるもんだと踏んでたんだけど……そうかいそうかい……天才の類いって訳だ。怖いねぇ……」
彼女は実に嬉しそうな笑みを浮かべ、そして小刻みに肩を揺らす。
ブランはそのなんとも言えない不気味な雰囲気に、思わず唾を飲み込んだ。
「あー……ちなみに言っておくと、奴が使用したと思われる魔術は、音を遮断する魔術、痕跡を消す魔術、長距離を短時間で移動する魔術、確証はないけど、おそらく他にもいくつか……まぁ、今回連れがいることは分かったけど、それにしたって数が多いし、そのどれも練度が高い。しかも、使用したと思われるものは全て補助的なもの……戦闘用の魔術も当然習得してるだろうから、その数はまだまだ増えるって訳だ。厄介だねぇ……ふふっ!」
「う、嬉しそうですね……」
「そう見えるかい? まぁ、そうなのかもしれないね。歯応えがある方が面白いってのが、間違った考え方とは思わない性質だし……おっと、長話が過ぎたね。じゃ、そういう訳で、私らも私らなりのやり方で調べさせてもらうよ」
「ええ……承知してます。我々のことはお構いなく」
「感謝するよ。さて……」
リリアナの視線が、店の隅の席へと運ばれる。
そして、二人の部下を引き連れ、一直線にそこへと向かった。
「……どう思う? ライリー」
飲みかけのグラスや、食べかけの料理の皿が並ぶ席の前で、リリアナは部下の一人にそう問いかける。
「は……隊長が考えられている通りかと」
茶色の革鎧を身につけ、筋肉質で大柄なその男は、問われるや否や小声でそう答えた。
「ん、ターニャは?」
「もちろん同意見でありますっ!」
赤い魔石のついた木の杖を片手に、彼女が元気よく返事をすると、ツインテールに結った髪がぴょこっと跳ねる。
「んー……ちょいとうるさいねぇ」
「し、失礼しましたっ!」
「……まぁいい。さて、めでたく三人の意見が一致したねぇ。ということで……こいつは罠だ」




