第19話:とある街の出来事
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「で、お前らどう思うよ……例の件」
元ペルシア領の、とある小さな街。
その寂れた酒場の一席に、軍服を着た三人の男が座っていた。
時刻は、夜の九時過ぎである。
「んぐっ……ふいー……あー? 例の件ってなんすかぁ?」
「バカ……あれだよ。"軍人殺し"っすよね?」
彼らはアレクサンドリア所属の軍人であり、この街の衛兵として働いていた。
そんな彼らにも、当然アレクサンドリアの軍人を狙った連続殺人の話は回ってきており、上層部は犯人のことを"軍人殺し"と呼称し、各街にある駐屯所全てに注意喚起を行っていた。
故に先日、上司からそれについてある通達がなされたばかりだったのである。
「そうそう……ったく、いい迷惑だと思わねぇか? おかげで当分この街に缶詰だし、おまけにお前らと同棲生活だとよ」
夜間に出歩くことと、単独行動の禁止。
彼らにとって、退屈な仕事のストレスを発散出来ないことは、ある意味死活問題であった。
「確かに最悪っすね……もう随分ご無沙汰だってのによぉ」
「なーんもないですからねぇ……このクソみたいな街は」
この小さな街には娯楽などなく、彼らは仕事が終わると適当に食事を済ませ、ただ眠る為だけに家へと帰り、翌朝起きてまた仕事に行く、ということをただ繰り返し続けていた。
アレクサンドリア本国の街々とは違い、ただ土を固めただけの道路にもうんざりしていたし、ほとんどが土レンガで作られ、どこを見ても茶褐色なこの街の風景にもいい加減辟易としていた。
「だろ? これがいつまで続くのかも分かんねぇし……つーか、たかだか十人殺されたくらいで騒いでんじゃねぇよ。前線じゃ、その何倍死んでんだよって話だろ?」
「確かに……あ、でもなんか本国から来てんすよね? 調査隊が」
「んっ……ふぅ……らしいな。今日も追加で元皇都に着いたらしいぞ。本国のエリート様がよ」
「ほー……じゃ、さっさと片付けてもらいましょうよ。溜まってんすよね俺……おいねーちゃん! 酒追加!」
「あ、はい! ただいま!」
その時、慌ててグラスに酒を注ぐ彼女を、三人は同時にじっと見つめる。
その目は、微かに狂気を孕んでいた。
「よぉ、前からいいなって思ってたんだよな……俺」
「あー……俺もっす」
「身体はちぃと貧相だけどよぉ……顔は抜群だしな」
何を言うでもなく、男たちは視線を交わし合う。
彼らは若い女性に飢えていた。
そして、ここは占領地。
酔いは悪い方向へと回り、邪な感情が理性を駆逐する。
「お待たせいたしました。こちらエールに……」
「よぉ、ねーちゃん……ちょいと座んなよ」
空いていた椅子を引きながら、一人がそう声を掛ける。
「え、あ、いや……困ります……」
「いいじゃねぇか暇なんだし! 俺ら、結構この店に貢献してると思うけどなぁ?」
「あ、はい……いつもご贔屓にしていただいて……」
彼女はそう言ったが、実際は大抵彼らがこの時間に来るせいで、書き入れ時に地元の客が寄り付かなくなり、正直なところ迷惑しているというのが本音であった。
しかし、そんなことを言ってしまえば、彼らの神経を逆撫でし、あらぬ噂を立てられて営業出来なくなるかもしれないとそう思い、これまで穏便に済ませてきたのである。
「だったらいいじゃねぇか少しくらい……なぁ?」
「そうだよ! ちょいと隣に座って───」
「あ、あのっ……!」
その時、カウンターから慌てて若い店主が飛び出し、彼女を庇うように前へ立った。
「も、申し訳ありません……妻は身重なんです。どうか……どうかご勘弁いただけないでしょうか……!」
普通ならば引く場面。
しかし、彼らにとっては逆にそれが気に障った。
「……へぇ。いいご身分だなぁ? こっちがせっせと街を守ってる間に、てめぇらはせっせこ子作りかよ?」
「つーか、だったら正直に言えや。"僕の奥さんに手を出すな"……ってよ? ガキをだしにすりゃ、簡単に引き下がるだろとか考えてんのが透けて見えるわ……イラつくぜ」
「あ、いや……その……」
「あー……マジでムカついてきたわ。こんなクソみたいな街に送り込まれてよぉ……なんで勝った俺らが我慢しなきゃなんねぇんだ? あぁ!?」
一人が立ち上がり、空の椅子を思いっきり蹴飛ばした。
吹き飛んだ椅子が他の椅子へと当たり、激しい音が店内にこだまする。
「あ、あんたらいい加減に……!」
「お? なんだよ……やるってのか? いいぜ? かかってこいよ」
「ッ……お、おい! 衛兵の詰所へ連絡───がはッ!?」
兵士の拳が店主の腹に打ち込まれ、彼は激痛に身を屈める。
「あ、あなたぁ!」
「あーあ……キレちまったわ。ここまでするつもりはなかったのによぉ……くだらねぇ真似しやがって。お前が悪いんだぜ?」
「な、なんでこんな……ぎッ!?」
「うぜぇんだよッ! くそったれのペルシア人がッ!」
「てめぇらは負けたんだよオラァッ!」
「がッ……や、やめ……あがッ……!」
「やめてッ……やめて下さいお願いします!」
三人に暴行される夫の姿に耐え切れず、彼女はそう懇願しながら彼に覆い被さる。
それを見た彼らは、実に嫌な笑みを浮かべた。
「おー……だったら分かるよな奥さん……あんたはどうしたらいいんだ?」
「あの……お、お酌を……」
「……はぁ? まだ分かってねぇみたいだなぁッ!」
「げはぁッ!?」
「やめッ……やめてくだ───いっ!?」
「お前ら夫婦揃って俺らを馬鹿にしてんだろ……なぁ!?」
一人が女性の髪を掴んで男性から引き剥がすと、そのまま強引に顔を近づけて怒鳴りつける。
その間も、男性は暴行を受け続けた。
「おい……よく聞けよクソ女。俺らは別に、お前らを反乱分子だっつってしょっぴくことだって出来んだぞ? そしたらお前……こんな店すぐ潰せちまうなぁ? あぁッ!?」
「そ、そんなっ……」
「なんなら旦那だけそうするか? そしたら店が潰れるだけじゃ済まねぇなぁ。こえーぞぉ……うちの尋問は。毎日毎日いじめられてよぉ……死ぬより辛い目に遭うぜ? 楽しみにしとけよ……なぁ?」
「お、お願いしますっ……どうかそれだけはお許しを……!」
「だったら……一晩俺らに付き合えや。それで勘弁してやるよ」
女性は怯えながら夫へと視線を向ける。
口から血を流し、既に動かなくなっていた彼を、二人の男が罵声を浴びせながら尚も蹴り続けていた。
「ッ!」
その視線を、男は女性の顎を掴んで強引に自分へと向ける。
「どうすんだよ……なぁ?」
「…………わ、分かり……ました……で、ですから……どうか主人を……主人……だけは…………」
目を見開き、涙を流しながらそう言った彼女を見て、男はニヤリと笑った後、二人の部下に止めるよう指示を出す。
そして、床にへたり込んだまま、無抵抗になった彼女の脇に腕を入れた。
「おら立て───おわっ!?」
彼女を強引に立たせようとした彼だったが、急に何かに弾かれたように床へ倒れ込むと、そのまま後頭部を強く打ちつける。
「いって!? なんか急にッ……!」
抜けた感覚。
掴んでいたはずのそれが急に消え、背後に置いた重心に誘われるままに、彼は後方へと倒れていた。
「あーあー……先輩、飲み過ぎなん……じゃ……」
「あははっ! なーにやって……ん……」
その時、ある異変に気づいた二人の部下は、言い掛けた軽口を途中で止め、思わず目を見開いた。
「う、うっせぇな! なんか急に……あ? な、なんだよ……その顔は」
口を半開きにし、呆然と立ち尽くす部下たちを見て、彼もまたその異様な空気を感じ取る。
訳のわからぬまま、ひとまず立ち上がろうと彼は床に右手を───
「うわっ!?」
彼は何故かバランスを崩し、今度は右頬を床に打ちつける。
その時、何か生暖かい液体が顔に触れた。
「……え?」
ぬるりと伝うそれは、赤く艶めいていた。
「う……うぁぁぁぁぁあぁぁぁあッ!?」
そこで、彼はようやく気づく。
自身の右腕が、もうないことに。
そして───
「はっ!? な、なんだこいつ急に……!」
「な、なんだてめぇ!? いつからそこにッ……」
困惑する二人の部下の視線が、自身の背後に向けられていることに気づいた彼は、床にへたり込んだままゆっくりと振り返る。
そこに、全身黒づくめの男が立っていた。




