第18話:恨みの向かう先
「負けちまったから仕方がないとはいえ、ちょいと同情はしちまいますねぇ……」
「ま、時代が悪かったとしか言えん。軍人である以上、こういった話は付き物だ。あまり深く考えない方がいい。戦争はまだ……続いてるんだからな」
アテナ大陸の完全統一を成し遂げたアレクサンドリアは現在、東のアルテミス大陸へと侵攻中であり、既に複数の国を武力によって制圧。
これにより、二つ目の大陸制覇への足がかりを作ることに成功していた。
しかし、事はそう簡単なものではない。
「今はおとなしいが、バビロニアだっていつ動くかも分からん……停戦協定はあるものの、いつ裏切られてもおかしくはない。まぁ、とにかく俺たちの仕事は、領土内の厄介事を片付けることだ。話を戻そう」
オーガスはそう言って、壁に貼った被害者の一覧へと目を向けた。
「被害者に共通しているのは、独身で若く、全員がアレクサンドリア出身の軍人だということだ。手口は毎回同様で、深夜に部屋へ忍び込み、被害者を椅子に固定。おそらく拷問した後に殺害し、頭部と身体の一部を切断して現場に遺棄。残りは全て持ち去っている。で、ここまでも理解出来んのだが、それよりも分からんのが、毎回現場に残されている……このメッセージだ」
トンっと、オーガスは壁に貼られた写真に指をさす。
それを見ていたジェスターは、眉間に皺を寄せながら口を開いた。
「"今は人を殺したいほど憎んでいるよ"かぁ……なんなんですかね、これ」
「分からん。"今は"ってのも意味不明だし、殺したい"ほど"とか言ってるが、もう実際に何人も殺してる。何を言いたいのかさっぱりだ」
「意味なんて最初からないのでは? ただのサインというか、自己主張みたいなものかと」
「そうかもしれんし、もしくは何かの暗号かもしれん。まぁ、今はいったん置いておこう。その他に共通することとしては、彼らがそれぞれの街に赴任した時期が、ほぼ同じであるということだな。今からだいたい九ヶ月くらい前だから……去年の七月か八月頃か。そのタイミングで全員が異動している」
「妙な話ですね……もともと同じ部隊にいたとか?」
「いや、俺もそう思って彼らの経歴を調べたんだが……ないんだよ」
「ない?」
「うん……今の街に配属される前の記録が、何故かほとんど空白に近いんだ」
「空白って……あり得なくないですか?」
「んなこと言われてもなぁ……実際にそう書いてあるんだよ。ほれ、見てみろ」
オーガスはそう言いながら、壁に被害者十人分の経歴書を貼り付けていく。
三人はそれを食い入るように見つめ始めた。
「……確かにありませんね。赴任前、約半年間の記録が」
「正確には、実地訓練と記載はある。だが、その詳細が一切ない。こんなことは通常ありえん」
「……謎っすね」
「考えられるとすれば、記録することも許されない程の極秘任務くらいでしょうか。しかし、彼らは入隊してからまだ一、二年の新兵……はたしてそんなことがあり得るのか、正直疑問ではあります」
「まぁ、上の命令ならあり得るかもしれんが……現状、ここを探るのは藪蛇だと俺は思ってる。何より、被害者の共通点に執着し過ぎるのもよくはない。見えるもんも見えなくなっちまうからな。という訳で、次は犯人について考えてみよう。ここまでで、お前たちはどう感じた?」
「俺からでいいですか?」
ジェスターが手を挙げ、残る三人はそれに頷く。
「単純に、アレクサンドリアに対する強い恨みを感じますし、ペルシア人の犯行とみていいと思います。問題は、それが単独犯か、それとも組織による犯行かですけど……どっちかっつーと俺は組織寄りですかね」
「うむ。その理由は?」
「移動距離ですね。みんなも気づいてると思いますけど、最初が大陸の最南端にあるサウスベイで、海岸線のちょうど真ん中くらい。その後は、多少ジグザグしてますけど、北東に向かって街を転々としながら五人目までを殺害。で、その次にいきなり西の端っこに移動して、残る五人を殺害してます。五人目から六人目殺害までの期間は二日……普通なら絶対間に合わない距離じゃないですか?」
「確かにな……ローザはどうだ?」
「私もペルシア人の犯行だとは思いますが、組織かと言われると……少し違う気がしています」
「というと?」
「その前に一つお聞きしたいのですが、"おそらく"拷問されたと、少佐はそう話されていましたよね? それは何故です?」
「ああ、そうだった……まだ説明していなかったな。遺体は当然、司法解剖にかけられている。と言っても、一部だから出来ることは限られているが……まず頭部に関しては、全員死後に切断されている。鋭利な刃物によってバッサリ……おそらく剣によるものと推測される。検視官の記録によると、どうやらかなりの達人の仕業らしい。今まで見たことがないくらい、断面が綺麗だったらしいからな。で、全員首が残っていたから、内部も詳しく調べたんだが……どれも声帯が酷く損傷していたそうだ」
「つまり、めちゃくちゃに叫んでた……って訳ですね」
オーガスはジェスターに指を差しながら頷き、さらに話を続けた。
「もう一つ……身体の一部に関しては、最初の一人を除き全て、生きたまま切断されている。さらに、椅子には被害者を固定していた縄が残されており、そこには被害者の皮膚と血がべっとりと付いていた。これらのことから考えるに、被害者は椅子に固定され、抵抗出来ない状態で長時間痛めつけられた……声帯がいかれちまうくらいにな」
「なるほど……理解しました。そうであれば、やはり単独犯と考えた方がしっくりきます。剣の達人という点もそうですし、それだけ叫んでいるにもかかわらず、周りの住民は一切気づいていなかったんですよね?」
「ああ。中には兵舎に住んでいる者もいたが、誰も何も気づかなかったようだ」
「ということは、犯人は魔術にも精通していることになります。音を通さない結界か何かを張ったんでしょう……移動に関しても、魔術を使えるなら不可能ではないかと」
「いや、けどさローザちゃん……大陸のほぼ東の端から西の端だぜ? この大陸は歪な楕円形だから、南の方はまだ距離が短いとはいえ、軽く見積もっても三千キロ以上……浮遊魔術がめっちゃ得意な人でも、一日に飛べるのはせいぜい百キロくらいだし、さすがに厳しいと思うよ。犯人が魔法使いなら話は別かもしんないけど……さすがにでしょ?」
「そこまでは言いませんが……私が単独犯説を推しているのは、仮にこれが組織による犯行だとするならば、現時点でもっと多くの被害者が出ていなければおかしいと思ったからですよ。日が経つにつれて警戒度は上がりますし、現にこうやって本国の私たちも動き始めている……組織による犯行であれば、こうなる前にもっと効率的で大規模なやり方をしてるのでは? だいたい、狙われてるのは新兵ばかり……上官を狙った方が、我々に与えるダメージは大きいでしょうし、理屈に合いませんよ。そして、数日置きに一件というのが、単独犯である何よりの証明かと」
「んー……そりゃ……まぁ……」
「ん、二人の意見はよく分かった。犯人がペルシア人ではないかという部分では一致してるが、単独か複数かで意見が分かれた格好だな。さて、ではカサンドラ……お前はどう思う?」
「あたしは……そうですね……ペルシア人かどうかは分かんないっすけど、単独犯だとは思いますね」
「何故そう思う?」
「いや、だいたいはローザさんが言ってた通りなんであれっすけど……あたしが思ったのは、こいつは殺す相手をその……選んでる気がするんすよね」
「ふむ……」
「だって、おかしくないすか? 一人殺して移動して、また一人殺して次の街って……非効率にも程がありますよ。誰でもいいんだったら、その街で何人かやりゃあいいだけの話じゃないっすか。そうしないってことは、つまりそういうことだと思うんすけど……ほら、被害者にも変な共通点があるし。だからなんというか……国に対してというより、その個人個人を標的にしてるんじゃないすかね。理由はまぁ……恨みなんじゃないんすか? 拷問してるぐらいですし」
「うん……三人ともいいところを突いてるな。俺もローザやカサンドラと同じく、単独犯だと考えている。だが、ジェスターの言った移動距離の件も引っかかっててな。もし、本当に単独犯だとするならば……こいつは一筋縄ではいかん相手だ」
オーガスの声色が一段と低くくなり、三人は一気に緊張感を募らせる。
ここまでのことを総合して考えれば、犯人は剣技にも魔術にも精通した実力者であり、捕えるのは容易ではない。
「それから、先行して現地に入っているリリアナ隊によると、犯行現場に犯人の痕跡は一切なかったそうだ。魔力の残滓どころか、髪の毛から皮膚片、匂いに至るまで……何一つな」
「用心深いなぁ……追跡系の魔術が使えないとなると、相手の動きを読むしかないですねぇ」
「そうなるな……とはいえ、元ペルシア領にある街だけでも百以上、防衛の為の駐屯基地なども候補に含めれば、完全な予測は不可能に近い。ひとまず、最後に犯行があった街の周辺に当たりをつけて動くしかないだろう。最後の犯行から既に二日……おそらく、今日にでも奴は動く。お前たちは、これからすぐ元皇都ペルシアへと飛べ。既に、ゲートの使用許可は取ってある」
ゲートとは、軍部のみが使用可能な、空間転移を可能とする装置のことである。
アテナ大陸の各主要都市のみに設置されており、その都市から別の都市へと一瞬で移動することが可能。
ただし、使用には軍上層部の許可が必要で、また移動出来る重量はさほど大きくはない。
アレクサンドリア所属のとある魔法使いが長年の研究の末に完成させたもので、その魔法使いがいなければ実現は不可能であった。
「ほれ、持っていけジェスター」
「えっ? あ、はい……」
オーガスが差し出した許可証を受け取りながら、立ち上がったジェスターは困惑の表情を浮かべる。
「しょ、少佐は行かないんですか?」
「その予定だったんだがな……さっき言った通り、上のゴタゴタに巻き込まれちまってよ。この後、憲兵長と一緒にアルフレッド中将のとこに行かなきゃならん。それから、実は他にも色々とあってな……俺は暫く動けそうにない。ジェスター、お前が隊長として二人を率いろ。現地のリリアナたちと協力して捜査にあたれ。お前も入隊してから五年経つ。そろそろ、次のステップに進む頃だろう……任せたぞ」
そう言って、オーガスはジェスターの肩に手を置いた。
その手の重みに戸惑いつつも、ジェスターはすぐに真剣な表情を浮かべ、背筋を伸ばした。
「……誠心誠意、務めさせていただきます」
「フッ……では、解散」
「「「はっ!」」」




