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第17話:特務課と亡国

 

 ──────────────────



 五月二日。

 月例報告会から一夜明け、帝都アレクサンドリアにある憲兵隊本部施設の一室に、男女三人が集められていた。

 薄暗く、狭い部屋の中で、彼らは配布された資料へと目を通していたのだが、ページを捲る度に全員が顔をしかめ、そしてため息をつく。

 そのあまりにも凄惨な内容に強い嫌悪感を抱きつつ、どうしたものかとそれぞれが思案していると───


「おう、すまん。待たせた」


 部屋の扉が急に開き、一人の男がそう言いながら中へ入ると、三人はスッと立ち上がって男に敬礼する。

 男はそれに応えた後、彼らに座るよう手で促し、掲示板代わりの壁に資料を貼り付け始めた。


「いや参ったよ……上同士で何かあったみたいで、俺まで巻き込まれちまった」


 そう語るのは、憲兵隊特務課の課長、オーガス。

 白髪混じりの短い黒髪で、顎には無精髭をびっしりと生やし、黒いシャツと軍用のズボンの上からでも分かるほどに筋骨隆々の大男である彼は、その精悍な顔つきも相まって、一目見ただけで歴戦の雄であることを分からせる風貌をしていた。


「上で? 今回の件すか?」


 片眉を上げながらそう聞いたのは、今回招集された特務課隊員の一人であるカサンドラ。

 褐色の肌に、長く赤い髪を後ろで一つにまとめ、黒のタンクトップを着用している彼女は、身長は低く、また顔も幼い。

 しかし、見事に隆起した二の腕と、深い筋がいくつも入った前腕は、彼女が並の人間ではないことを如実に物語っていた。

 そんな彼女は、当然無意識ではあるものの、その豊満な胸元を強調するように腕を組み、小首を傾げながらオーガスへと視線を向ける。


「ああ……というか、大丈夫かカサンドラ……顔色が悪いぞ」


「……いや、大丈夫すよ。ちょいと気分がわりぃってだけっすわ……こいつのせいでね」


 パンパンと、資料を何度か叩く彼女を見て、オーガスは"それもそうか"と頷いた後に話を続けた。


「ま、詳しい経緯は分からんがな……憲兵長がいつも以上の仏頂面で教えてくれたよ。どうやら揉めてるのは憲兵隊(うち)系列のトップであるアルフレッド中将と、南方司令部総統のジャバー少将らしい」


「む? どうしてまた兵士殺しの件で……ジャバー少将がこちら側とお揉めに?」


 不思議そうな顔でオーガスに尋ねたのは、同じく招集されていた魔術士のローザであった。

 きめ細やかな白い肌に、肩ほどにまで伸びたブロンドの髪、そして青く美しい瞳を持つ彼女は、カサンドラとは対照的にきっちりと軍服を着用し、両手を膝に置いて姿勢正しく座っていた。


「んとね、ローザちゃん。事が起きてんの全部南でしょ? なんでも、あっちじゃだいぶ情報が出回ってて、解放軍だか革命軍だかの仕業だって噂になってるらしいんだわ。そのせいで、占領地の元国民たちもかーなり色めき立っちゃってるんだってさ。そりゃあ、南方司令部としちゃ面白くない訳よ」


 オーガスの代わりにそう答えたのは、今回招集された最後の一人であるジェスター。

 眉目秀麗で通る彼は、長い茶髪を手櫛で整えながら、さらに言葉を続けた。


「多分だけど、南方司令部がさっさと解決しろ的なことを言ったもんだから、アルフレッド中将もカチンときちゃったんじゃないかなぁ……ほら、うちとジャバー少将が所属してる派閥って仲わりぃし」


「あー……なるほど」


「ほぉ? 随分と詳しいじゃないかジェスター」


「あ、いや、あちこちに知り合いがいるもんで。色々と耳に入るんですよ」


「まぁた女か? 懲りんなぁお前も……」


「いや違いますって! ただの知り合いですから!」


 手を振りながら慌てて否定するジェスターを、カサンドラがギロリと睨みつける。


「いやジェスターさん……こないだあたしの同期にも手を出してたっすよね?」


「おまばか! なんで今言う……!」


「はっはっはっ! お前……ほどほどにしておけよ?」


「いや違うっ……カサンドラぁ! お前まだ入って三ヶ月のド新人なんだから少しは先輩を立てろよ!」


「先輩っつってもねぇ……歳もたいして変わんないし、おまけにこんな感じじゃあ……ねぇ、ローザさん?」


「ふふ……確かに」


「ロ、ローザちゃんはともかく、俺今年二十六な!? お前五個も下じゃねぇか!」


「まぁまぁ、そのへんにしとけ。そんでジェスターはさっさと身を固めろ。お前は絶対その方がいい。ま、離婚したばっかの俺に言われても説得力ないか! がはははは!」


「しょ、少佐ぁ……笑えないですから……」


「フッ……悪い悪い。さて、話を始める前に言っておく。ま、改めて言うまでもないかもしれんが、我々憲兵隊特務課は、領土内で起きた様々な事案を解決する為に設立された特殊部隊だ。入隊するには厳しい試験を突破せねばならず、その門が極めて狭きものであることは、既にお前たちも知っていることだろう。要するに、お前たちは選ばれた存在……その誇りを胸に抱き、またそれに慢心することなく、気高き精神を持って任務に当たってほしい。いいな?」


「「「はっ!」」」


「よろしい。では、本題に入ろう。もう資料にはざっくり目を通しているだろうが、最初から順を追って話をする。まず、最初の事件は今から約一ヶ月前の四月四日、この大陸の最南端にある港町サウスベイで起こった」


 壁に貼り付けた地図を指差しながら、オーガスは話を続ける。


「被害者はスタイン=ファター。二十二歳。発見したのは彼の同僚で、勤務時間になっても現れないことを不審に思い、念の為に複数人で家を訪ねたところ、そこで被害者の()()を発見することになる……まぁ、確かに猟奇的ではあるが、これ単体で見れば占領地特有の恨みによる犯行、という線も考えられなくはない。実際、殺害されたスタインは素行が悪く、民間人に横柄な態度を取ったり、勤務態度も不真面目であったりしたことから、仲間内にもあまり好かれてはいなかったようだ。故に、何かしらのトラブルを抱えていた可能性は十分にある……だが、事件はこれだけで終わらなかった。簡易的だが、これが被害者の一覧だ」


 そう言いながら、オーガスは縦長の紙を壁へと貼り付けた。



 ──────────────────



 ・ジョン=サラール 二十三歳 独身

 二人目の被害者。

 四月六日の深夜に自室にて殺害。

 左手小指の爪。


 ・ドイル=シャイプ 二十三歳 独身

 三人目の被害者。

 四月八日の深夜に自室にて殺害。

 左足中指の第一関節。


 ・レナード=フランシス 二十一歳 独身

 四人目の被害者。

 四月十一日の深夜に自室にて殺害。

 脛の皮。


 ・ロッド=ミートマン 二十二歳 独身

 五人目の被害者。

 四月十三日の深夜に自室にて殺害。

 右手人差し指の第二関節。


 ・アンソニー=ブラン 十九歳 独身

 六人目の被害者。

 四月十五日の深夜に自室にて殺害。

 右の耳たぶ。


 ・ユリカ=ワイズマン 二十歳 独身

 七人目の被害者。

 四月十九日の深夜に自室にて殺害。

 左犬歯。


 ・ヤコー=ドブリスキー 二十四歳 独身

 八人目の被害者。

 四月二十二日の深夜に自室にて殺害。

 頭皮の一部。


 ・ハンナ=バーバラ 二十二歳 独身

 九人目の被害者。

 四月二十六日の深夜に自室にて殺害。

 鼻の一部。


 ・ゲラン=トライツ 二十一歳 独身

 十人目の被害者。

 四月三十日の深夜に自室にて殺害。

 臀部の一部。



 ──────────────────



「資料には詳細な情報や、現場の写真も載っている。後でよく確認しておけ」


「あんまりじっくり見たくはないですねぇ……ほら、カサンドラとか吐いちゃうかもですし」


「ジェスターさん……もう、平気っすから」


 カサンドラは凄まじい形相でジェスターを睨みつける。

 そこですかさず、ローザが割って入った。


「はいはい……そこまでにしてください。少佐、続きをお願いいたします」


「フッ……ありがとよローザ。とにかく、資料は全て頭に叩き込んでおけ。ちなみにこいつは、先に現地へ行ってるリリアナ隊がまとめてくれた大事な大事な情報だ。ありがたく思え」


「あー……そりゃ大事に拝見しないとねぇ……後でぶっ殺されちまう」


「現地は協力的なのですか?」


「身内はな。あちらさんは嫌々ってとこだ」


「まぁ、そうでしょうね……」



 ──────────────────



 アレクサンドリアはもともと、アテナ大陸の中央に位置する、数ある小国の一つに過ぎなかった。

 それが先代国王時代に頭角を表し、次々と他国を侵略。

 連勝に次ぐ連勝により、国力を一気に高めたアレクサンドリアは、遂に北部を全て征服すると、勢いそのままに南部へと侵攻を開始する。


 しかし、まさにここからという時に先代国王が病死。

 当時、まだ二十歳になったばかりの現国王が即位することとなり、臣下たちは自重するよう進言したのだが、現国王はそれを拒否。

 先代国王の大陸統一という夢を引き継ぎ、南部侵攻を再開した。


 当初は冷ややかな視線を送っていた臣下たちであったが、現国王は先代を遥かに凌ぐ戦振りで、強国と呼ばれた国を次々に撃破。

 その高い実力と、他者を惹きつけるカリスマ性を持っていた彼は、瞬く間に臣下、並びに国民たちから絶大な信頼を勝ち取ることとなった。

 さらに、優れた慧眼まで持ち合わせていた彼は、実力のある者を次々と引き上げ、優秀な魔法使いや一騎当千の武将など、幾人もの英雄を生み出すことに成功。


 それら英雄たちの力により、遂に大陸統一まで後一歩というところまで迫ったアレクサンドリアであったが、そこから長い長い戦いが始まることとなる。

 最後の最後に立ちはだかった高き壁。

 それが、実質的に南部を支配していた、ペルシア皇国であった。



 ──────────────────



「四十年も戦争をしていた訳ですから……終戦から約十五年経つとはいえ、そう簡単に折り合いがつくものでもないでしょう」


「……だな。協力したくはないが、さっさと片付けて欲しいってのが本音だろう。さっきジェスターが言った通り、現地のペルシア人たちは犯人のことを英雄視しちまってる。あちらさんとしては、それに乗じて民衆が暴れ出したら困る訳だ。最悪の場合、こっちの命令で同胞を討たなきゃならん」


「ペルシアの王族は全て処刑されておりますからね。もはや担ぐ神輿もなく、彼らペルシアの元軍人たちは、民を守る為に従うしかない……辛い立場ですね」


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