第16話:復讐の幕開け
「ええっ!? 今のアストさんでも!? 私たちもいるのに!?」
ルシファーのその反応に、アストは呆れたようにため息をついた。
「いやお前……あいつらのことを舐めすぎだ。前にも言ったけど、あっちには魔法使いが何人もいるんだぞ? 二人くらいならまだなんとかなるかもしれないが、まとめてこられたら今の俺でもさすがに厳しいよ」
「えー……魔法使いって、そんなに強いんですか?」
「強いよ。単純な強さで言えば……まぁ、公爵の中でも序列上位の力くらいはあるんじゃないかな」
それを聞き、ルシファーの顔色が分かりやすく変化する。
悪魔の六階級で、王に次ぐ実力者のみに与えられる"公爵"の称号。
強者揃いのその中で、さらに序列上位ともなれば、王である彼女に届き得る力を持つ、ということになる。
「それは……強いですね」
「だろ? 公爵クラスも化け物揃いだけど、魔法使いはそれに対抗出来るくらいの力があるんだよ。こっちに戻ってからちゃんと調べたんだが、今世界で確認されている魔法使いの数は十九人……そのうち、十三人がアレクサンドリアに所属してる」
「ほ、ほとんどじゃないですか!」
「だからこの国は強いんだよ。優勢だった戦場が、たった一人の魔法使いの出現によって簡単にひっくり返されたりもする……そんなのを十三人も抱えてるんだ。負ける訳がない」
「確かに……ほ、他の六人は?」
「そのうちの二人は、右の大陸で最大の領地を持つディアナ共和国にいて、三人が左の大陸最強のバビロニア連合国に属してる。だから、実質的にアレクサンドリアに対抗出来るのはこの二ヶ国だけだ。と言っても、勝てる見込みはほとんどないけどな。ちなみに、残る一人は行方知れずらしい」
「……やばいじゃないですか」
「だからそう言ってるだろ……今の俺は並大抵のことじゃ死なないが、なんというか……何も出来ない状態にされちまう可能性があるって言ったらいいのかな……あ、お前が使う一万倍の空間あるだろ? あれは相手が静止してないと使えないって制約があるけど、そんな感じで条件を満たしたら即死……みたいなことになりかねないのが魔法ってもんなんだよ。少なくとも、俺がガキの頃に聞いた魔法使いはそんな感じだった」
「むぅー……厄介な……」
「それに、敵は魔法使いだけじゃない。アレクサンドリアには腕のいい魔術士や剣士だってわんさかいるだろうし、こいつみたいな雑魚にしたって数十万単位だ。全部まとめて相手にしてたら、さすがに魔力も体力も持たねぇよ」
「それは……うーん……」
「……念の為に改めて言っとくが、俺の目標はフィオナを救出して、俺から全てを奪った奴ら全員に報いを与えることだ。つまり、最終的にはこの国を滅ぼし、そして最後に……あのバルバロスのクソ野郎から全ての拠り所を奪って、最高の絶望を与えてから殺す。まぁ、いずれ魔法使いともやり合うことになるだろうが、今はその時じゃない。全てを成し遂げるには、色々と下準備が必要なんだよ。分かったか?」
「はぁい……よく分かりましたぁ」
「なんで不貞腐れてんだよ……つか、この話も前にしたぞ」
「はいはいすみませんでした! ほら! もう終わったんなら次行きましょ! 次!」
「ったく……」
頬を膨らませる彼女にため息をつきながら、アストは皮膚が剥がれたままになっていた右腕をブエルの力で治すと、そのまま再び悪魔のリストを開いた。
「代償を捧げる。来な…… "鴉頭の掃除人"」
「む……」
彼の魔力と引き換えに現れたのは、"騎士"の階級を持つ、その名の通り頭部はカラスで、身体は人の姿をした悪魔であった。
その背中からは黒い翼が生えており、また身体を黒い包帯のようなものでびっしりと覆っている彼女は、ルシファーを一瞥した後、アストにだけ頭を下げた。
「どうも……アストさん」
「久しぶりだなラウム。お前のボスは元気か?」
彼のその言葉と、ルシファーへの態度が示すように、ラウムはとある公爵の配下であり、彼女とは敵対関係にあった。
そして、魔界の王であるルシファーに彼女がそういった態度を取れるということは即ち、その公爵の力が強大であるという証明に他ならない。
「それはもう……あ、そういえばボスから言伝がありました。"今度はいつ戦える?"……だそうです」
その公爵は、ルシファーとの関係性こそ最悪であったが、一万年の間に成長し、自身と互角に渡り合うまでになったアストのことは買っており、彼とは良好な関係を築けていた。
「あー……しばらくは無理だな。ただ、力を借りることにはなると思う。そう伝えてくれ」
「承知しました。で、私を呼ばれたということは……後処理ですね?」
「ああ。今から俺たちはここを出る。その後、ラウムには俺たちの痕跡だけを全て消してもらいたい。頼めるか?」
「お安いご用で……処理が終わり次第勝手に帰りますので、後のことは私にお任せください」
「助かる。じゃ、あいつによろしく……あ、一応聞いておきたいんだが、今なんか身体に異変はあるか?」
「え? ……いや、これといってありませんが」
「そうか……分かった。それじゃ、後はよろしく頼む。行くぞルシファー」
「……はぁい」
どこか不満げな彼女を連れ、アストは玄関へと向かっていった。
その背後で、ラウムは床に落ちたアストの血痕や二人の毛髪、さらに空中に漂う魔力の残滓などを嘴でついばみ、彼らがここにいた痕跡を回収し始める。
その様子を、ルシファーはじとっとした目で見つめていた。
「お前……ほんとにあいつらが嫌いなんだな」
「あ、いやっ、嫌いというか……ちょっと苦手なだけですよ……というか、痕跡なんか消さなくてもいいんじゃないですか? だって、アストさんがやったって気づかせたいんでしょ?」
「存在には気づいて欲しいが、それとこれとは話が別だ。例えば、俺たちが残した物から追跡する魔術や、能力を把握するようなもんが相手にあると面倒だろ?」
「あー……そういうことですか」
「まぁ、別に来たっていいんだけどな。鬱陶しいからこうしてるだけで、もし俺の邪魔をするんなら……誰であろうが殺すだけだ」
彼にとって、悪魔たちを除けば、この世界で唯一味方なのはフィオナだけであり、それ以外は全て敵である。
故に、そこに躊躇はない。
自身にとって益となれば生かすし、そうでなければ殺す。
ただ、それだけである。
「ルシファー、空間の固定を解除しろ」
フードを被りながら、アストは彼女にそう指示を出した。
頷いた彼女は、手で何かを払うような動作を見せ、アストはそれを確認した後に扉の取手を掴むと、ゆっくりと力を込める。
木製の扉は、やはりギィッという嫌な音を立てながら開いていき、二人は部屋から外へと出た。
「……ん、静かなもんだ」
四月初旬の夜。
南から吹く潮風は、まだ微かに冷たさを残し、二人の身体を撫でるように通り抜けていく。
アレクサンドリア帝国最南端に位置する深夜の港町は、一つの部屋の中で起きた惨劇などまだ知る由もなく、ただいつも通りの静寂に包まれていた。
「さて、とりあえず飛ぶか」
「はぁい」
二人は宙に浮かび、そのまま夜空へと昇っていく。
そして、街が小さく見える程の上空まで辿り着くと、アストは方位磁針を手に地図を広げ、スタインから聞き出した次なる目的地へと視線を向けた。
「んー……たいして距離もないし、これくらいなら飛んで行けるだろ。離れるなよ……ルシファー」
「はぁーい」
二人は最初の街を後にし、月明かりを背中に受けながら移動を開始した。
こうして、彼の復讐の日々が幕を開けたのである。
この日から一ヶ月の間、彼らは同様のことを繰り返し、街から街を転々としながら十人を殺害。
そして時は、帝都アレクサンドリアでの月例報告会、その翌日へと至る。




