第14話:今際の際
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悪魔の階級。
これはルシファーが王となった後に定めたもので、その者の実力を"地位"という形で明確にすることにより、無用で無謀な争いが回避出来るのではないかと、そう考えた彼女が制定したものである。
最上位は"王"であり、これを名乗れるのは当然ルシファーのみ。
その次が"公爵"。これは王に近い実力者のみに与えられ、故にその数は極めて少ない。
その下が"伯爵"となり、先程召喚されたアンドロマリウスはこれにあたる。伯爵もまた公爵程ではないにせよ、それ相応の実力がなければ名乗ることを許されない、悪魔の中では上位の存在である。
さらに、中位の階級"子爵"、知識の階級"宰相"と続き、最後に"騎士"と、有力な悪魔たちには、この六つの階級のうちのどれかが与えられていた。
そして、そんな彼らの下には、階級すら与えられない悪魔たちがそれこそ無数におり、公爵や伯爵を名乗ることを許された実力者たちの中には、基本的にはルシファーに従いつつも、そんな無名の悪魔たちを数多く囲い、いずれ自分が頂点に立つその好機を虎視眈々と狙っているのであった。
しかし、彼らは気づいていない。
それが、彼女を支える陣営の思惑通りであるということに。
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「み、みんなで……見てるんですか……」
ここで言う"みんな"とは、ルシファー直属の臣下である悪魔たちのことを指す。
彼らは魔界にあるルシファーの居城に住んでおり、彼女の視界を通してこの世界を眺めているのであった。
「ええ。皆も陛下の裸踊りを直接見てみたいと、そう申しておりました」
「お、王の……威厳がッ……!」
ルシファーは頭を抱え、その場にうずくまる。
その様子に、アンドロマリウスはクスッと微笑んだ後、アストへと視線を向けた。
「それで、私を呼んだ理由は……これですか?」
そう言って、彼を見つめるエメラルドグリーンの瞳が、月明かりによって怪しく輝いていた。
「ああ、そうだ。悪かったなスタイン……放ったらかしにしちまってよ」
「……あ…………」
彼らが楽しそうに話す様子をただ呆然と見つめていたスタインは、二人に視線を向けられた刹那、これから自身に起きる"何か"を察し、小刻みに震え始めた。
それを見たアンドロマリウスはクスクスと笑いながら、その右手を彼へと向ける。
「さて、どのようなものにいたしますか?」
「ん、出来るだけ苦しむやつで」
「やだ……いやだァッ!! 話したッ……全部話しましたァッ!! お願いしますどうか───」
「なぁ、スタイン……あの時、お前たちは俺のお願いを聞いてくれたか? ちょっと考えれば分かるだろ? 今、お前にその順番が……回ってきたんだよ」
「い、いぁぁ……うぁ……うぅうぅああぁぁぁああぁぅうぅあぁあぁぁあッ!!!」
束縛から逃れようと、彼は狂ったように叫びながら手足をばたつかせる。
縛られた部分は縄に擦れて皮が剥がれていたが、彼はそんなことなど意に介さず暴れ続けた。
それを冷めた表情で見つめていたアストは───
「アンドロマリウス……やれ」
彼女へと静かに、そう命じた。
「仰せのままに」
直後、彼女の右手がメキメキと奇怪な音を立てながら、その形を徐々に変えていく。
「あ……ああ……」
怯える彼の前に現れたのは、美しい緑色の鱗をもつ巨大な蛇竜の顎であった。
頭部だけで人の身の丈程あるそれは、やはり蛇のような二股に分かれた舌を、独特の呼吸音とともに出し入れしながらぬるりと、スタインへ近づいていく。
そうして、蛇竜は彼の眼前まで迫ると、その巨大な口をゆっくりと開いた。
「ひッ……ひぃいぃぃぃいいぃッ!!」
スタインの視界を全て覆う綺麗なピンク色の口内からは、まるでドブ川のような酷い悪臭が漂い、口を開いたと同時に現れた二本の鋭い牙は、彼の頭から腰あたりにかけてまで伸びていた。
"丸呑みにされる"。
彼がそう思った次の瞬間───
「いぃぃがぁぁぁぁあッ!?」
その鋭く伸びた牙の先端が、彼の左の太ももへ深々と突き刺さった。
蛇竜はそれをすぐに引き抜くと、その舌先をチロチロと動かしながら下がっていき、そのままアンドロマリウスの腕へと戻っていった。
「ハァッ……ハァッ……うぅッ……!」
スタインは荒い呼吸を繰り返しながら、激痛が走る自身の左足へと視線を落とす。
そこにぽっかりと開いた穴からは、どす黒い血が次から次へと溢れ出していた。
「スタイン」
「ッ!」
抑揚のない、恐ろしく低い声で名を呼ばれた彼は、慌てて顔を上げた。
「彼女……アンドロマリウスは、身体の中に蛇竜を飼っていてな……その力により、彼女はありとあらゆる毒を操れるんだ」
彼がそう言いながらアンドロマリウスへと視線を向けると、彼女はこくりと頷いた後に口を開いた。
「今あなたに入れた毒は、この世界に存在しない致死性の猛毒です」
「ハァッ……ハァッ……ど、どくッ……ちしぃッ!?」
「ええ。死に至るまでの時間はそうですね……おおよそ五分といったところでしょうか。また、その毒には、実におもしろい特性がありまして───」
「あッ……ぎッ……あガッ……!?」
「……始まりましたね」
激しく痙攣し、口から泡を吹き始めた彼を見て、アンドロマリウスはうっとりとした表情を浮かべる。
「ふふ……本当に苦しそう……ああ、すごく……いい」
そんな悦に浸る彼女の隣で、アストはスタインの様子を食い入るように見つめていた。
もはや唸り声を上げることしか出来ない彼は今、まさに地獄の苦しみの中にいた。
「あはぁ……この毒はですねアスト様ぁ……血流に乗って全身へ行き渡ると……ふふっ! 身体中のあらゆる神経を犯し始めるんです……」
「ほー……」
「今、彼は感じているはずです……まるで、身体の中を無数の虫が駆け巡っているかのような……そんな素晴らしい感覚をッ! そして、虫が蠢くたびに激痛が走るのですッ……全身に錆びた釘を打ちつけられ、それを力任せに引き抜かれ、そしてまた打たれッ……ほら見てください! 吐血しましたよぉ……内臓が溶け始めてますねぇ……ああ……かわいそうにッ!」
「ああ、本当に……かわいそうだな」
「ごぽッ……ぐぶるぅ……ぎぃぃい……」
涙を流し、血のあぶくを吐き出し、狂ったように身体を痙攣させながら、スタインは残り少ないその命を散らしていく。
そして、徐々にその全ての動きが緩慢に、そして静かになり───
「あ、そろそろ死にますね。ん? 何か言いたげな顔をしておりますが……」
「ゼヒュー……ゼヒュー……こッ……!」
最後の命の灯火が消えるその刹那、白目を剥いていた瞳がぐるりと回り、その目は確かにアストを捉えていた。
それに気づいたアストは、スタインの前にスッと移動すると、その顔を彼の目の前まで近づける。
スタインは彼を睨みつけながら、最後の言葉を吐き出そうと、血塗れになった顎を必死に動かした。
「こッ……こ……の……ク───」
次の瞬間、アストが振り抜いた裏拳が、その顎を弾き飛ばす。
剥がれ飛んだ下顎は、そのまま部屋の壁へと叩きつけられ、肉と涎と血の粘着性で壁に張り付いた。
「カッ……カヒュー……ごぽォッ……ヒュー……!」
下顎を失い、もはや喋ることも何も出来なくなったスタインの髪の毛を掴むと、アストは無表情のまま、その目と目を強引に合わせた。
「……聞く訳ないだろ? 呪詛の連鎖はここで打ち止めだ。お前の死は、どこにも繋がることはない。一切合切抱えたまま……無駄に死ね」
彼がそう言い終わるや否や、スタインの瞳から光が消えた。




