第13話:狂気の抱腹
「あ、いや……えっ……と……」
スタインは、その質問が意味するところをすぐに理解した。
"仲間を売れ"。
実に、単純な話である。
「まぁ、話さないんなら───」
「いや待っ……言いますッ! 全部話しますからどうかッ……!」
「……だったら最初からそう言えよ。じゃ、早速……あ、一応その前に教えとくか。スタイン……これを見ろ」
アストは彼の眼前に、自身の右手を突き出した。
「うッ……!」
スタインはそれを見て、思わず顔をしかめる。
その手に小指はなく、そこには千切れた肉と、砕けたような白い骨が顔を覗かせているだけであった。
「おいおい……あれだけのことをしておいて、今更このくらいで嫌な顔すんなよ。まぁいいや……で、これはさっき、お前の脳みそを元に戻す為に召喚した悪魔にくれてやったものだ。要するに、悪魔は俺に力を貸す代わりに、何かしらの代償を求めるという訳だが、悪魔にもいろんな奴がいてな。例えば魔力と引き換えに、こいつを簡単に治してくれる奴もいる。よく見てろ。代償を捧げる……力を貸せ"驚愕の回復者"」
アストがそう唱えた途端、小指の骨が瞬時に生え、それに肉が絡みついていく。
そうして、ものの数秒で元通りになった小指を、アストは彼の目の前でひょこひょこと動かして見せた。
「ゆ、指が生えッ……!?」
スタインが驚くのも無理はなかった。
治癒系の魔術は本来、人が元々備えている自己治癒力を高める程度のものであり、失ったものを完全に再生することなど出来はしない。
ただ唯一、この世界でそれを可能とするのは───
「ま、魔法……?」
魔術という枠、即ち世界の理を超えた事象を引き起こすものを人は"魔法"と、そう呼んでいた。
そこに明確な規定はないが、およそ魔術では起こし得ない、まさに神の奇跡とでもいうような出来事を生み出した時、それは魔法と分類され、操る者は"魔法使い"と、そう呼ばれるようになる。
魔法使いは極めて数が少なく、ほとんどの人間は生涯彼らと交わることなく生を終えることがほとんどであった。
「いや、だから悪魔の力だって言ってんだろ。まぁ、そう思うのも無理はないが……とにかく言いたかったことは、俺が特殊な力をいくつも使えるということだ。そして、お前が嘘をついたらすぐに分かる……こいつの力によってな」
アストは彼の目を見つめたまま、右手の親指で後ろにいるルシファーを指差した。
無論、彼女が心を読めるのは、契約者であるアストのみである為、これはただの脅しである。
当のルシファーは、事前にアストから言われていた通り、ただ黙ってにっこりと微笑みながら、口をもっちゃもっちゃと動かし続けていた。
ちなみに、彼女はただパンで挟んだサラミとチーズを咀嚼していただけで、それを表すようにその口元にはいくつものパン屑が付着している。
しかし、スタインにはそれがまるで違うものに見え、ただただその恐ろしさに身体を震わせ始めた。
「お前の知る限りでいい……全て話せ。嘘をついたら……分かるよな?」
「わ、分かってます……分かってますからッ……え、えっと……お、俺が知ってるのは……同じ小隊にいた奴らで───」
──────────────────
「こ、これで全部です……俺が知ってるのは……」
「んー……四人か」
スタインから語られた情報を手帳に記し終えると、アストはそう呟きながらそれを懐にしまった。
「ま、こんなもんだろうな……」
「あ、あのッ!」
「ん?」
椅子から立ち上がったアストに、スタインは眉尻を下げながら口を開いた。
「お、俺ッ……あなたのスパイになりますッ! 俺は一応正規兵なんで、色々と情報を抜き出すことがッ……ぜ、絶対お役に立てると思うんですッ! それにッ……し、信じてもらえないかもしれませんが……ほ、本当は俺ッ……本当はあんなことしたくなか───」
言いかけたその言葉を、スタインは思わず飲み込んだ。
それは、自身を見つめる彼の目が、本当に可哀想なものを見る目をしていたから。
「あー……悪い悪い……勘違いさせちまったか?」
「……あ……えっ?」
「確かに、俺は"お前の運命は二つに一つ"って言ったが……」
アストはそう言いながら両膝に手を当て、彼と目線が合う高さへと顔を持っていく。
そして、鼻と鼻が触れ合うほどに顔を近づけると、本当に心の底から、彼を侮蔑するような表情を浮かべ───
「あれはなスタイン……生きるか死ぬかって意味じゃないんだよ。最初に言ったろ? 皆殺しにするって。だからあれは……苦しんで死ぬか、もっと苦しんで死ぬかの……二択なんだよ」
「………………はぇ……?」
「プッ……お、おま……その顔ッ……ククッ……あははッ……あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははッ!!」
狂ったように、彼は腹を抱えて笑い続けた。
楽しそうに、嬉しそうに。
対照的に、スタインからは全身の力が抜け、呆けたようなその顔が、今度はだんだんと絶望によって醜く歪んでいった。
「あはははッ……あー……ふふっ……こ、こんなに笑ったのは何千年振りだ? あー、あれだ……ルシファーが罰ゲームで裸踊りをした時以来だわ」
「ちょっ……なんで今それを思い出すんですかっ!?」
「いやぁ、あれはマジで最高だったなぁ……別に見たくないからいいって言ったのに、"王として賭けは反故に出来ませんッ!"とか言って……泣きながら全力で踊ってたよなお前。結果的に見てよかったよあれは。マジでおもしろかったもん……またやってくれよ」
「に、二度とやりませんからっ! あ、あれ以来……私が悪魔たちに裏でなんて言われてるか知ってるでしょ……?」
「え? ……知らない。なんて言われてんの?」
「…………言いたくありません」
「ふーん……じゃ、他から聞くわ。ちょうど呼ぶつもりだったし……代償を捧げる」
「あっ! やぁっ! やだっ! やめてくだ───」
「来い……"蛇竜を宿す審問官"」
直後、突き出した彼の右腕から、皮膚がべりべりと嫌な音を立てながら少しずつ剥がれていく。
指先から手の平、そして前腕から二の腕に至るまで、綺麗に皮だけが捲れ上がり、そして切り取られたそれが闇に吸い込まれるように消えると、その部屋の床に、今宵二度目となる六芒星の召喚陣が現れた。
そして、そこから這い出てくるかのように、長い黒髪の美しい女がぬるりとその身を露わにする。
ピッタリと肌に張り付くような黒い革製のズボンに、無骨で厚みのあるブーツを履き、上半身もやはり黒い革製のジャケットを素肌の上に着た彼女は、大胆に露出した胸元を地面へと垂らしながら、二人に向かって深々と頭を下げると───
「……泣きべそおっぱい魔王」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあッ!?!?」
「あはははははははははッ!!」
現れるなりそう呟いた彼女に、アストは再び腹を抱えて大笑いし、ルシファーは頭を抱えて金切り声を上げた。
「あはッ……あはははッ! ま、魔界の王なのにお前ッ……ククッ……はぁはぁ……や、やぁ、アンドロマリウス……ふふっ! あ、ありがとう」
「どういたしまして」
「ア、アンドロマリウスッ……見てたんですか!?」
「はい陛下。なにせ、あなた様の視界を通じて見るこの世界での様子が、今や我々にとって一番の娯楽ですから。むしろ、こちらが感謝したいくらいです。最高の悦楽をありがとうございます……アスト様」
「楽しんでもらえて何よりだよ。他の連中も見てるのか?」
「ええ……騎士から公爵に至るまで、階級に関係なく、城にいる皆で楽しく眺めておりました」




