第12話:ナイフと尋問
「あ……ひぁッ……いぃあぁひぁああッ!!??」
スタインの顔は極限まで歪み、髪を振り乱しながら首を激しく横に振る。
その心は、恐怖によって完全に支配されていた。
「……残念だったな。頭の中のお花畑はさぞ居心地がよかったろう? でもな、どこにも逃げ場なんてないんだよスタイン……あの日の……俺のように」
「いッ……あぁぁぁぁぁぁあぁぁぁあッ!?」
右の太ももに深々と突き刺さったナイフを、彼は渾身の力を込めて激しく動かし始めた。
何度も何度も。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
「ああああああ許してぇあああああごめんなさああああああああああああもうやめてぇあああああッ!」
「あの日、お前は俺に言ってたよなぁ……」
もはや数え切れないほどに見た、その過去の記憶。
アストはその全てを覚えていた。
「"よぉ? いてぇか……なぁ?"」
「いぎゃァァァァァァァァァァァァァァアッ!!」
ナイフが骨にカツンと当たる。
それが心地よくて、彼は何度もそれを繰り返した。
「"クックックッ……ほら、頑張れ頑張れ。お前がゲームに負けたら、あのかわいこちゃんが……とんでもないことになっちまうぞ?"」
「すみばせんでしたァッ! すみばぜんでしだァァァァァアッ!! 許していびゃァァァァアッ!!!」
彼は刺さったままのナイフで傷口を抉り、中身をほじくり出すように激しく動かす。
縦に横にと強引に捻りながら、アストは泣き叫ぶ彼の顔をじっと見つめ、ただただ嬉しそうにひたすらそれを繰り返した。
「"付き合ってんのか? なぁ? かわいそうになぁ……ま、お前が死んだら俺らがたっぷり慰めてやるよ……せいぜい頑張んなッ!"……覚えてるか? お前が言ったセリフだぜ?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさッ……ああぁだァァァァァだァァァァアッ!! やだぁッ……もういやァァァァァぁぁぁあッ! もう殺し───」
パッと、アストはナイフから手を離す。
そして、彼の前に椅子を置き直すと、ゆっくりとそれに腰掛けた。
「ハァッ……ハァッ……あうっうっ……うぅ……!」
「フィオナはどこだ」
「うぇ……あ……し、知らないッ……ほんとにッ……ほんとに知らないんですぅッ……!」
「ま、そうだろうな……なら、お前が知っていることを全て話せ」
悪魔の力を使えば、こんな質問をする必要もなく、情報は容易に引き出せる。
しかし、アストはそうしなかった。
その理由は、実に単純である。
「お、俺の……知ってることッ……」
スタインは必死に記憶を辿る。
ブツブツと独り言を呟きつつ、縛られた身体を小刻みに揺らしながら、なんとか命を繋ぎ止めようと必死に。
そして、その様を、アストはただただ嬉しそうに眺めていた。
そう。
彼はただ、スタインが狼狽する姿を見たかっただけである。
先ほど彼が召喚した、精神を操るダンタリオンに願えば、彼から簡単に情報を引き出すことは容易であった。
だが、それではつまらない。
一万年もの間、積もりに積もった怨嗟の念。
復讐の炎は、決して消えることのない業火となり、それによって焼け焦げた彼の心は、見るも無惨に黒く染まってしまった。
今、彼の心を満たすのは、復讐の対象である彼らの絶望に満ちた表情、ただそれだけなのである。
「なんで俺の村を襲ったのか……そこから話せ」
いつまで経っても狼狽えるばかりの彼に、アストはそう言いながら椅子の背もたれに身体を預け、肩肘をついて足を組んだ。
「あ……ああ! はいッ……! し、新人だった俺は手が空いてた部隊にいて……軍団長の命令で従軍することに……!」
「軍団長……バルバロスだな?」
「は、はい!」
「奴の立場は? 正式名称で答えろ」
「え、えっと……アレクサンドリア帝国軍第一軍団長……」
「第一軍団長? ……軍のトップじゃねぇか」
予想外の答えに、アストは右手を顎に当て、首を傾げる。
"閣下"と呼ばれていたこともあり、ある程度地位の高い人物であることは想像していた。
しかし、まさかそれ程の大物とは思っていなかったのである。
「なんでそんなお偉いさんが弱小国家の……しかも、あんな辺境にある村にわざわざ直接……その理由はなんだ?」
「り、理由は分かりま……あっ! た、ただ! 俺たちはこう言われてました! これは……"上意である"ってッ……!」
「……上意ね」
これに関しては彼の予想通りであった。
バルバロス自身が、"やりたくないけどやらなきゃいけない"などと語っていたことから、誰かに命じられていると考えるのが自然であり、そして軍事国家であるアレクサンドリアにおいて、軍のトップである彼に命令出来るのは、国の王を除いて他にいない。
「あいつが言ってた"儀式"については?」
「よ、よく分かりません……悪魔だなんだっていうのもよく……俺らみたいな末端に詳しい説明はなかったんです……だからその、ただ"やれ"と……俺らはそう命じられて……」
「ほー……それでなんの罪もない人を平気で殺せるんだな。いかれてんなぁ……お前」
「……ッ」
「ふふっ……そんな怯えた顔をするなよスタイン。正直に話せばいいだけだ。分かってると思うが、お前の運命は二つに一つ……ただ、それだけのことだよ」
途端にスタインはガタガタと震え出す。
そして、今にも泣き出しそうな表情を浮かべながら、懇願するように口を開いた。
「は、話しッ……話しますッ……な、なんでも話しますからッ……!」
「よし、じゃあ次だ。シャンディって女については?」
「あ、あれは軍団長の補佐官です! 秘書みたいなもんで、ずっとついて回ってました! あの人以外にも軍団長の手勢が何人かいて……他は全部適当というか……俺たちは数合わせみたいなもんでしたッ!」
「なるほどね……因みに聞くが、俺の村以外でも似たようなことをしてたのか?」
「は、はい……半年くらいで六ヶ所……世界各地を回ってましたんで、大半は移動に時間を……」
「世界各地をね……俺の村は何番目だ?」
「え……っと……さ、三番目でした!」
「ということは、フィオナも連れ回されてたんだな……お前の知る限りでいい、彼女はどんな様子だった?」
「あ……か、かなり丁重に扱われてたと思います……俺らみたいな末端とはほとんど顔を合わせることもなくて、おそらく軍団長の側近が世話をしてたんだと……」
「……そうか」
無論、彼はそれを全て信じるつもりなどない。
だが、少なくともスタインからはそう見えていたことを知り、微かに安堵したのもまた事実であった。
「で、任務が終わって、フィオナはバルバロスが連れていった……そうだな?」
「そ、そうです……それ以降は知らないッ……ほんとに知らないんですッ! あの子が軍団長にとってのなんなのかも知らないですしッ! な、なんか愛人にでもするのかな程度にしか───」
「……ちょっと待て。愛人にでもってことは……あいつは結婚してるんだな? 子供は?」
「あ、はい……綺麗な嫁さんがいますし、確か子供は三人くらい……全員軍人だった……か……と……」
それを聞いたアストは笑みを浮かべる。
ただ、その目は一切笑っておらず、口元のみが歪に吊り上がっていた。
その顔を見たスタインは恐怖に怯えながら、思わず唾を飲み込んだ。
「そうか……そりゃいい……」
抑揚のない声だった。
その後すぐ、彼の肩が揺れ始める。
「ふふっ……ふははっ……あははははははははははははははッ! おぉい! そりゃいいぞスタインッ! 最ッ高の情報だそれはッ!!」
「あ……は、はひ……」
「あー……それで? お前は部隊が解散した後、この街に配属となった……そんなところか?」
「は、はいッ……」
「なるほど……まぁ、大体分かった。それじゃ、次が最後の質問だ。あの夜いた奴らの中で……今の居場所を知ってる奴はいるか?」




