↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/104

第101話:反転

 

「…………えっ?」


 直後、ぐ(・)る(・)り(・)と、彼女の視界が───反転した。


「な……なに……これ……!」


 今、彼女の視界には、上に崩壊した街が存在し、下に夜空があるという、通常とは真逆の光景が広がっていた。


 そして、逆さまになったその世界の中で、正面に立つ彼の頭もまた当然のように下を向いており、その意味不明な状況に彼女の思考が停止する。


 そんな呆然とする彼女を見ていたアストは、手を合わせたまま、微かに驚いたような表情を浮かべた後、ゆっくりと口角を吊り上げた。


「ものは試しとやってみたが……なるほどな。そういうことか……」


「な、なに……をッ……私になにをしたのッ!!」


「やっと理解出来たよ。やっぱりあんた……この世界にいたんだな」


 質問には答えず、アストは満足そうに頷くと、彼女に背を向けた。


「ッ! な、なんの……つもり……?」


「気づいてないようだが……こっちからは全て見(・)え(・)て(・)い(・)る(・)。もうあんたに勝ち目はない。そして、俺の考えが正しければ……あんたはここから逃げ出すことすら出来ない」


「に、逃げる……私がッ!?」


「もうあんたは脅威じゃないし、後回しにさせてもらうわ。そこで大人しくしててくれ。後でゆっくり……殺してやるよ」


「こ、このッ……!」


 彼女は即座に、その背中に右手を向け、魔力を練り上げた。


「ふ、ふざけたことばかりッ……!」


「一応忠告しとくが……やめといた方がいいぞ。あんたは今、全てが狂(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)」


「な……にをッ……!」


 いまだ事態を飲み込み切れず、彼女は困惑しながらも、震える右手をもう片方の手で必死に押さえ、アストに狙いを定めたまま自分の状態を把握し始めた。


 当然、まず確認したのは境界魔法。

 何をされたのかは不明のままであったが、しかし解除された感覚もなく、確かに魔法が健在であることを彼女は確認する。


「わ、私はまだ……!」


 つまり、自分はいまだ無敵の存在であり、手足も動き、魔力も、術式の構築にも問題はなく、異常があるのは視界だけで、魔法を完全に破られた訳ではないのだと、彼女はそう結論づけた。


 そしてすぐに、"なら、殺さなければ"と、彼女はそう思い、その右手に魔力を込め、いつも通りに───


「………………え?」


「あー……だから言ったのに」


 魔術を行使した刹那、弾け飛んだ己の右腕が、いったん夜空に落(・)ち(・)た(・)あと、今度は街へと上(・)が(・)っ(・)て(・)いくのが見えた彼女は、訳の分からぬまま、ただ呆然と消えた右腕の先を眺めていた。

 そして───


「……いッ…………あぁぁあぁぁぁあぁッ!?」


 遅れてやってきた激痛に、彼女は空に浮かんだままうずくまる。

 しゃがみ込み、右腕を押さえ、涙を流しながら、それでも彼女は顔を上げた。


「お(・)、(・)お(・)前(・)ぇッ……!」


 その言葉を受け、彼は振り返り、また笑みを浮かべた。


「……いいね。その方がいい。やっとあんたと……向き合えた気がするよ」


「ぎッ……いぃ……あ、あり得ないッ……だって魔法……ある……あるのにッ……おかしいじゃないッ!! お前ッ……わ、わた……わたしにッ……なにをじだぁッ!!」


「おいおい……言う訳ないだろ? そんなことより……ほら、まだ左腕が残ってるんだ……撃てよ」


 そう言って、アストは両手を広げて見せる。


「う……うぅッ……!」


 たった今、右腕が意味も分からないままに吹き飛んだのだ。

 撃てる筈などない。


 それを分かって言われているということが、彼女にとっては何よりも惨めで、屈辱的で、噛み締めた唇から鮮血が流れ上(・)が(・)っ(・)た(・)。


「どうした? 今なら避けないでいてやるよ……さっさと撃て」


「う……あぁぁあッ!」


 度重なる挑発を受け、ヘンリエッタは凄まじい形相で左手を構える。

 だが───


「撃てないよ……あんたには」


「ぐッ……くぅぅッ……!」


 痛みと怒りと悔しさで溢れた涙が、額を伝って街へと吸い込まれていった。


「なん……なのよ……!」


 ヘンリエッタは、その全(・)て(・)の矛盾に耐え切れず、アストへと向けていたその左手で、自身の額を押さえながら下を向く。


 そうして、満点の星空が広がるその視界の中に、アストがスッと入り込んだ。


「ひっ……」


 思わず顔を上げた彼女は、空中にいるにもかかわらず、尻(・)を(・)地(・)面(・)に(・)擦(・)る(・)よ(・)う(・)に(・)後退り、怯えた表情を浮かべる。


 そんな彼女に、見下すような、それでいて憐(・)れ(・)む(・)よ(・)う(・)な(・)、ひどく冷たい視線をアストは向けた。

 そして───


「魔法を解け……ヘンリエッタ」


「……え?」


「そうすれば、楽に死なせてやるよ」


 アストはそう、冷たく言い放つ。

 だが、この時ヘンリエッタは、死の恐怖よりも確かな、とある違和感を感じ、必死に思考を巡らせた。


 そうして、やがて一つの結論に至った彼女は、そのぐしゃぐしゃになった顔で───


「あはっ……なぁんだ……そういうことなのねぇ?」


 と、満面の笑みを浮かべた。

 その時、アストの眉間に、微かに皺が寄る。


「そう……そうよねぇ……あ(・)な(・)た(・)、本当に演技がお上手だわぁ……危うく、騙されるところだったもの」


「……」


 アストは黙ったまま、微かに首を傾けながら、右のこめかみを指で掻いた。


 世界は逆さまのままであったが、彼女はそんな彼を見つめながらほくそ笑む。


「結局、なんなのかは分からないけれど、あなたは境界魔法の隙を突き、この私をここまで追い詰めることは出来た……でも───」


 ヘンリエッタは涙を拭いながら、ゆっくりと身体を起こしていく。

 アストは、ただ黙ってそれを見つめていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。