↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/104

第100話:気づき

 

 そんな彼女の真下にいたアストは、その様子には特段疑問を抱かなかったが、その言葉に興味を持ち、手を顎に当てて首を傾げた。


「熱も感じないし、焼けることもないが……匂いは感じる、ねぇ……」


 アストが使ったものは、対象の周囲に高(・)温(・)の(・)黒煙を発生させ、視界を奪ったうえで、身体の中から燻して焼き殺す魔術。


 彼がこの魔術を使ったのは、高熱の空気を吸い込んだらどうなるのかを見る為であったが、彼女は痛みを訴えることも、咳き込むこともなく、声を荒げて喚き散らかしていた。


「ダメージだけが通っていない……で、腐った匂いってのは……あれか。サブナックの能力で死んだ兵士の匂いだな。それが残り続けてるってことは……まさか、こっちにあるのか……?」


 異空間にあると考えていた彼女の本体。

 だが、鼻に匂いがこびりついて消えないという匂いが、その考えに疑問をもたらす。


「この世界に在って、この世界にない……」


 彼女が口にしたそれを、彼は反芻する。

 そうして考える中で、彼は一つの仮説を立てた。


「視覚、聴覚……そして嗅覚……感覚だけが……常に、繋がっている……」


 人が持つ、外の世界と繋がる為の感覚。

 視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚。

 総じて、五感と呼ばれるそれら。


 現時点で、味覚は不明だが、この世界から干渉出来ない以上、触覚がないことは判明している。


「視覚と聴覚は分かる……必要だから残した。だが、嗅覚を常に繋げる意味…………いや、嗅覚だけじゃない。全てを切り離せなかったとしたら……待てよ……触覚以外は内部の……」


 彼は、そこに鍵があると踏んだ。

 そして、その時ふと、ある魔術を思い出す。

 感覚に訴える、その魔術を。


「……まぁ、試してみるか」


 アストは魔力を身に纏うと、上空で必死に自分を探す彼女へと向かって飛翔しながら、隠遁魔術を解除した。


「ッ! あなた……!」


「よぉ」


 十数メートル程の距離を空け、両者は空中で対峙する。

 アストが不敵な笑みを浮かべるのに対し、ヘンリエッタの眉間には、深い皺が刻まれていた。


「随分といい顔になったな。そっちの方が……まだ好みだぜ?」


「こ、このッ……!」


 怒りに任せ、彼女は瞬時に魔力を練り上げると、彼の周囲にいくつもの空間魔術を解き放つ。

 だが───


「くッ……!」


 目の前で繰り広げられるその光景に、ヘンリエッタの表情がさらに歪む。

 彼女の使う空間魔術は、転移、切断、固定、圧縮、解放と、その種類は多いが、発動手順は概ね同じ。


 簡単に言えば、対象となる場所を指定し、そこに術式を組み込んだ魔力を流すことで、様々な効果をその空間に与える、というものであった。


 つまり、基本的には魔力を放つまでがその工程であり、あとは事前に組み込んだ術式通りに効果が発動する仕組みである。


「うッ……うぅッ……!」


 今度は彼女の口から、嗚咽にも似た声が漏れ始める。

 だが、それも当然であった。


「なん……でッ……!」


 今、彼女が連続して放ち続けている魔力には、切断と固定、その両方の術式がそれぞれ組み込まれていた。


 放った魔力は、指定した場所に到達した直後、"切断"ならば直径三メートル程の空間を球体状に削り取り、"固定"ならば指定した場所を中心に、半径十メートル程の空間を停止させる。


 仮に全てをかわしたとしても、固定した空間を圧縮し、さらに解放することで、先程と同様に強力な衝撃波を発生させてダメージを与えるという、通常ならば回避しようのない、まさしく理不尽な三段攻撃を彼女は繰り出していた。

 だが───


「なんでッ……当たらないのよ……!」


 いくら何をどう工夫して放とうが、その全てを───アストは余裕を持って回避し続けていたのである。


 そもそも、彼女の空間魔術は事の起こりが読めない、非常に静かな魔術である。


 故に、これまで対峙してきた相手は、彼女が魔術を発動したことにさえ気づかないまま、身体を抉られて死に絶えるのが普(・)通(・)であった。


 だが、極限まで鍛えた"感覚強化魔術(エンハンス)"により、彼の目には、彼女が空間を操る為に放った魔力が、全て鮮明に見えている。


 さらに、切断と固定の違いすら見切り、切断の魔力は距離をとって回避し、固定の魔力のみを妖刀で断ち斬ることで、通常ならば紛れもない死地であるその場所で流麗に、そして華麗な舞を踊るかの如く、全てに対応していたのであった。


「……ッ!」


 やがて彼女の手がだらりと落ち、それに呼応するようにアストの動きもまた止まった。


「気づいてるみたいだな……この刀の特性に」


 彼女は答えず、ただ苦々しげな表情で彼をじっと見つめていた。


「確かにあんたの読み通り、こいつが魔術を斬れるのは、鞘から抜いた一振り目だけだ。だが、安く見てもらっちゃ困る。これは抜刀術と呼ばれる技術体系の一つで、"居合"という技でな……抜刀から納刀までが、一つの型となっている。完璧に使いこなせるまでは結構かかったよ。確か……百年くらいだったかな」


「……は? ひゃ、百年って……何を言っているの? 子供じゃあるまいし、どこまで私を馬鹿にすれば気が済むのかしら……?」


「馬鹿になんかしてない。事実だ。まぁ、何が言いたいかというと、さっきのならまだしも、そ(・)の(・)程(・)度(・)の魔術じゃ……俺は殺せないってことだ」


「そ、その……程度……?」


「あんたの魔術は確かに強力だが……大味過ぎるんだよ。端的に言えば、あんたのそれは対多数……要するに、軍を相手にすることに特化してる。だから、俺みたいな奴には届かない。簡単にかわせる。見切れる。そして斬れる……そもそも、何を焦っているのやら……無敵だと、神の力だと、そう語っていたくせに」


「ッ! ふ、ふふっ……そう……そうよッ! 私に攻撃は通らないッ! 残念ねぇ……いくら私の魔術をかわせても無意味なのよ! ああ、言っておくけれど、魔力切れなんて期待しないでよね? ……まだまだ私には余力がある。そして、私はあっち側の存在ッ……あなた如きでは、触れることすら叶わな───」


「……"狂え"」


 パ(・)ン(・)ッ(・)と、乾いた柏手の音が───鳴り響いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。