第10話:強大な敵
実際、生きているとは思っていた。
口ぶりからして、おそらくフィオナはあいつにとって何か重要な存在なのだろう。
それが何かは分からないが、あの感じからして、殺したりすることはないと踏んでいた。
唯一あるとすれば、フィオナが自ら命を断ってしまうということだったが───
「とりあえず一安心だな……けど、これからが本番だ。待ってろフィオナ……必ず見つけ出す」
まず一つ、憂いは消えた。
「……よし、村を片付けるか」
「はいっ!」
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村人みんなの骨を集めて埋葬し、ある程度村の片付けを終える頃には、すっかり日は落ちており、既に辺りは真っ暗になっていた。
実に慣れ親しんだその暗闇に、なんだか妙に落ち着いてしまうのが悔しくもあるが、今日はあの空間とは違い、そこにパチパチと火花を散らす焚き火の灯りがあった。
魔術や悪魔たちの火は散々見てきたが、やはり焚き火というものはそれらとは全く違い、上手く言葉には出来ないが……とにかく温かみがあるというか、そのゆらゆらと揺れる火を見ているだけでなんだか気持ちが穏やかになっていく。
「……いいねぇ」
さらに、その上にぶら下げてある、さっき獲ってきた鹿の肉が、いい音を立てながら焼けていく匂いを嗅いでいるだけで、なんだか凄く幸せな気持ちになってきた。
ちなみに、俺の口の中には涎が洪水のように溢れ出しており、一万年ぶりのそれを迎え入れる準備は既に出来ている。
早く食いたいところではあるが、別に痛くないからといって腹を壊したい訳ではない。
もう暫くの辛抱だ。
一万年耐えた男に不可能はない。
「ほわぁ……なんかいい匂いですねぇ……」
自宅の庭で鹿を焼いていると、その匂いにつられたのか、ルシファーのやつがとことことやってくる。
そのまま俺の隣に置いていた椅子に座ると、肉に顔を近づけてさらに匂いを嗅ぎ始めた。
「んー? 悪魔はメシなんか食わないんじゃなかったのか?」
魔界に食事をするという文化はないらしい。
そもそも空腹を感じることがなく、あくまで燃料補給のような形で必要なものを取り込むのだそうだ。
要は、俺が払う代償が、彼らにとってのご馳走ということになる。
「そ、そうですけど……あ、その顔イジワルですっ! イジワルな顔してますっ! 食べてみたいって思うのは悪いことなんですかっ!?」
ルシファーは拗ねたような顔で俺を見つめながら、そう言って腕を振り回す。
「分かった分かった……そんな顔すんなって。ちゃんとやるよ。村の片付けも手伝ってくれたし、おかげでうちの中も綺麗になったからな」
「やた! 楽しみです!」
「フッ……よかったな」
鼻唄を歌いながら左右に揺れるルシファーに、思わず笑ってしまう。
実際、こいつはよく働いてくれた。
でかい瓦礫も摘んでポイっと森へぶん投げていたし……まぁ、頭はちょっと弱いが頼りにはなる。
「ところでお前、身体はどうなんだ?」
この世界に来てから、ルシファーは"身体が重い"としきりに言っていた。
体調が悪いとかそういうものではないらしいが、少し気になる。
「あー……それなんですけどね……なんか、能力を使おうとすると邪魔されるような感じがするんですよ」
「邪魔?」
「はい。まぁ、もともと行ったことのない場所には空間転移出来ないんで今はいいんですけど、見えている範囲でも、ちょっと遠くに飛ぼうとすると負荷がかかるというか……乱されるような感覚があるんです。理由は分かんないんですけど。だから、例えば違う街に行って、そこからここへ戻るとかはやめといた方がいいかもです。危ないので」
「そうか……分かった。頭に入れておくよ」
こいつがそう言うってことはよっぽどだ。
どちらにせよ、俺は空間転移なんか出来ないから関係ないが、悪魔の中にはそれをメインの能力とする奴もいる。一応用心しておこう。
しかし"邪魔"か……まだこの世界に慣れていないとか、そういう意味合いで言ってるのかもしれないが、なんだか妙に引っかかる。
他の悪魔たちにも、今度呼び出した時に確認しておいた方がいいかもしれないな。
「ところで……ねぇねぇアストさん! これはなんて生き物ですか!?」
「ん? ああ、こりゃ鹿だ。森の中にいっぱいいるよ。昔は獲るのに苦労したけど、今じゃ五秒で見つけて一秒で殺して……あっという間だったな」
しかし、思わぬところで実感したな。
自分自身が、とんでもなく強くなっていることを。
「ふーん……私も後で探してみよ。ところで、これからどうします?」
「そうだなぁ……とにかくフィオナを探したいんだけど、今のところ手掛かりが一切ない……だから、予定通りまずはあいつの国に行って情報収集をしつつ、あの夜ここにいた奴らを見つけ出して、知っていることを吐かせてから殺していく感じかな」
「それがいいかもですね。どうやって探しますか?」
「んー……奴らの顔は何度も見てるから全員覚えてるんだけど、名前までは知らないんだよな……とにかく何かとっかかりを見つけないと……」
きっかけさえあれば、後は芋蔓式にどうとでもなる。
問題は、それをどこから引き摺り出すかだが、最初は手当たり次第探していくしかないかな……。
「あ、そだ……アストさんこれ!」
彼女は胸元から紙を取り出すと、それを俺に広げて見せてきた。
「ん? ああ……世界地図か。それが?」
「もっかいこれ見ながら説明してください! 分かんなくなっちゃったので!」
「いいよ。じゃ、これ空間に固定して」
「はい!」
ルシファーは基本的になんでも出来る。
全ての能力が秀でていて、欠点は頭がちょっとあれなくらいだ。
まぁ、あの化け物揃いの悪魔たちを力で捩じ伏せ、魔界を統一した支配者な訳だから、強くて当たり前ではあるのだが。
「ほい! 固定しました!」
俺とルシファーの目の前に、世界地図が空中に浮いた状態で固定される。
「ん、よろしい」
そんな彼女が最も得意とするのは、ありとあらゆる空間を操る能力だった。
俺も魔術で異空間を使うし、それなりに強くなった今だからこそ分かるが、こいつはとんでもないことをさらっと、そしていとも簡単にやってのける。
俺を一万年閉じ込めたあれもそうだが、異世界に行ける力など、空間を操るということに関して、こいつ以上の奴はおそらく存在しないだろう。
だからこそ、さっきの話が引っかかる訳だが……ひとまず今はいい。
「まず、今いる場所がここね」
「えっ? 左下のこの……ちっちゃいやつ?」
「そう。ここは島国なの。名前はパンドラ」
この国は丸い形をした島国で、世界にある島の中じゃ大きい方だが、地図上に三つある大陸と比べると、非常に小さく見えてしまう。
実際に弱小国家で、隣にある二番目に広いヘスティア大陸の半分以上を支配している国、バビロニア連合国の属国になっており、その庇護のおかげで戦争とは無縁の国だった。
「ふんふん……で、敵の国は?」
「これ」
俺は世界地図の真ん中にある、一番大きな大陸を指差す。
「……でかくないですか?」
三つの大陸のうち、一番左は黄色で六割ほどが塗り潰されており、それがバビロニアの領地であることを表していた。
ちなみに、パンドラもその属国のため、同じように黄色く塗られている。
その他は、線で区切られた大小様々な国が、いろいろな色で塗られていた。
次に、一番右にある三番目に大きなアルテミス大陸は、四割ほどが青く塗り潰されていて、そこはディアナ共和国という国が治めている土地を表している。
残りはやはり大小様々な国がひしめき合っており、この大陸はディアナがあまり支配的ではないこともあってか、あらゆる国が覇権を狙う、今世界で一番危険な場所となっていた。
そして───
「これ……ひょっとして全部? 他と違って、色が一緒ですけど……」
「そう。これ全部敵」
真ん中の一番大きな大陸は、全て赤で塗り潰されていた。




