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第9話 決着

「アタシの娘はどこなの?」


 榎が尋ねた。

 ヒサギの答えは――


「ブラックホール」


「メテオキャノン」


「ヴォイドアウト」


「ワールドハック」


 無数の攻撃だった。

 榎はハエでも払うように、軽く手を振った。


「そういうのはいいから」


 すべての攻撃が消えた。

 何をしたのか分からない。

 何かしたようには見えなかった。

 催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなものでは、断じて無い。

 もっと恐ろしいものの片鱗を、今、私は見たのだ。


「ば……バカな……ワールドハックの魔法陣さえも消した……?

 こ、これが本物の事象改変か……」


 ショックを受けるヒサギ。

 しかし、マックスは首を振る。


「今のは、ただの回復魔法だ」


「はァ!? そんなワケないだろう!? 冗談もたいがいにしたまえよ!?

 いったい何をどう治せばこんな――……エフェクトの上書き?」


 そう。ゲームに存在したバグだ。

 スキルAを使えばAのエフェクトが出る。このエフェクトが出る瞬間に、スキルBを受けると、プログラムが「Bのエフェクト出せ」という命令を走らせる影響で、Aのエフェクトがキャンセルされる。

 入力タイミングが1フレーム(約0.016~0.017)秒しかないので、狙って成功させるのは至難の業だが――世の中には存在する。そういう神業ができる人が。

 2004年にアメリカで開催された格闘ゲーム大会「EVO 2004」のストリートファイターIII 3rd STRIKE部門の決勝戦――ウメハラ選手は、1フレームしかない入力タイミングで15発以上の連続ブロッキング(通称「パリィ」)に成功し、体力を回復させつつ反撃に転じて逆転勝利を収めた。この瞬間は「格ゲー史上最高の瞬間」として、今もなお語り継がれている。

 顕微鏡で見なければ分からないような小さな傷を、素手で触っただけで見つけてしまう職人がいる。絶対音感は、適切な時期に適切な訓練をすることで、後天的に獲得できる。それら「特殊能力」としか思えないような高度な技能を、人間は後天的に身につける事ができる。

 努力のたまもの――その積み上げた高さの産物だ。


「もういいかしら?」


 榎の冷たい声に、抱きとめられていたマックスが離れた。

 歩き出す。

 踏みしめる1歩1歩が、死刑宣告のようで。


「アタシの。

 娘は。

 どこなの?」


 そして淡々と、作業が始まった。

 それは、報復でも制裁でもなく――

 泥の中から娘を掘り起こそうとする、父親の痛々しい姿だけだった。










「……ここに居たのね」



 ◇



「世話ばかりかけちまったな……」


 榎とマックスとリリーに、しこたま殴られて。

 顔をパンパンに腫らした楸が、立ち去った。


「本当よ、まったく」


 なおもリリーにひっぱたかれながら、楸はしょんぼりして歩く。

 きっと回復魔法はかけてもらえないのだろう。


「んじゃ、俺も先に帰るぜ。また店でな」


 椿は牛丼屋に帰っていった。

 ヒラヒラと手を振りながら、ため息をつく。

 あー彼女ほしー……とか言っているが、私は見送った。

 どこが嫌ということもないが、なんとなく彼はちょっとな……男同士で遊んでるほうが楽しいタイプだ。

 私も彼氏はほしいけど、彼氏にするなら榎みたいに相手を大事にしてくれるタイプじゃないと……。


「アタシたちは、のんびり行きましょう」


「そうだな。話したい事がたくさんあるんだ」


 2人は手を伸ばす。

 お互いにではなく――


「パパ、おかえりー。

 ママもパパに『おかえり』って言わないとダメなんだよー?」


 リザレクション。

 死亡状態のプレイヤーを蘇生するための魔法スキル。

 存在を消され、サニーだった砂にかけても効果は無かったが。

 マックスの服についていた、たった1本の髪をもとに、サニーは復活した。


「そうだな……おかえり、エノキ」


「ただいま、サニー。

 ただいま、マックス」


 立ち去る一家を見送って。

 私はタバコを取り出した。

 遠くに海が見える。

 少しずつ沈んでいく夕日を眺めて、私はタバコに火をつけた。


「……ふー……」


「お疲れ様でした、閣下」


 ベルゼバブが飛んできた。

 戦闘の影響で、馬車はとっくに壊れ、馬も逃げてしまっている。

 帰りの足に、使わせてもらおう。

 だが、その前に、考えておかなくてはならない。


「……どうやって報告しよう?」


 抹殺を命じられた5人は生存。

 その複製体が100京体も現れて、しまいには400年前の英雄が天使になって登場した。


「事実を、事実のままに報告するしかないのでは……?」


「私の頭がおかしくなったと思われるだけだ」


 いっそ私も死んだことにして、逃げてしまいたい。

 しかし、世界平和のために世界の敵になった彼らを、放ってはおけない。

 彼らの正義を知り、彼らを守れる立場にあるのは、私だけだ。

 ……これ、抹殺より大変なのでは?


「はぁ~……面倒くさい……」


 とにかく始めなくては。

 吸い終わったタバコの火を消して、私はトボトボ歩き出した。

 ……あー……彼氏ほしー……癒やされたい……。

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