第8話 死してなお輝く
カラン、とペンダントが落ちた。
サニーの姿は、もう無い。
「サニー!」
マックスが砂をすくって嘆く。
サニーだったものは、もはや原形どころの話ではなく――
「ふーむ……消えたのは子供ひとりだけかね。
事象の改変が、なぜ失敗を……? ワールドハックが不完全なのか、何らかの『抵抗』が存在するのか……興味深いね」
淡々と。ただ淡々と。
ヒサギはただ観察していた。
あるいは、いくらかの喜びさえにじませながら。
「君というやつは……」
「テメエ……」
「……つける薬もないわね」
「死ななきゃ治らないタイプですね」
「吐き気を催す邪悪だな」
楸が、椿が、リリーが、ルナが、そして私が、ギリリと拳を握りしめた。
だがひとり、マックスは静かに立ち上がる。
両手を大きく広げて。
その姿を見たルナが焦った。
「あっ、マックス様! それはダメです! それは――」
パァン!
強烈な破裂音が轟いた。
そして世界から音が消えた。
竜人族がドラゴンブレスを模して繰り出す一撃――全力の拍手。
発生した衝撃波はマックス自身の両手を砕き、止めに入ろうとしたルナは泡を吹いて気絶した。
「「――ッ……!」」
バタバタと倒れていくヒサギたち。
横に居た私たちは鼓膜が敗れる程度で済んだが、威力のほとんどは前方へ放出される。
会話はできていた。すなわち音は聞こえているということ。
光は見えていたのだから、と防御力を貫通する理論を、今度はヒサギが受けることになった。
「~~~ッ!」
マックスが何かを叫んでいる。
そして砕けた両手を再び広げた。
リリーが慌てて手を伸ばす。
回復魔法を飛ばしたようだ。
しかし、それが届く前にマックスは再び手を打ち鳴らした。
ドンッ!
音は聞こえない。
だが、近くで見る打ち上げ花火のように、衝撃が私たちの体を打った。
そしてマックスの両手も、木っ端微塵に砕け散っていた。
直後、回復魔法の光が私たち全員を包んだ。
「こんな無茶をして……! もうちょっとだけ待てば……!」
リリーが言葉を噛み殺す。
待てるはずもないのだ。
マックスの両手は砕けたまま、再生することなく失われていた。
回復魔法は傷を治す。しかし、それはあくまで自然治癒の加速。欠損した部分が再生することはない。
「サニー……!」
マックスが砂を振り向く。
ペンダントを拾おうとして手を伸ばし――拾うための手が無いことに気づいて、泣き崩れた。
にわかに曇り始めた空に、慟哭が虚ろに響く。
「やれやれ……とんでもない音響攻撃だね。
あれこれやった熱の影響か、空模様まで怪しくなって……おやおや、降ってきてしまった。今度は雨を防ぐ魔法でも作ろうかね。あまり濡れたくはないし」
ヒサギの1体が、いつの間にか至近距離にいた。
その手が、マックスの腹部を貫いていた。
「……え……?」
腹から生えた手を見下ろして、マックスが小さく声を漏らす。
ぽたり。
滴り落ちた血が、ペンダントに落ちた。
ぽわっ……。
ペンダントが淡く光った。
その光は急激に強くなり、天へ伸びる。
そして太くなった。
ひとすじの光は、天を貫く柱になっていた。
空が割れて光の柱の中を、誰かが降りてくる。
翼が生えたそのシルエットは、どう見ても天使だった。
しかし身につけた衣服のデザインは、どこかで見た覚えがある。
あれは……ゲーム時代に存在した、神官の装備のひとつだ。
「……遅いよ」
マックスが複雑な顔で天使に抗議した。
悲しみ、悔しさ、申し訳なさ……そして懐かしさや、喜び。
様々な感情が、その表情から読み取れる。
「待たせたわね」
優しげな声。
天使がマックスに口づけする。
「……なんだね、君は……?」
警戒を強め、ヒサギが1歩さがる。
マックスの腹部から引き抜かれた手は、血に濡れていた。
だが、マックスの腹部には、穴も傷も存在しない。
治したのだ。
貫通された衣服もろとも。
気づけば砕け散った両手さえ、いつの間にか治っている。
そのマックスを優しく抱きとめながら、天使はキョロキョロと周囲を探した。
そしてペンダントを見つけ、ヒサギを振り返る。
「――ッ!?」
瞬間、ヒサギは遥か後方へ転移した。
天使の目は、静かな怒りに満ちていた。
「アタシの娘はどこなの?」
榎が、降臨した。




