第10話 後日談
椿の店「牛丼屋アドン」にやってきた。
空腹を満たすため、というより、抹殺指令の結果を誤魔化して報告した後の、自分自身への慰労として。
偽装するのは、けっこう大変だった。組織的にやれば大した作業量でもないのだが、情報漏洩を防ぐため、全部ひとりでやらなくてはならない。
「あー……疲れた」
「軍隊は大変かい?」
「椿……」
あなた達の生存を隠すための工作をしていたんだよ、などと言えるはずもなく。
私は曖昧に答えた。
そこへ新しい客が入ってきた。
「やあ、久しぶりだね」
「あ、楸」
「元気だった?」
「リリーも」
「アタシたちも居るわよ」
「榎……それに――」
「こんにちは」
「お姉ちゃん、久しぶりー」
「マックスとサニーも。
ルナは?」
「それがちょっと特殊なことになってね。
アタシが天使として舞い戻ったから、従魔契約を結び直したんだけど、そしたらルナ、聖竜になっちゃったのよ。存在進化でね」
「まだ新しい体と力に慣れてないから、小さくなるのが不安定なんだ。気を抜くと元の大きさに戻ってしまうから、店を壊さないように外で待ってるぞ」
「おっきくなったり、ちっさくなったり、忙しそうなんだよー」
聖竜……ということは、膨大な光属性の魔力をもったドラゴンが誕生したということ。
感知されていなければいいが……。安保理が原因調査に乗り出したら面倒だ。
「またそんな……生きているのがバレないようにしてくれ。国際安全保障理事会は、自分たちがあなた達の正義によって作られたことを知らない」
そのくせ彼らを危険視して抹殺を命じるのだから、滑稽なものだ。
「教えたところで、って感じね。
――で、『教えたところで』と言えば、よ」
呆れたようにため息をつき、リリーは楸を指さした。
「こいつ、どうやってアタシにプロポーズしようか困ってるんですって。
それをアタシに相談するところが残念よね〜」
「本人に?」
「アホじゃないのか?」
「さすがにそれは……」
私たちはあきれた。
「勘弁してくれたまえ。こういう方面にはとんと疎くてね。
それに、相手が居ない椿と柊には呆れられる筋合いはないだろう?」
「あ? 喧嘩か? 喧嘩売ってんのか?」
「今なら高価買取中だぞ。よかったな」
居ないけど。
募集中だけど。
居たら、そんなアホな事はしない。
ちょっと分からせてやらないとダメじゃないか、コイツ?
「よそでやりなさいよ。ホコリが立つわ」
「そう言う榎は、どうやってマックスと?」
「アタシ? アタシはルナを捕まえた関係でマックスに気に入られちゃってね。それでアタシは、こう……片方の膝をついたのよ」
「ふんふん」
「で、もう片方の膝もついたの」
「ほうほう」
「そして、言ったわけ。『どうか放っておいて』って」
「エノキ……! お前……!」
「パパはルナを捕まえて、ママに捕まったの?
三角関係だねー」
げしげし蹴るマックスと、笑う榎、無邪気なサニー。
遠慮のない冗談。
まさに明るい家庭ってやつだ。
「なるほど、参考になったよ」
「楸!?」
「参考にしないで!?」
「あんたバカぁ?」
総スカンを食らった楸は、いやいや……と首を振る。
「つまり、そんなに頑張って飾らなくても、俺達は俺達で好きなようにやればいいという事だろう?」
「まあ、そうだけど……」
「はいよ、いつもの」
椿が牛丼を持ってきた。
全員分だ。
注文を取らなかったのに……と思ったが、それは私も同じ。出会わなかっただけで、皆けっこう通ってきているらしい。
「「いただきます」」
とりあえず食べる。
美味しいので、黙々と食べてしまう。
半分くらい食べたところで、楸がポケットから小箱を取り出し、テーブルに置いてリリーのほうへ差し出した。
リリーは小箱を拾って、中身を確かめ、ちょっぴり意外そうに片方の眉を動かしたあと、ひとつ頷いて指輪を取り出し左の薬指にはめた。なんだ、もう用意してあるじゃないの、と言わんばかりだ。
そして確認するように左手を見て、楸へと拳を差し出す。
楸が拳を合わせると、リズムよく上下左右へ何度か打ち合うようにして、最後はがっちり握手――腕相撲でも始めるかのように。
そして何事もなかったかのように、続きを食べていく。
「欧米か!」
「熟年夫婦か!」
「それが悩んだ奴のやり方か!」
あんまりな結末に、私たちは憤慨した。
本当に「教えたところで」だったな。リリーは正しい。




