第11話 後日談2
牛丼屋アドンにて、たまたま顔を合わせることになった私たち。
目の前でさらっと楸がリリーに指輪を渡して、リリーもあっさり受け取るという熟年夫婦の今さら婚を見せられて。
私はなぜか、不意にひとつの疑問が浮かんだ。
「そういえば榎、サニーのペンダントは何だったんた? どうやらあなたが復活するためのキーアイテムのようだったが」
「まさにその通りのものよ。
ゲーム内アイテム『血まみれの聖印』って覚えてる? 条件を満たして使用したとき、死亡しているプレイヤーを種族『天使』に変更して復活させる。
サニーに何かあってアタシが復活するしかない状況になった場合、マックスなら必ず暴れてペンダントに血を浴びせるから、それを引き金にして発動するように仕込んでおいたの」
榎は当たり前のように言う。
マックスは、なんだか満足気にうなずいていた。
しかし私はまだ納得できない。たしかに「血まみれの聖印」というアイテムはあったが――
「血が出るとは限らないんじゃないか?
たとえば窒息とか、血が出ない攻撃に倒れる可能性もあるだろう?」
「窒息? どうやって?」
「どうって……」
普通に呼吸器をふさげば窒息するだろう。
少量の水でも、虫の大群でも、ふさぐ方法はいくらでもある。
「ドラゴンを片手で引きずるほどのパワーよ? 魔法で操れる程度の水や砂では、ワンパンで吹き飛ばされるわ。
アタシと出会った頃は、洞窟の奥とかで崩落して生き埋めになるのを警戒してたけど、今じゃあ土の中を『泳いで』脱出してくるし。窒息させるのは不可能よ」
「そうなのか……。
そうなのか?」
楸に話を振ってみた。
「そうだな……たとえば、こういうのはどうだ?」
楸が何か魔法を使ったようだ。
直後、マックスが楸に殴りかかった。
それをサニーが素早くガード。
マックスは寸止めして、自分の顔をあおぐように手をパタパタ動かした。
「毒ガスの類ね?」
「酸素濃度を下げただけの、普通の空気――痛い! 何をするんだ、リリー」
「『たとえば』で毒ガスを使うな!」
「むう……柊に聞かれたから見せただけなのに」
「口で教えりゃいいでしょ!? なんで『やってみせる』のよ!? しかも『見えない』し! あんたバカぁ?」
楸め。相変わらずエグいほど科学的な攻撃だ。
我々を取り巻く大気、その酸素の比率は21%。この比率を下回るにつれ、身体機能の低下もそれに比例する。頭痛、吐き気、めまい、筋力低下などの諸症状を経て、8%を下回れば失神、昏倒――7~8分で死に至る。
しかし6%――この数値を下回る空気を吸い込んだ場合、たった一呼吸で瞬時に意識を失い、呼吸が停止する。たとえば「窒素100%の空気」でもいいわけだ。窒素なんて空気中に80%近くもあるし、色も匂いもない。
もっとも、魔法で空気の成分を操る以上、その魔力を探知されたら「気づかれずに暗殺」とは行かない。
「まあまあ、リリー。
どうせクリーンヒットしても効果はないわ」
「そうなの?」
「アタシがマックスに贈った指輪は、あらゆる状態異常を無効化するの。
ぶっちゃけマックスは、アタシが贈った指輪をしている限り、飲食も睡眠も呼吸も必要ないわ」
榎の言葉に、マックスは左手の指輪を愛おしそうに撫でた。
「念入りだな。愛しているというより、過保護じゃないか?」
「できるだけの事はしてあげたいのよ。
そして、それでもダメなら、もうアタシが復活するしかないわ」
「だから復活できるようにペンダントを……しかし、サニーにだけ渡しておいたのか? マックスには?」
「マックスがサニーより先に死んだなら、それは親として本望ね。
その後でサニーがアタシたちの助けを必要としたなら、アタシたちは必ずサニーを助けに戻るわよ。死んだ程度で親の愛が途絶えるわけないじゃないの」
榎は優しくサニーを撫でた。
マックスも後に続き、サニーは両親に撫でられて嬉しそうだ。
死んだ程度で――か。
ふと親を思い出した。
もとの肉体がどうなったのか分からない。死んだのか、それとも元通りに生活を続けているのか……? いずれにせよ、なんだか妙に両親が恋しい。
「見せつけやがって、畜生め。
あーあ、俺も彼女ほしーなー……」
椿がぼやく。
私もそれには激しく同意するが……そういう所だ。こいつがモテないのは。
しかし、秘密を共有できるフリーの異性が、こいつしか居ない……。
異性としての理想を求めれば、秘密は墓場まで持っていくしかない。
隠し事なく何でも話せる関係が欲しいなら、この残念な男で我慢しておかなくてはならない。
ああ、クソ……なんて不幸なんだ、私は。




