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第4話 集団の心理

「……倫理を無視しているわけだな。

 なんということだ……どうやら我々は敵対してしまったようだね」


 オリジナルの楸が言う。


「倫理とは何だろうね?」


 複製体のヒサギが投げかけた。


「道徳と倫理は、似て非なるものだ。

 道徳は『個人』で持つべき善悪の判断基準であり、倫理は『集団』の善悪を決める判断基準だよ。

 では、その『基準』をきちんと理解しているかね?

 たとえば刑法に『殺人罪』の規定があっても、その条文に『人を殺してはならない』とは書いてない。世界中どの国の法典を見てもね」


「そんなバカな」


 椿が言った。

 私もそう思う。

 だがオリジナルの楸は、静かに頷いた。


「確かにね。

 刑法の条文というのは『これこれの行為をした者は以下の刑罰に処する』と書いてあるだけだ。どこにも『やったらダメ』とは書いてない。

 つまり、処罰を受ける前提であれば、人殺しも『ダメとは言われてない』という理屈だね。そして『倫理』が『ある集団の規範』に過ぎない以上、その規範に『ダメ』と定められていない以上、『倫理に反する』とは言えないわけだ」


「その通り。

 倫理と法律はまた違うものだが、『なぜ人を殺してはいけないのか』の答えは『法律や倫理や道徳に反するから』ではない。

 別に『殺しても構わない』というのが本質で、しかし全員が自由に他人を殺して何の処罰も受けないのでは戦場のような有り様になってしまって『安心して暮らせないから』『平穏に生きていくために』集団の構成員が各自の利益を最大化する目的で『囚人のジレンマ』の最適解へ到達した結果にすぎない」


 囚人のジレンマ。

 2人とも黙秘すれば、それぞれ懲役1年。

 2人とも自白すれば、懲役5年。

 1人が自白、もう1人が黙秘した場合は、自白した方は釈放、黙秘した方は懲役10年。

 ……たしか、そんなルールだったはずだ。

 自分さえ良ければいいという考えで自白に走ると、それを知った共犯者も自分の利益を最大化するために自白するから、結局2人とも損をする。最適解は、協力して黙秘すること。ゆえに相手に自白させないように、裏切りを監視するようになる。

 ――みんな平等に得をするように。

 根底にある考え方は、なるほど社会規範そのものだ。


「だからこそ、だよ。

 死んでも復活できるゲームになったとたん、プレイヤーは『倫理』のくびきから解放される。PCかNPCかを問わず、殺害を楽しむようになる。

 いや、現実はもっと極端だ。

 殺されるのは死刑囚だけだというルールのもとでは、処刑が見世物として楽しまれていた時代さえ存在する」


「「…………」」


 カードゲームや、もっと単純な「じゃんけん」でさえ。

 負けたら終わり、ゲームから退場――それは「擬似的な死」で。

 負けたら悔しいとは思うが、勝って楽しいとも思う。

 あるいは勝ち負けを競うこと自体が楽しい。結果に関わらず。


「倫理とは何だろうね?」


 複製体のヒサギが投げかけた。

 今度は誰も「そんなバカな」とは言えなかった。


「なるほどね」


「確かにな」


 オリジナルの楸と、椿が、納得の声を漏らす。

 それでも彼らは、敵対の意思を挫かれてはいなかった。

 もちろん私もだ。


「要するに、お前はプレイヤーではなく観客になったということだな。

 そのくせ茶々を入れて『人類の生存ゲーム』に混乱をもたらすわけだ」


 なんという迷惑な観客だろう。

 サッカーの試合に、観客席から乱入するような話だ。


「ねー、サニー難しい話わかんない」


「あのお馬鹿なおじちゃんは、人間をやめて魔物になったんだ」


「あの……その……要するに敵なので、倒せばいいです」


 サニーの疑問にマックスとルナが答えた。

 雑! 今北産業か!

 でも、その通りだ。


「あー……待ちたまえ。

 あれは俺が生み出してしまったもの、その成れの果てだ。

 後始末の責任は、俺にある」


 楸が申し訳なさそうに言う。

 その肩へ、ポンと椿が手を置いた。


「……なんだね? この手は。

 まさか『あんたじゃ無理だ。俺が代わろう』なんて言うんじゃないだろうね?」


「あんたじゃ無理だ。俺が代わろう」


「この――」


 不快そうに眉を歪める楸の、その肩へさらに別の手がポンと置かれた。


「あんたじゃ無理だ。私が代わろう」


「マックス、君まで――」


 ポン。

 今度は腰に手が置かれた。


「ひとりじゃ無理だよ。サニーが代わるね」


 遠慮がちに、巨大な爪がひとつ差し込まれる。


「あの……その……微力ながら」


 私は鼻で笑った。


「ふっ……たった5人で、何人いるかも分からない複製体をすべて倒そうと?

 君たちでは無理だ。私が代わろう」


 パンパン!


 手を打って、楸が注目を集める。

 その時すでに、私の魔王軍団は、各種の強化魔法を受け取っていた。

 この一瞬で、この数を……? 味方になると心強いな。

 しかしヒサギも同格か、それ以上のはず。気を引き締めてかからねば。


「わかった、わかった……それじゃあ始めよう」


 私たちはヒサギを振り向いた。

 集団戦は、指揮よりも士気のほうが重要になる。

 今、私たちの士気は高い。


「相談は終わったかね?」


 ヒサギは悠然と待っていた。

 だがその余裕たっぷりな態度は今、ひどく孤独に感じられる。

 彼には士気を高め合う仲間がいない。

 独りぼっちだ。

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