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地下街ヒーモギに幽閉されてから、10日余りの月日が流れた。
地上とは隔絶されたこの深淵の底では、昼も夜も、その表情をほとんど変えることがない。天井の岩盤から絶えず降り注ぐ光の粒子が、街全体を青白い燐光で満たし、人々の顔から血の気と時間の感覚を等しく奪い去っていく。ここは、法と秩序の光が届かぬ代わりに、停滞と腐敗の空気が淀む、巨大な奈落の底だった。
ザイオーロからあてがわれた部屋は、この地下都市の最下層に位置していた。古代遺跡の、おそらくは墓所か何かであっただろうその空間は、息が詰まるほどに静かで、そして冷たい。一行は、この石の棺の中で、焦燥感を募らせながらも、それぞれの役割を黙々とこなし続けていた。
「――それで、奴らの素性は割れたか」
硬質な石のテーブルを挟み、セダスタが低い声で問う。彼の視線の先では、メゼキラカフが、どこで手に入れたのか、古びた紙の地図を広げていた。その顔には、老練な宰相だけが持つ、冷徹な光が宿っている。
「『カオッカアンフ』は、単なる愚連隊ではありませぬな。このヒーモギの、事実上の支配者と見て間違いない。食料の配給から、武器の密売、果ては下水道の利権に至るまで、この街のあらゆる富と暴力が、ザイオーロという男の手に集中しております」
リャチが、壁に寄りかかったまま、静かに報告を続けた。
「連中の結束は固い。特に、ザイオーロへの忠誠心は、ほとんど信仰に近いものがあります。ブクエツのような古参幹部はもちろん、末端のチンピラに至るまで、誰もが彼のためなら命を投げ出すことを厭わないでしょう」
「……厄介なことになったな」
セダスタは、忌々しげに舌打ちをした。ザイオーロは、単なるテロリストのリーダーではなかった。彼は、この隔絶された地下世界で、ひとつの王国を築き上げた、正真正銘の「王」だったのだ。
「奴が我らを裏切る可能性は?」
「今のところ、その兆候はありませぬ。が――」
メゼキラカフは、地図上の1点を、皺の刻まれた指でなぞった。
「奴が地上と繋がる唯一のパイプである、ドニショという議員。この男が曲者です。元々は、暗殺されたオグダリエ総督と同じく、この地下の出身。しかし、今や地上の権力と富にどっぷりと浸かっている。恩義のあるザイオーロを裏切る可能性は、決してゼロではありますまい」
その時、ダヒシールが、部屋の入り口で見張りの任につきながら、低い声で言った。
「……ザイオーロとブクエツが、こちらへ向かってきます」
セダスタは、仲間たちと無言で視線を交わした。そして、何事もなかったかのように、テーブルに置かれた安物の酒を、ゆっくりと口に運ぶ。
やがて、部屋の扉が乱暴に開け放たれ、ザイオーロが、その巨躯に似合わぬ軽やかな足取りで入ってきた。彼の後ろからは、それを上回る体格のブクエツが、面倒くさそうに頭を掻きながらついてくる。
「よう、客人たち。息苦しい地下の暮らしには、もう慣れたか?」
ザイオーロは、人を食ったような笑みを浮かべると、セダスタの向かいの椅子にどかりと腰を下ろした。その動きには、一切の遠慮も、警戒心もない。まるで、自分の家でくつろぐかのように、彼は足をテーブルの上に放り出す。
セダスタは、そんな彼の無遠慮な態度を、ただ静かに観察していた。この10日間、彼はザイオーロと幾度となく言葉を交わし、その人柄を探ってきた。ザイオーロは、粗野で、暴力的で、そして狡猾だ。だが、その一方で、奇妙なほどに裏表がなく、仲間に対しては、驚くほどの情の厚さを見せる。彼は、人を惹きつける、天性のカリスマを持っていた。
(……この男、敵に回せば最も厄介だが、味方にすれば、これほど頼もしい存在もいない)
それは、ブクエツにも同じことが言えた。彼は、ザイオーロのひと回り大きい影のように常に付き従い、その無茶な命令にも、文句を言いながら、しかし忠実に従う。その姿は、単なる部下というよりも、共に死線を越えてきた、唯一無二の相棒のようだった。
ある日のことだ。セダスタは、ヒーモギの酒場で、偶然にもザイオーロとブクエツが、他の幹部たちと酒を酌み交わしている場面に遭遇した。ザイオーロは、いつものように悪態をつきながらも、部下たちの肩を叩き、その労をねぎらっていた。ブクエツは、そんな彼の横で、黙って酒を呷りながら、時折、ザイオーロの軽口に、楽しそうに相槌を打つ。その光景は、まるで、血の繋がった兄弟のようにも見えた。
(……少なくとも、彼らが仲間を売るような真似はしない。だが、俺たちは、まだ『仲間』じゃない)
セダスタは、ザイオーロの挑戦的な視線を受け止めながら、静かに切り出した。
「……ドニショ議員からの連絡は、まだないのか」
「ああ。地上はまだ、総督暗殺の余波で大騒ぎだからな。下手に動けば、こっちの首が飛ぶ。もうしばらくは、おとなしく待つしかねえさ」
ザイオーロは肩をすくめてみせた。その言葉に嘘はないだろう。だが、セダスタたちには、無為に時間を浪費している余裕はなかった。




