31
ホリハック政府が用意した迎賓館は、その一室だけでも、地下の住人たちが束になっても手にできぬほどの贅沢を極めてい
た。磨き上げられた大理石の床は鏡のように人の姿を映し、天井からは星屑を溶かし込んだかのようなシャンデリアが、金
の彫刻が施された壁をきらびやかに照らし出している。
だが、その豪奢な空間の主であるドゥアピーズの高官、カドローの内心は、部屋の壮麗さとはおよそかけ離れた、どす黒
い怒りと焦燥に満ちていた。彼は、手つかずの高級な食事を脇に押しやると、苛立たしげに指でテーブルを叩いている。
「……それで、まだ見つからんのか。あの『人形』は」
カドローの不機嫌な問いに、直立不動で報告を続ける側近の顔が、恐怖に引きつった。彼は、雛壇でセダスタたちと刃を
交えた、黒鉄の騎士団の指揮官である。
「はっ……。申し訳ありません。パレードの混乱に乗じて、完全に姿をくらました模様です。ホリハックの警備隊も動員し
ておりますが、彼らはまるで当てになりません」
「使えん奴らだ」
カドローは、吐き捨てるように言った。
「この星の連中など、どうせ最初から期待しておらん。お前たちの部隊で、市街をくまなく探せ。できればバックアップチームが来る前にな。下水道の1匹1匹に至るまで、全てのネズミを炙り出すのだ。それでも見つからん場合は……」
カドローはゆっくりと立ち上がると、側近の肩を、まるで親しげに、しかし指が食い込むほど強く掴んだ。その声は、怒
声よりもなお冷たい、絶対零度の脅迫だった。
「……いいか、あの『人形』がどれほど重要か、貴様も分かっているな。もし、あれが他の誰かの手に渡ってみろ……。貴様
も、貴様の家族も、どうなるか分からんぞ」
「は、はい……!必ずや!」
「下がれ。そして、何としても見つけ出せ」
側近が転がるように退出すると、部屋には再び、カドロー1人が残された。彼は、忌々しげに舌打ちをすると、窓の外に広
がるケドヤーヘンの壮麗な夜景を、まるで汚物でも見るかのように、憎しみを込めて睨みつけた。
ほどなくして――卓上の通信端末が、暗号化された最高位の通信を示す、硬質な着信音を奏
でたのだ。カドローは一瞬、誰からの通信かといぶかしんだが、その紋章を見て、顔から血の気が引いた。震える指で応答
すると、彼の眼前に、一体のホログラムが立ち上がる。
それは、奢侈で肩幅の広い、刺々しい全身甲冑に身を包んだ騎士の姿だった。兜のスリットの奥には、
感情をうかがい知ることのできない、冷たい闇が広がっている。ドゥアピーズ皇室直下の特務組織『キツォン』。その存
在は、帝国内でもごく一部の者しか知らない、帝国の暗部そのものだった。
『――カドロー卿』
兜に内蔵された音声フィルターを通した声は、完全に無機質で、感情の起伏を一切感じさせない。それは、敬意を払うべ
き相手への呼びかけでありながら、聞く者に絶対的な威圧感と、逆らうことの許されない立場の差を明白に感じさせた。
『例の『人形』の件、我々の耳にも届いた。卿の失態により、事態は新たな局面を迎えたと判断する』
「きょ、恐縮です!し、しかし、これは私の手で必ずや……!」
しかし彼は機械的にこう続ける。
『此度の決定を通達する。通常支援部隊の投入要請は却下、代わって、我々キツォンが、直にそちらへ赴く』
その、決定事項を淡々と告げるだけの言葉に、カドローは完全に恐慌をきたした。彼の額から、脂汗が滝のように流れ落
ちる。
「お、お待ちください!そ、それには及びません!私が!我が『サイロンビサ機関』が全責任をもって、必ずや事態を収拾させてみせますゆえ! 」
『決定は覆らない。私を含む先遣隊が、これより10日内にホリハックに到着する予定だ』
「なっ……!?」
それは、実のところ最後通牒だった。キツォンが直々に動くということは、この件の全権が、カドローの手から完全に奪われ
ることを意味する。そしてそれは同時に、彼の「失態」そのものが、皇室の裁きの対象となることも示唆していた。
『では、よしなに。カドロー卿』
一方的に通信が切断され、甲冑の騎士の姿が掻き消えると、カドローは、まるで全身の骨を抜かれたかのように、その場
にへたり込んだ。もはや彼の顔に、先ほどまでの尊大な高官の面影はどこにもない。ただ、自らの破滅を悟った、哀れな
男の絶望だけが、その表情に深く刻まれていた。
世界観の細部について、「ここをもっと詳しく」「あれはどうなってるの?」というリクエストがあれば、いつでも気兼ねなくコメント欄へどうぞ。
皆様の疑問が、この宇宙を広げる燃料になります。
ご要望があれば、すぐさま設定をでっちあ……ああ失礼、脳内アーカイブの奥底から該当データを引っ張り出し、優先的に解説を行います。




