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moment  作者: しん
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第三十一幕

小五郎―side


「朝稽古はここまでぇ~!」


「ふう」

「稽古は大変かい?」

一座の座長、遊斉に声を掛けられる。

「まあ、なかなかきついですね」

「ははは、でもあんたいい筋してるよぉ!このままうちに来ないかい?」

「ありがたいけど遠慮しておくよ。大事な人が待っているのでね」

「ほぉ~。何だい、コレかい?」

遊斉は右手の小指を立てて、ニヤリとする。

「桂さ~ん!」

「お!虎ちゃんだ!」

そう言って、そのまま虎吉の声のする方へ行ってしまった。

男色の噂は本当だったようだ。

「あ、遊斉さん!こんにちは」

「虎ちゃん、俺に会いに来てくれたの~?」

「いえ、桂さんに会いに来ました」

「う!ひどいなぁ、今のグサッときたーー!!」

「あはははは」

賑やかな声のする方へと向かう。

「あ、桂さん!お稽古お疲れさまです。これ、ナナさんからの差し入れです」

そう言って、風呂敷に包まれた弁当を渡される。

「ありがとう、みんなは変わりないかい?」

「はい、みんな桂さんの帰りを待ってますよ」

「そうか、よかったら一緒にお昼にしないかい」

「はい。喜んで」

「虎ちゃん、俺は?」

「知りませんよ~」

「ひどーい」


一座から少し離れたところにある丘に二人で腰掛ける。

「お稽古はいかがですか」

「うん、順調だよ」

「顔色が悪いですよ?よかったら少し横になってください」

「え?それはどうかな」

「あ、そ、そうですよね!男の膝枕なんて嫌ですよね!すみま、わっ!」

そう言って勢いよく立ち上がったはずみで体制を崩して倒れる。

「危ない!」

後ろから、抱きかかえる形で支える。

「大丈夫かい?」

体制を整えようと手に力を入れる。

むにっ。

「きゃ!」

「え、?」

「......」

「......」

「...ナナさん?」

「ご、ごめんなさい!」

「これはどういう」

置かれている状況が理解できなくて呆然としていると

「騙すつもりはなかったんです!ただ、小五郎さんが無理してないか心配で、だからその」

まだ話の途中だったが、気がついたら彼女を抱きしめていた。

「小五郎さん?」

「ありがとう」

「…はい」


遊斉―side


虎ちゃんとお昼を食べようと近くを探していると

「あ、いた。とらちゃ...」

呼びかけようとしたとき、桂くんが虎ちゃんを抱きしめているのが目に飛び込んできた。

「まさかあの二人、デキてる?」

お昼が終わって帰ろうとする虎ちゃんを引き留める。

「ねぇ、虎ちゃん。稽古見学してく?」

「え!いいんですか?」

キラキラと少年のような瞳を輝かせてこちらを見上げる。

か、かわいい~食べちゃいたい。

「いいよー。こっちにおいで」

手を掴んで舞台の袖に連れていく。ここからは、役者の表情が良く見える。

「桂くん、がんばってるでしょ」

「はい、とてもカッコいいです!」

「この次は俺の出番だから、ちゃあんと見ててね!」

「はいっ」

そう言って、袖から舞台に駆け出し、剣を構えて激しい殺陣を繰り広げる。

カキン、カキン!!

耳に刺さる金属音がする。

台本では、桂くんの演じる佐助が降参して逃げていくのだが

「桂くん、賭けをしよう」

「賭け?」

「そう、この勝負の勝者が虎ちゃんを手に入れる」

「なっ!」

カキンッ!

「乗らなくてもいいけど、そのときは、攫っちゃうよ?」

ガキン!

「わたしが勝ったら、手を出すな」

「ひゅう〜。そうこなくっちゃ!」

カキン、カキン!!

さすが長州の頭だけあるなぁ。気を抜いたら殺られそうだ。

「くっ!でぇやぁあ!」

渾身の力を刀に乗せて、一気に振り下ろす。

カキンッッ!!

「はぁ、はあ」

「しぶといねぇ〜、そんなに大事かい?」

ガッ!

「ああ、この命よりも」

「!?」

カンッ!!!

気づいたら俺の持っている刀の切先が折れて、地面に突き刺さっていた。

「勝負アリだな」

そう言って桂くんが鞘に刀を収める。

「座長が負けたぞ!こんなの初めてだっ!」

「あいつ、すげぇな!」


「っつ、痛てて」

先ほどの勝負で手の豆を潰しちまったらしい。

こりゃあ、当分は痛むな。

「大丈夫ですか?」

虎ちゃんが心配そうに声を掛けてきた。

「虎ちゃんが舐めてくれたら直ぐに治るんだけどなぁ」

「冗談言ってないで、まず手を洗わないと」

そう言って桶に入った水で丁寧に手を洗ってくれる。

「っつう〜。もっと優しくしてよ」

「優しくしてるでしょ。ほら、手を広げてください」

塗り薬を塗った後に、器用にクルクルと包帯を手に巻きつけていく。

「手慣れてるね」

「周りにケガする人が多いので、自然と身につきました」

「よし、これでいいですよ。動かせますか?」

確かめるように手を閉じてゆっくりと開く。

「すごい。全然痛くないよ!」

「念のため、鎮痛剤入りの薬を塗りましたが、無理はダメですよ?」

「わかったよ。ありがとう」

「どういたしまして」

首を少し傾げてニコッと微笑む。


「ねぇ、虎ちゃん」

「何ですか?」

「俺のこと気持ち悪くないの?」

「へ?気持ち悪い?」

「だって、俺、男好きだしさ」

「はは、そんなの関係ないですよ」

「男が好きだろうが、女が好きだろうが、その人の自由です」

「それに、誰かを大切に思える人は素敵だと思います」

「虎ちゃん…」

「あ、僕そろそろ戻らないと!今日はありがとうございました!また遊びにきますね!」

「う、うん!待ってるよっ」

虎ちゃんの後ろ姿が見えなくなるまで見送る。


「これは、本気の本気で惚れたかも…」


翌日ーーー


「こんにちはー」

入り口から虎ちゃんの声がする。

声のする方へ急いで行く。

「いらっしゃい!虎ちゃん!」

「こんにちは、遊斉さん!手のお加減はいかがですか?」

「おかげで、だいぶ良くなったよ」

「そうですか。それはよかったです!」

ホッとして嬉しそうに微笑んでいる。

「今度、何かお礼させてよ」

「え!いいですよ、そんなお礼なんて」

「俺は借りは返す主義なの!甘いものは好き?」

「大好きですっ!!」

そう言って、両手を胸の前で握り合わせる虎ちゃん。

何だ、この可愛い生き物は…!


「じゃあ、昼稽古の後に行こっか」

「はい!」


昼稽古が終わり、虎ちゃんと待ち合わせしている場所に向かう。

「虎ちゃん!」

「遊斉さん、稽古おつかれさまでした!」

「さっそく行こうか」

お目当ての甘味屋に着く。

「へぇ〜。二階建てなんですね!珍しい〜」

「そう、二階は景色も良いのさ」

手を引いて店の中へと入る。

「いらっしゃいませ〜」

「二階の角部屋空いてる?」

「へい、ご案内します」


案内された部屋に入る。

「さあ、好きなものを注文していいよ」

「やったあ!じゃあ、お団子と餡蜜、あとお饅頭もください!」

少しすると注文した甘味が運ばれてくる。

「おいひぃ〜」

「ふふっ。足りなかったら追加していいからね」


「ぷはぁ。ごちそうさまでした〜」

「ご満足いただけたかな?」

「大満足ですっ!」

「それはよかった。そろそろ戻ろうか」

「はい」


ナナーside


はぁ〜。美味しすぎてつい食べ過ぎちゃったなあ。

立ち上がって部屋の扉に手を掛けたとき

ドサッ。

急に、肩に何かがのし掛かる。

「え?遊斉さん!?大丈夫ですか?」

遊斉さんが苦しそうに凭れかかっていた。

「ちょっと目眩が…」

「少し、休んでから戻りましょう」

「隣の部屋に寝かせてもらえるかな」

「わかりました」

隣の襖を開けると、布団が敷かれていた。

そのまま遊斉さんを上に寝かせる。

「お水もらってきます」

立ち上がろとすると、腕を引かれてそのまま布団の上に組み敷かれる。

「え、?」

「虎ちゃんが口吸いしてくれたら治るよ」

「何、冗談言って…」

「冗談じゃないよ。俺、本気だから」

「やっ!」


小五郎ーside


あれ?ナナさんはもう帰ったのだろうか。

そういえば、先ほどから座長の姿も見当たらない…

「すみません、座長はどこにいますか?」

「ん?座長なら虎ちゃんと出掛けるってんで、だいぶ前に出ましたよ」

「…!?」

「行先は言ってましたか?!」

「たぶん、いつものとこだと思いやすが…」

座長がいつも行く店へと急いで向かう。

アイツ…!ナナさんには手を出すなと!


「邪魔する!」

店内に入り、ここの主人らしき人に事情を説明し部屋を聞き出す。

「ナナさん!」


遊斉ーside


「やめてくださいっ!」

「桂くんには内緒にしておくから心配ないよ」

「やだっ、やだ!」

必死に抵抗しているが、女子のように力が弱い。

片手で両手を掴んで頭の上で固定する。

もう片方の手で顎を掴みこちらを向かせる。

ギロリと俺を睨みつけてくる。

ゾクっ。

「その目、たまらないねぇ」

「…!?んっ、んんっ!」

「やめ、て、んっ」

「んぅう!はぁっ。はぁ、はぁ」

何だこれ、口吸いだけで果てちまいそうだ。

着物の裾に手を伸ばしたとき…


バタンッ!

襖が開いたと思った瞬間、目の前に鋭い刀の先が向けられていた。

「その手を離せ」

言われた通り、掴んでいた手を離す。

「ナナさん、こっちに」

ナナ?誰のことだ?

そう呼ばれた虎ちゃんが桂くんのところへ行く。

「あんたをこの場で串刺しにしてやる」

チャキン。

「小五郎さん!ダメですっ」

何故か俺の目の前に、庇うようにして虎ちゃんが両手を広げて立っていた。

「退きなさい」

「嫌です!刀を収めてください」

「くっ」

カチャン。

「全く、自分に乱暴した人間を庇うなんて君くらいだよ」

「ごめんなさい」

「さあ、帰ろう」

「あんたはちゃんと頭冷やして戻って来い」

二人が部屋から出ていくのを呆然と見つめていた。


どういうことだ?

ナナってのは、長州藩邸で世話してる娘だって言ってたはずだ…

「!?」

「虎ちゃんが、ナナ…?」

ってことは、俺は女に惚れちまったのか?

「はは、はははっ!傑作だなこりゃあ」


小五郎ーside


「本当に、君はわたしの寿命を何年縮ませたら気が済むんだい?」

「ご、ごめんなさい!」

申し訳なさそうに俯いている。

「でも、今夜添い寝してくれたら許してあげるよ」

少しからかってみる。

「添い寝でいいんですか?」

「え?」

「一緒に眠るだけですよね?」

「はぁ」

ここまで来ると、本当に男女のことを知らないのだろうか。

一座の泊まっている宿に着く。

念のため、ナナさんが風呂に入っている間は誰も来ないよう扉の前で見張る。

「ありがとうございます」

「構わないよ、先に部屋に行ってて」


風呂から上がり、部屋に入ると

ナナさんが両手を合わせてお祈りをしていた。

「何を祈っていたんだい?」

「あ、小五郎さん」

「すみません、毎日の日課なんです。皆さんが明日も何事もなく無事に過ごせますようにって」

「こんな時代ですから、祈らずにはいられなくて」

照れ臭そうに微笑んでいる。

「ほんとうに君は、」

「はい?」

しまった。声に出ていた。

「さあ、もう遅いから休もう」

「はい」

「おやすみなさい」

「おやすみ」


翌朝ーー


「おはよう」

「おはようございます」

起きて愛しい人が目の前にいるというのは、こんなにも幸せなのか。

「小五郎さん、そろそろ起きないと」

「うん、あと少しだけ」

もう少しこのまま…


ガラガラ!

「おはようさん、寝坊助さんたち!」

「お、おはようございます。遊斉さん」

「ホントだ、よく見たら女子だねぇ!」

「あの、」

「昨夜はすまなかった」

廊下に座り、バサっと長い髪を床につけて謝罪する。

「どうにも気持ちが抑えきれなくなっちまって」

「乱暴して悪かった」

「はい、謝罪を受け入れます」

「本当か!?」

「わたしも男装のこと黙ってましたし」

「ああ!可愛い男装だったぜぇ」

「朝餉の準備が出来てるからはやく降りてきな」

そう言って下に降りて行く。


「小五郎さん、起きましょうか」

「いよいよ、今日は本番当日ですね!」

「ああ、そうだね」

「緊張してますか?」

「どうだろう、楽しみのほうが大きいかな」

「それはよかったです!頑張ってくださいね」

「うん、ありがとう」


ナナ―side


下に降りると、他の役者たちは先に朝餉を済ませて、本番の準備に取り掛かっていた。

「あ、きたきた!二人ともこっちにおいで」

遊斉さんが呼んでいる方へ行くと、二人分の朝餉が用意されていた。

「わあ、美味しそう」

「虎ちゃんのために腕によりをかけたからね」

「え!これ遊斉さんが作られたんですか?」

「そうだよ、俺の愛情がたっぷり入ってるから美味しいよ」

「いただきまーす」

ぱくっと焼き魚を一口いただく。

「...!!」

「どう?」

「もの凄く美味しいですっ!!ね、小五郎さん」

「うん、確かに」

小五郎さんも美味しそうに箸をすすめている。

「どんな味付けをされているんですか?」

「ん~それは企業秘密だよ」

「そうですかぁ」

晋作さんが好きそうな味付けだから、作ってあげたかったな。としょんぼりしていると

「でも、虎ちゃんになら特別に教えてあげる」

「ほんとですか?!約束ですよ!」

と言って左手の小指を差し出す。そこに遊斉さんが小指を絡めて

「約束」


遊斉―side


朝餉を食べ終えた虎ちゃんが食器を片づけに台所へ行く。


「約束..か」

左手の小指をじっと見つめていると

「わたしは許していないからな」

先ほどとは打って変わって、桂くんが低い声で言う。

「怖いな~。もう悪いことはしないって」

「幸せな二人の邪魔はしないよ」

「...幸せなのは、わたし一人なんだが」

桂くんはそう言って、台所にいる虎ちゃんを愛おしそうに見る。

「どういうことさ?二人は良い仲なんだろう?」

「彼女には思い人がいるんだ」

「それなら、そいつよりももっと自分に惚れさせればいいじゃねぇか」

「...そうかもな」

「まあ、俺も虎ちゃんのこと気に入ってるし、桂くんが動かないなら」

「串刺しにされたいのか?」

「冗談だって!」


虎ちゃんが帰って、本番に向けて最終稽古に入る。



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