第三十幕
有朋ーside
不思議な女子だ。
彼女がここに来るようになってから、高杉さんも桂さんも変わった気がする。
高杉さんは相変わらず破天荒だが、前ほど無鉄砲では無くなった。
桂さんは隊士たちと積極的に関わるようになり、雰囲気も前より柔らかくなった。
彼女には人を穏やかにさせる何かがあるようだ。
かく言うわたしも彼女と話していると気分が落ち着く。
「有朋さん、どうぞ」
「ありがとうございます」
ゴク、ゴクッ。
彼女が注いでくれた酒を一気に飲み干す。
「ぷはぁ〜!うまいっ!」
「ゆっくり飲まないと急性アルコール中毒になっちゃいますよ?」
「急性あるこーる中毒ですか?」
「はい、お酒を分解する臓器の処理が間に合わなくて動悸や眩暈などを起こしてしまうんです」
「ほぉ〜。ナナさんは物知りですな!」
「ふふっ、褒めても何も出ませんよ」
「さあ、お水も飲んでくださいね」
「かたじけない」
ナナさんと楽しく会話をしていると、向こう側から殺気にも近い視線をヒシヒシと感じる。
「ナナさん、桂さんにもお酒を注いでもらえますか?」
「はい、わかりました。また後でお話しましょうね」
そう言って桂さんのところへお酒を注ぎに行った。
桂さんはさっきまでの殺気が嘘のように消えてニコニコと笑っている。元々、愛想は良いが彼女といるときは心から笑っているのがわかる。きっと、桂さんは彼女を好いているのだろう。
まあ、高杉さんは言わずもがなだ。
わたしとしてはどちらかと一緒になってほしいのだが、風の噂ではナナさんには他に意中の人がいるとかいないとか…
「ナナー!俺様にも注いでくれー!」
「晋作さん、飲み過ぎですっ。これで最後ですからね!」
「堅いこと言うな!夜はこれからだっ」
「言うこと聞かない人には注いであげません」
「なっ!それは卑怯だぞ、ナナ」
「わはははっ!ナナさんの前じゃあ総督もかたなしだなぁ!」
「負けなしの総督はどこ行ったんだー?」
「うるせぇぞお前ぇら!これは愛のムチだ!」
「ガハハハッ!!」
「こりゃ羨ましいですなぁ!」
楽しい笑い声が藩邸中に響き渡り、慰労会は朝方まで続いた…。
ナナーside
「ふぁ〜眠たいなぁ」
欠伸をしながら朝餉の買い出しに市場は向かっていると知らないお婆さんに呼び止められる。
「そこのお嬢さんや」
「?わたしのことですか?」
「ああ」
「あんた…ここの人じゃないね」
「あ、はい。少し遠いところから出てきました」
「そうかい、未来は今よりマシになっているかい?」
…!!
「ど、どうしてそれを…!」
「あんた、大分無茶したねぇ」
「あんまり手を出すと跳ねっ返りも大きくなる」
「え、?」
「代償さ」
「代償?」
「そう、命には命で代償を支払わねばならない」
「…!!」
「よく考えるんだよ」
そう言ってお婆さんは通りの向こうへ行ってしまった。
「歴史を変えた代償ってこと…?」
有朋ーside
「ーーー、ーー!」
「ーーー」
誰かの話し声が聞こえる。
まだ寝起きでぼーっとしながら話し声の聞こえる方へ行ってみる。
玄関先に客が来ているようで、ナナさんが応対していた。
「それじゃあ五日後に迎えに来るぜよ」
「はい、ありがとうございます。
お仕事がんばってくださいね!」
「おう。行ってくるぜよ」
カラカラカラ。
「あ、有朋さん!おはようございます」
「二日酔いは大丈夫ですか?」
「おはようナナさん、まだ少し酒が残ってる気がしますな〜」
「では、二日酔いに効く汁物を作りますね」
「かたじけない」
「お待たせしました」
お盆に汁物と漬け物の付け合わせを乗せてそばに腰を下ろした。
「ありがとう」
「そういえば、先ほどの客人は坂本さんですか?」
「…」
「ナナさん?」
「へ?あっ、何でしょう?」
「いえ、何か悩み事でもあるんですか?」
「…悩みというか気になることがあって」
「もし、自分の命と引き換えに誰かを助けられるとしたら…有朋さんはその誰かを助けますか?」
「そうですなぁ。きっと、そういうときは考える猶予もないでしょうから、体が勝手に動くんじゃないでしょうか」
わたしがそう答えると、
「はい、わたしもそう思います」
そう言ってナナさんは笑った。
どうしてそんなことを聞くのだろうか。
「あの、つかぬことをお聞きしますが…
ナナさんには、心に決めた人がおありですか?」
「へっ?!ど、どうして急にそんなこと…」
「いやぁ〜。恥ずかしながら、恋というものをしたことが無いのです。ぜひ、教えてもらえると嬉しいのですが…」
「え、そんな!わたしなんて、教えるほどの経験無いですよー!」
「それに...つい先日、振られてしまって」
「え!そうでしたか...。それは失礼いたしました」
「いえ、お気になさらないでください。」
寂しそうな顔でナナさんがほほ笑む。
「しかし、ナナさんを袖にするなんて、坂本さんは何を考えているのだか」
「仕方ありません。龍馬さんはお忙しい人ですし、、って」
「どうして龍馬さんだってわかったんですか!?わたし一言も」
「先ほど、坂本さんがいらしていたでしょう?声だけしか聞こえませんでしたが、ナナさんの声がとても嬉しそうな声をされていましたので、そうじゃないかと思ったのです」
「うぅ..。よっぽど、有朋さんの方が恋愛達者じゃないですか~」
顔を真っ赤にして、わたしの肩を小さく握られた拳で叩きながら、抗議をしてくる。
「はははっ。ナナさんが分かりやすいんですよ。それに、恋をしたことがないのは本当なんです」
「恋がどういうものなのか。どんな気持ちになるのか知りたいのです」
抗議の手を止めて、目を瞑りながら
「そういう時は、ここが勝手に動くんですよ」
そう言ってわたしの手を取り、自分の左胸に押し当てる。
「!?ナナさん、な、何して!??」
驚いているわたしに構わずナナさんは続ける。
「とくん、とくんとくん」
「感じますか?」
「...はい」
「その人のことを考えると、この鼓動がとくとくとく、と早くなります」
「とく、とくとく、とくとく」
「きっと、頭でも心でもなくて、体が、魂が教えてくれます。この人が大切なんだって」
「魂...」
ガラガラ。
「ナナさん、少しお願いしたいことが...」
最悪のときに桂さんが広間に入ってきた。わたしとナナさんと、わたしの手の置かれた先を見て
「有朋?」
「こ、ここここれは違うんです!!!!」
「蔵の掃除を頼んだはずだが?」
「い、いい今から行って参りますっ!!」
後で、確実に殺られるな。しかし、
「柔らかかったな」
小五郎―side
「小五郎さん、おはようございます。頼みたいことって何ですか?」
何事も無かったかのようにナナさんが聞いてくる。
「そんなことより、有朋と何をしていたんだい?」
「え?何をというわけじゃないですけど、強いて言えば恋バナ?」
「恋バナ?」
「はい、恋のお話です」
「それで、どうしたら、恋の話が君の胸に有朋の手が置かれていた理由になるのかな」
「あ、それは」
そう言って、わたしの手を自分の胸に当てる。
「何を...!」
「鼓動です」
「とくん、とくんとくん」
「恋をすると、とくとくと鼓動が早くなって、魂で感じるものだと話していたんです」
ナナさんの耳が自分の胸に当たるように、彼女の頭を寄せる。
「では、これはその恋というものかい?」
「とく、とくとく、とくとくとく」
「ずいぶん前からわたしの魂は君に恋をしているよ」
ナナ―side
「どうしたらいいかな」
少し泣きそうな子供のような表情でわたしを見下ろしている小五郎さん。
どう返事をすればいいのか困っていると
「とにかく、君は無防備過ぎる」
ピシャリと雷が落ちてきた。
「いいかい?男と言うものは、身勝手な生き物なんだ」
「相手の気持ちも考えずに自分の欲望を満たそうとする輩だって大勢いる」
「痛い目に遭いたくなかったら、もっと気をつけるように」
「は、はい!」
怒られてしまった...。
おずおずと小五郎さんを見上げる。
「反省したかい?」
コク、コクと頷く。
「いい子だね」
と言って頭を優しくなでてくれる。
小五郎―side
全くこの子は、ちゃんと分かっているのかどうか。
「あの、」
「何だい?」
「小五郎さんは、男の人だけど身勝手な人じゃないから、小五郎さんの前では無防備でもいいってことですよね?」
「...!!?」
純粋な色をした大きな瞳が下からわたしを真っ直ぐに覗く。
「そ、それは」
「もちろん、ダメに決まってるだろ!男なんだから我慢できるわけが、、」
「晋作!!!」
ガラガラ。
「バレたか」
「全く、バカなことを」
「ほぉ~?バカなこと?」
「何だい?」
「いんや、別に何でもねーよ」
ケラケラと笑いながら、ナナさんのところへ行く。
「俺様の前では、無防備でもいいぞ!」
「それは遠慮しておきます」
「何でだ!!」
「うふふっ」
2人のじゃれ合いを見ながら、自分の胸に手を当てる。
「とくとくとく、とくとく」
「小五郎さん!朝餉にしましょうー」
わたしの気も知らず、元気な声が呼ぶ。
「うん、今行くよ」
朝餉を食べながら、今日の予定の確認をする。
「晋作、今日は夕刻から島原で会合だよ」
「おう!うまい酒が飲めそうだな」
「晋作さん、飲み過ぎはダメですよ?」
「へいへ~い」
「わたしはいろいろと準備もあるから先に出ているよ」
「おう、頼んだぞ」
晋作―side
朝の奇兵隊の稽古も終わり、縁側でのんびりしていると、ナナが洗濯物を干しに庭に降りてきた。
「そんなことしなくてもいいんだぞ」
「こういうの結構好きなんです。それに、少しでも役に立ちたいですから」
そう言って器用に洗濯物を紐に掛けていく。
一筋の風が吹いて、干してある手ぬぐいを揺らし、太陽が高い空から見下ろす。
「ふぅ~。完璧ね!」
洗濯物を干し終わって、俺の隣に腰掛ける。
「今夜の会合は飲みすぎないでね?」
「ん~、どうかな」
「どうかな、じゃないでしょ!発作が起きたらどうするの」
余興が必要かもしれんな。
「なら、お前も来るか?」
「へ?でも、島原は女の人は入れないんじゃ」
「ああ、女は入れない。女はな」
ニヤリと笑みが零れる。
「ほ、本当に大丈夫?」
「大丈夫だ!」
「そうかな~」
そう言いながら、ナナは着ている男用の着物を確認している。
「どっからどう見ても男にしか見えん!」
「それはそれで良くないような」
「わははは!」
「仕事中の小五郎は見ものだぞ?般若みたいに恐ろしい」
「ふふっ。それは見てみたいかも」
「だろう?」
小五郎―side
店の前で待っていると、遠くから手を振る人影が見えてきた。
「ん?」
晋作の隣にもう一人いた。
「待たせたな!」
「まだ、先方は来ていないから構わないけど、この青年は?」
「ああ、こいつは最近奇兵隊に入隊した"虎吉"だ」
「は、はじめまして!虎吉と申します」
長い髪を上で一つにまとめている。年は20くらいだろう。
「島原に来たことがないって言うから連れてきた!腕も立つし構わんだろう?」
「ああ。よろしく頼むよ、虎吉くん」
「は、はい!」
おどおどとしていて頼りない様子だが、大丈夫だろうか。
「うわぁ~!!」
店の中に入ると、虎吉は大きな目をさらに大きく開かせ、興味津々にキョロキョロと当たりを見まわしている。
通された部屋には、すでに酒の用意がされていた。
「おっ!先に飲んで待つか!」
そう言って晋作は酒盛りを始めた。
「君は飲まないのかい?」
「いえ、下戸ですので」
「僕のことは気にせず、桂さんもどうぞ」
注がれた酒を二口で飲み干す。
カラカラカラ。
「お待たせしました」
ぞろぞろと、今夜の会合相手が部屋に入ってくる。
流石は、今をときめく旅一座の役者と言ったところか。派手な着物を着こなしている。
「いえ、こちらこそ。お忙しい中ご足労いただき感謝いたします」
ナナ―side
なんかめっちゃど派手な人たちが入って来たんですけど。
何の話し合いなんだろう。
「で?天下の長州様があっしらに頼みたいことがあるんだって?」
「はい、近々、上様の前で演目をなさると拝聴したのですが」
「ああ。来月の頭にね。それがどうしたんだい?」
「恐れながら、その演目にわたしを入れてほしいのです」
「ほう。演者として城に潜り込みたいと?」
「そうです。できますか」
長い沈黙の後に、バシンッという膝の叩く音とともに
「よぉし!乗った!何だか楽しそうじゃねぇか!」
リーダーらしき人がそう言うと、周りの空気が一気に和らぐ。
「わはは!なかなか粋のある奴だな!」
晋作さんも嬉しそうにお酒を口に運んでいく。
「晋作さん!飲み過ぎですよ」
小さい声で注意していると
「あんたは飲まないのかい?」
先ほどのリーダーらしき人に声を掛けられる。
「いえ、僕はお酒が苦手ですので」
そう答えながら、その人が持っている杯にお酒を注いでいく。
部屋の真ん中では、酔っぱらった晋作さんが役者の人たちと腹踊りをしていた。
「ガハハハッ!!」
「もっとやれぇ~!わっははは~!」
小五郎さんは、役者の一人と話をしていた。今後の作戦会議かな?
「ねぇ君」
「はい、何でしょうか」
「可愛いね」
「へ?!」
まさか、バレた?!ど、どどどうしよう!
「名前は?」
「と、虎吉です」
「虎ちゃんか」
「あの、あなたは...」
「俺は遊斉、よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
「俺、男色なんだ」
「だんしょく?」
「そう、男が好きってこと」
そう言って遊斉さんはわたしの頬にキスをした。
「...!!?」
急なことに驚いて立ち上がってしまう。
「ち、ち、ちょっと厠に」
「ふふ。どうぞ」
急いで部屋を出る。
はぁぁ~~。びっくりしたぁ。でも、男が好きってことは、わたしを男だと思ったってことだよね?
「よかった!」
小五郎―side
「何がよかったんだい?」
わたしの声に驚いて、虎吉がこちらを振り向く。
「あ、えっと。か、会合がうまくいってよかったな、と」
しどろもどろに答える。
「そうだね」
「桂さん、何だかあんまり嬉しくなさそうですね」
「ん?そう見えるかい?」
「はい」
「役者として潜入できることは嬉しいんだけど、本番までわたしも稽古をしなくてはいけなくてね」
「そうなんですか」
「彼女に会えなくなるのは嫌だな」
「え?」
「..!コホンッ!何でもないよ。もう少ししたら藩邸に戻ろうか」
「はい」
藩邸に戻って酔っぱらった晋作を虎吉と一緒に部屋まで連れていく。
「世話をかけたね」
「いえ、構いません。それでは、僕も失礼します」
「ああ、おやすみ」
虎吉を玄関まで見送り、風呂に入る。
部屋に向かって歩いていると、ナナさんが縁側でくつろいでいた。
「小五郎さん、おかえりなさい」
「まだ起きていたのかい?」
「はい、会合はいかがでしたか?」
「うまくいったよ」
「そうですか!よかったですね」
「でも、三日は帰って来られない」
「そうなんですか?」
「ああ、一応、役者として舞台に立つからね。本番までは稽古詰めなんだ」
「では、差し入れを持っていきますね」
「それはすごくうれしいな。ありがとう。でも、その一座は女人禁制なんだ」
「え!女性は入れないんですか?」
「もちろん客としてはいいんだけど、一座の役者や裏方はすべて男性らしいんだ」
「だから、気持ちだけもらっておくよ」
「はい、応援してます」
「ありがとう」
翌朝、いつものように三人で朝餉を食べる。
「何だ、小五郎?今日から稽古だってのに覇気がねぇじゃねぇか」
「うるさい」
「まあ、これで晴れて二人っきりだな!」
そう言って、ナナさんに抱きつく。
「もう!離してください。小五郎さんはこれからお稽古三昧なんですよ」
「小五郎さんがいない間は、晋作さんがしっかりしなきゃ」
「へいへい」
「ふふっ。何だか自分を見ているようだよ」
「え!そうですか?」
「あははは」
つづく




