第十七幕
ナナ―side
朝起きて朝餉の支度をするために台所に向かう。
「おはようございます」
「おはようさん」
お味噌汁をかき混ぜながら昨夜のことを思い出す。
「はぁ~」
ついついため息が出てしまう。
「どないしたん?」
「あ、いえ」
「男絡みかい?」
「え!?いやその」
「ふふふ、若いってのはいいねぇ」
女将さんはニコニコと笑っている。
皆のいる部屋に朝餉を運ぶ。
「ナナちゃん、おはようございます」
「おはよう」
「おはようさん」
「皆さん、おはようございます」
よし!いつも通り出来てる!
朝餉を食べ始めると
「ナナちゃん、この後お使いを頼んでもいいですか?」
「うん」
「お客さんが来るので茶菓子を買ってきてくれませんか?」
「いいよ、後で行くね」
「助かります」
朝餉を食べ終えて頼まれた茶菓子を買いに外へ出る。
土方―side
総司に頼まれた甘味を買うために甘味屋へ向かう。
入ろうとした店の前で見知った後ろ姿を見つける。
「よう」
「土方さん!こんにちは」
俺の呼び掛けに振り返って元気よく返事が返ってくる。
「使いか?」
「はい、お客さま用の茶菓子を買いに来たんですけど、どれも美味しそうで迷っちゃって」
と真剣に茶菓子を選んでいる。
「全部買えばいいだろ?」
「そんな勿体ないこと出来ません」
「それに、迷って、迷って選んだものを喜んでもらえたら嬉しいじゃないですか」
と店の主人に目当てのものを包んでもらっている。
「それじゃあ」
帰ろうとするそいつを呼び止めて
「せっかくだ、何か奢ってやる」
「え、でも」
「いいから何が食べたい」
「じゃあ、お饅頭いいですか?」
「ああ。おやじ饅頭二つ」
あいよ、と威勢のいい声が聞こえる。
運ばれてきた饅頭と茶を美味しそうに食べるそいつを見つめる。
「美味いか」
「はい、とっても美味しいです」
「そうか」
「あの、総司さんはお元気ですか?」
「ん?ああ、お前に貰った薬が効いてるみたいだ」
「そうですか、良かったです」
安心したようにほっとため息をついている。
「あいつがここの団子が食いたいって煩くてな」
「ふふ、相変わらず甘いもの好きですね」
可笑しそうに笑う顔を横目で見る。
「ごちそうさまでした」
「おう」
別れた後、帰り道で簪屋の前を通る。
何となしに覗くと色々な種類の簪が所狭しと置かれている。
「お、兄ちゃん!好いた女子に贈り物かい?」
「いや」
「それならこれなんてどうだい?」
店主に勧められた簪を見る。
「それはあいつには似合わない」
「そうかい、それならこれは?」
これでもかと無数の簪を勧めてくるが、どれも気に入らない。
ふと、目に入った簪を手に取る。
蝶々の飾りが揺れる簪。
「これをくれ」
「毎度!」
包んでもらったそれを懐に入れて、総司の待つ屯所へと帰る。
屯所に着いて、総司の部屋に入る。
「入るぞ」
「あ、歳三さん」
「ほらよ」
団子を渡す。
「わぁ!ありがとうございます」
餓鬼のように喜ぶ総司に
「あいつに会った」
「ナナさんですか?」
誰とも言っていないのに言い当てる具合が恐ろしい。
「お元気でしたか?」
「ああ、お前のこと心配してたぞ」
「そうですか。ああ、僕もナナさんに会いたいなぁ」
歳三さん狡い、と理不尽なことを言ってくる。
「会いたいんなら、さっさと病なんか治して会いに行けばいいだろ?」
「はい、そうします」
あいつの笑った顔を思い出す。
「土方さん、ダメですよ」
「何がだ」
「ナナさんは渡しませんよ」
「なっ」
「遊び人の歳三さんはきっと彼女を泣かせるに決まってる」
「うるせー!病人はさっさと薬飲んで寝ろ!!」
「あはは!わかりましたぁ」
ったく、大人をからかいやがって。
総司の部屋を出て懐に入ったものを出す。
「いつ渡そう」
早くこの簪を受け取ったときのあいつの顔が見たくてたまらない。
「次の休みにでもまた甘味屋に行くか」
そして自分の部屋に戻る。
ナナ―side
「ただ今戻りました」
「ナナちゃん、お帰りなさい」
「ただいま、お客さんもう来てる?」
「はい、すみませんがお茶と茶菓子をお願いできますか?」
「うん」
急いで台所に向かう。
お盆にお茶と茶菓子を乗せて部屋に入る。
「失礼します」
中に入ると、慎太さんと龍馬さん
「何だ、見かけないと思ったら、どこかに出掛けていたのか」
大久保さんが聞いてくる。
「はい、茶菓子を買いに」
とお茶と茶菓子を出す。
「そうか」
何か、大久保さん少しやつれたような。
お邪魔にならないように部屋を出る。
昼餉の準備をするため台所に向かう。
大久保さんもお昼食べていくよね。
四人分の昼餉を作る。
「昼餉の用意が出来ました」
「どうぞ」
中に入るとまだ話し合いをしているようだ。
「お前が作ったのか」
「はい、お口に合うと良いのですが」
大久保さんが味噌汁を飲む。
「…美味い」
「本当ですか?」
「ああ」
「良かった~」
「明日、何か予定はあるか?」
「いえ特には」
「なら薩摩藩邸に来い。お前の飯が食いたい」
「え?」
「大久保さん、それは困るぜよ」
「そうです」
「一日くらい構わんだろう」
「しかし」
「わたしで良ければ」
「なら決まりだ。食べ終えたら一緒に薩摩藩邸に戻るぞ」
「はい」
昼餉を食べ終えて、大久保さんと薩摩藩邸へ向かう。
わたしが使う部屋に案内してもらう。
「夕餉はいいから、明日の飯を頼む」
「分かりました」
では、仕事に戻る。と言って自室に帰って行く。
「ふぅ。何しようかな」
廊下に出て何か手伝えることは無いか探す。
ちょうど、藩邸の人に会ってお仕事が無いか尋ねる。
「お客さまにして頂くことはありませんよ」
「でも、暇なんです」
「そうですか、でしたら」
と、ある部屋に案内される。
そこにはたくさんの布が置かれていた。
「これは?」
「ほつれた着物です。なかなか直す時間がなくてそのままなんです」
「わたしやります!」
「すみませんが、お願いします」
ペコっと頭を下げて去っていく。
「よし!始めるか」
ほつれた着物を縫い合わせていく。
気がつくと夕日が辺りを赤く染めていた。
夕餉は一人で食べた。大久保さんはお仕事があるから部屋で食べたみたい。
部屋に戻って縫い物の続きをする。
見切りがいいところで中断して眠る。
朝起きて朝餉の準備をするために台所に向かう。
「おはようございます」
「あ、ナナさんおはようございます」
「お手伝いさせてもらえますか?」
「もちろんです。助かります」
出来上がった朝餉を大久保さんのお部屋に持っていく。
コンコン。
「ナナです」
「入れ」
短い返事が聞こえる。
障子を開けて部屋に入る。
「朝餉です」
「うむ」
美味しそうに味噌汁を啜る。
「やはり美味いな」
「ありがとうございます」
「昼は一緒に食べられそうだ」
「分かりました、では広間にお持ちしますね」
部屋を出る。
昨日の縫い物をしながら時間を潰す。
昼餉の時間になり支度を始める。
広間に持っていくと大久保さんが待っていた。
「お待たせしました」
「ん」
一緒に昼餉をいただく。
「今日はもう仕事はない」
「お疲れさまです」
「どこか行きたいところはあるか?」
「いえ、藩邸でのんびり過ごしたいです」
「そうか」
昼餉のあとに縁側に出る。
「こちらに座れ」
言われたままに座ると膝の上に頭を乗せてくる。
「少し借りるぞ」
「高いですよ?」
「ふん、生意気な」
そう言って目を瞑る。
「何か歌ってくれ」
「歌ですか?んー、子守唄とかでいいですか?」
「ああ、何でも良い」
「~♪~♪~~♪」
少しすると寝息が聞こえてくる。
「ゆっくり休んでください」
大久保―side
「ん、」
眠ってしまったようだな。
「連日の睡眠不足が祟ったか」
見上げると寝息をたててうたた寝しているナナがいる。
「不用心だな」
手を伸ばして柔らかい頬に触れる。
「ん」
少し身じろぐ。
手を離し体を起こす。
しばらく隣に座り庭を眺める。
「たまにはこういう時間も悪くないな」
風が木々を揺らし、小鳥がさえずる。
「あれ?大久保さん起きたんですか?」
「ああ」
「もう少しお休みになったほうが」
「いや、今はこうしていたい」
「分かりました」
それからは何もしゃべらずぼーっとする。
「わたしが口吸いしたら怒るか」
「え?口吸いですか?」
「そうだ」
「口吸いって何ですか?」
「知らぬのか」
「はい」
顔を近づけ口吸いしようとする。
「な、何するんですか!?」
両手で押しのけられる。
「口吸いだ」
カッと赤くなる。意味を理解したようだ。
「怒るか」
「当たり前です!」
「何故だ」
「そういうことは、恋人同士がするんですってあれ?このやりとり前も…」
「子どもじゃないんだ、口吸いくらい」
「ダメったらダメです!」
真っ赤になって怒る様が愛おしい。
「ふ、ふはははは!」
「あー!からかいましたね」
唇を尖らせ拗ねたような顔をする。
「まあ、またの機会にとっておこう」
「とっておかなくていいです!」
そろそろ日が傾いてきた。
「寺田屋まで送ろう」
「大久保さんはお部屋で休んでください。まだ顔色良くないですよ?」
心配そうに顔を覗き込んでくる。
「まさか、どこにも行かなかったのはわたしのためか」
「はい、大久保さんお仕事で疲れている様だったのでゆっくりしたほうが休めるかと」
本当に出来た娘だ。
「送るくらいは出来る」
「分かりました、じゃあお願いします」
ぺこっと頭を下げる。
寺田屋に着くと坂本君が宿の前でウロウロしていた。
「何をしている」
「お、大久保さん!ナナさんもお帰り」
「ただ今戻りました」
ありがとうございます。と礼を述べてくる。
「構わん」
踵を返す。
「全く分かりやすいにも程がある」
今度はいつ連れて行こうかと考えながら帰る。
龍馬―side
「夕餉は食べたかの?」
「まだです」
「ほうか、なら一緒に食べよう」
二人で夕餉を食べる。
「薩摩藩邸では何しよったがか?」
「縫い物やご飯の支度をしてました」
それと、と続ける。
「縁側でお昼寝しました」
「大久保さんもかの?」
「はい、膝枕してたら眠っていました」
「ひ、膝枕じゃと!?」
「?はい」
「羨ましいぜよ」
大久保さん、抜け駆けは許せんぜよ!
「今度龍馬さんにもしてあげますね」
「本当がか?」
「はい」
「それはまっこと楽しみぜよ♪」
そう言うと可笑しそうに笑う。
「あの、龍馬さん」
「何じゃ?」
「口吸いってしたことありますか?」
突然の問いかけに一瞬戸惑う。
「それは…」
「あ!すみません。変なこと聞いちゃって」
大人ですからあって当然ですよね、と言う。
何だか悪いことをした気になるのぉ。
「わたし、片付けてきますね」
そそくさと部屋を出ていく。
風呂から上がって月でも眺めようかと縁側に出る。
そこに、月を見つめるナナの横顔があった。
月の光に照らされたその姿は神秘的な光景だった。
「ナナさん」
声をかけると、こちらを振り向く。
「龍馬さん」
微笑んだ顔が今にも消えてしまいそうで思わず抱き締める。
「り、龍馬さん!?」
「どこにも行かんでくれ」
「え」
「ずっと傍に…」
「龍馬さん…?」
ハッとなって腕を離す。
「すまんちや、ナナさんがこのままどこかに行ってしまいそうで」
「ふふっ。どこにも行きませんよ」
可笑しそうに笑う顔がたまらなく愛おしゅう。
元の時代に帰してやりたいが、傍におって欲しいとも思う。
矛盾しちょるな。
耳のそばに口を寄せる。
「……」
ナナの顔がぱっと赤くなる。
「おやすみ」
と言って自分の部屋に戻る。
ナナ―side
縁側に立ち尽くしたまま、さっき龍馬さんに言われたことを思い返す。
「おまんが好きじゃ」
思い出しただけで顔に熱が集まる。
「龍馬さん…」
夜風に当たり、熱を冷ます。




