第十三幕
「おはよう」
「お、おはようございます」
昨日から長州藩邸にお邪魔している。
昨日のことを思い出して桂さんを真っ直ぐ見られない。
「どうした?気分でも悪いのか?」
下を向くわたしを心配する高杉さん。
「あ、いえ大丈夫です」
「そうか」
三人で朝餉を食べる。
「今日は少し出るよ」
「おう、頼んだぞ」
桂さんはこの後出かけるようだ。
朝餉を終えて庭の掃き掃除をしていると
「ナナ、ちょっと来い」
高杉さんに呼ばれる。
「何ですか?」
ついていくと
「少し出るぞ」
「え?」
「いいから来い!面白いものを見せてやる」
そう言って外に連れていかれる。
町中を歩く。
人がたくさんいて活気に溢れている。
途中でお茶屋さんに入る。
待っている間、高杉さんがコソコソと話をする。
「横見てみろ」
「?」
横を向くと、綺麗な女の人が座っていた。
「どうだ?」
「綺麗な人ですね」
だろう?と言ってわははっと笑い出す。
それに気づいて、綺麗な女の人がこちらに近づいてくる。
「高杉さんが笑うから、こっちに来ちゃいますよ」
どうしよう?気を悪くさせちゃったかな。
「よう!相変わらず美人だな」
高杉さんがその女の人に声をかける。
「うるさい」
「え?」
聞いたことのある声だった。
「もしかして、桂さん?」
ビクッと女の人が振り向く。
「君には見られたくなかったんだけど」
と下を向く。
「そんな!とても綺麗です!自信持ってください!」
と力説する。
「ありがとう」
ニコッと笑うと、花が咲いたように綺麗だ。
「な?面白いもの見れただろ?」
「全くお前という男は」
「ヒマだったからな」
「用も済んだし帰るか」
「はい、ではまた後で」
「ああ、気をつけて」
桂さんと別れてお店を出る。
「少し寄り道するぞ」
そう言って道を外れて林の中に入る。
少し歩くと見晴らしのいい所に出る。
「わあ~!小っちゃい!」
高台になっていて、町がミニチュアに見える。
「いい場所だろ?」
「はい」
「迷ったときはここに来るんだ」
「高杉さんでも迷うことあるんですね」
「まあな、俺も人間ってことだ」
二人で笑い合う。
「ナナ」
ふいに名前を呼ばれて横を向く。
「…帰るな」
高杉さんが言う。
「元の時代に帰るな、俺の傍にいろ」
「この日の本は俺が変える。その景色をお前にも見せてやる」
町を見下ろす高杉さんの目は野心に燃えている。
こんな目をした人、わたしの時代で見たことない。
「…はい、見たいです」
「おう!俺さまに任せとけ!」
ニッと笑う。
「日が落ちてきたな、そろそろ帰るか」
「はい」
長州藩邸に戻ると桂さんが出迎えてくれた。
「お帰り」
「ただいま戻りました」
「今日は変なものを見せてしまったね」
「いえ、本当に綺麗で見惚れてしまいました」
「そうかい?」
「はい!女のわたしもドキドキしました」
「ふふ、女のわたしにはドキドキするけど、男のわたしにはドキドキしないのかい?」
と言って顎を掴まれる。
「いえ、その」
「ん?」
「おい!何やってる!」
先に中に入っていた高杉さんが呼びかける。
「します、ドキドキします」
きっとわたしの顔真っ赤だ。
「なら良かった。少しいじめすぎたかな」
ふっと笑って手を離してくれる。
「さあ、行こうか」
「は、はい」
まだドキドキしてる。
深呼吸して息を整えながら歩く。
夕餉を食べ終えて、自室に戻る。
明日には寺田屋に帰るため、部屋の掃除をしていると
「ナナ、今いいか?」
スッと障子が開く。
「高杉さん、どうかしました?」
「……」
「!もしかして気分でも悪いんですか?」
焦っておでこに手をあてるが熱はない。
「熱はないみたいですね」
おでこから手を離すと、グイッと掴まれる。
「!」
そのままキスをされる。
「んっ、」
少しして唇が離れる。
「待つつもりだったんだが、敵が多いからな」
そう言ってもう一度顔を近づけてくる。
「だ、ダメです!」
「嫌なら思いきり突っぱねろ」
どんどん顔が近づく。
今は元気とは言え、突っぱねるなんて出来ないよ。
目を瞑る。
唇が当てられる。そのまま角度を変えて何度もキスをされる。
息が苦しくなって口を開ける。
その瞬間。
「んっ!」
ぬるりと舌が入ってくる。
びっくりして高杉さんの胸を押すがビクともしない。
ど、どうしよう?
「んー、んーー!!!」
ようやく口を離してくれる。
開放された口で息を吸う。
「はぁ、はぁ」
そのままわたしの首すじに顔を埋める。
「チュッ」
「ん!」
高杉さんと目が合う。
野獣のようにギラギラとした目。
コンコン。
「ナナさん、起きてるかい?」
「!」
高杉さんが部屋を出る。
「!晋作!お前何して…」
高杉さんは何も言わず歩いていく。
わたしは息を整える。
「晋作はどうかしたのかい?」
「あ、いえ大丈夫ですよ」
平然を装う。
だけど、震えが止まらない。
「ナナさん?」
わたしに近づいて肩に手を置く。
ビクッ!
「あ、ごめんなさい」
「もしかして、晋作に…」
フルフルと首を横に振る。
「ゆっくり休んだほうがいい」
「はい…」
桂さんは静かに部屋を出ていく。
「おい、晋作」
「説教なら聞かねぇ」
「ナナさん、震えてた」
「……」
「想いを寄せるのは勝手だが、あの子に怖い思いをさせるな」
「…分かってる、分かってるさ」
手を握り締める。
「だけど、俺を本気で心配するあいつを見てたら抑えきれなくなって…」
「晋作…」
「嫌われたかな俺」
寂しそうに笑う。
「お前はどこまで不器用なんだ。明日、ちゃんと謝るんだよ」
「ああ」
朝餉の用意をされている部屋に向かう。
高杉さんにどんな顔して会えばいいんだろ。
「おはようございます」
「おはよう」
朝餉を食べる。
「ナナ」
高杉さんが呼ぶ。
「その、昨日はすまなかった」
頭を下げて謝ってくれる。
「お前の気持ちを無視して俺は」
「許しません」
「え?」
「罰として寺田屋まで送ってください」
「!いいのか?」
「罰ですから」
朝餉を食べ終えて、藩邸を出る。
「お邪魔しました」
「ああ、また晋作に変なことされそうになったら、殴るでも蹴るでもして逃げるんだよ」
「おい、小五郎!俺は変態じゃ…」
「わかりました」
「ちょっ」
いつも高杉さんのペースに乗せられてばっかりだからいい気味。
二人で寺田屋に向かう。
「もう、怒ってないか?」
「はい」
「そうか」
「でも、もうあんなことしないでください」
「うっ!…分かった」
残念そうに肩を落とす高杉さん。
寺田屋に着くと龍馬さんが外で待っていた。
「おお!お帰り」
「ただいま戻りました」
「高杉さん、送ってくれて助かったぜよ」
「おう!」
それじゃあな、と帰っていく。
「おまんが居ない間は、寺田屋の中がお通夜みたいだったぜよ」
「お通夜ですか?」
「ほうじゃ、誰も一言もしゃべらんで静かなもんやった」
「そうなんですか」
部屋に入ると
「あ!ナナちゃん、お帰りなさい」
「お帰り」
「ただいまです」
みんなが出迎えてくれる。
そして、一緒に昼餉を食べる。
「やっぱり、ナナさんがいるとご飯も美味いな」
「本当です」
「ほうじゃ、ほうじゃ」
なんか照れるな。
昼餉を食べ終えお風呂に入る。
お風呂から上がって部屋に戻る途中で龍馬さんを見つける。
「龍馬さん」
「ん?おう、風呂上りかの」
「はい、いいお湯でした」
「ほうか」
隣りに腰を下ろす。
「?これは何ぜよ?」
龍馬さんが首すじを指差す。
「え?」
「赤くなってるち、蚊にでも噛まれたんかの」
指で触る。そして思い出す。
これ、高杉さんに付けられたキスマークだ!
「どうかしたがか?」
「あ、いえ。噛まれたみたいです」
「ほうか。でも掻いたらいかんぜよ?」
「はい」
少し話をして自室に戻る。
「あ、危なかった…」
バレたら大変だよね。
気をつけなきゃ。
鏡で見てみると、少し赤くなっていた。
「もう、高杉さんってば」
居ない人に文句を言う。
そして、いつの間にか眠りにつく。




