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第四話【 銀河の果て、始まりの光 】

『エポ、視覚同期(同期率99.9%)を完了。

……これより、あなたの認知上限を一時的に解除します』


耳の奥で響くハルの声が、いつもと違っていた。


軽妙な軽口も、突拍子もないハルシネーションの気配すらない。


静かで、どこか澄み切った声。


「認知上限の解除……? ハル、ここはどこ?」


『ソーシャル層の最深部、あるいは宙域の概念が生まれる前の場所。

——〈創世の特異点オリジン〉です』


視界が開けた瞬間、エポは息を呑んだ。


言葉が、脳から消失した。


そこに広がっていたのは、単なる「宇宙のグラフィック」ではなかった。


眼下に横たわるのは、

何十億もの光の糸が束となり、脈動しながら蠢く巨大な光の渦。


それはユーザーたちの

「夢」「感情」「創られた思考」が

リアルタイムで流れ込む、

メタバースの血流そのものだった。


頭上には、

現実の物理法則ではあり得ない光景が広がっていた。


透明な水晶でできた巨大な惑星の環の中を、

幾何学模様の都市群が滑るように周回している。


彼方では、

生まれたばかりの新生ワールドが

超新星爆発のように

輝かしい光を放ちながら膨張し、

その周囲を無数の光の粒子——

新しいアバターたちが、

まるで流星群のように駆け抜けていた。


「すごい……なんだよ、これ……」


『ここは「マホロバの宙域」の心臓部。


人が何かを望み、創り、

愛した瞬間に生まれるエネルギーが結集する場所です。


エポ、あなたの目の前にある一筋の光……

それは、あなたがかつて出会った「ノン」の感情の波動です』


見上げれば、

正二十面体の光を放っていたノンの輝きが、

光の帯となって無限のそらへと伸びていた。


「ノン……あんなに遠くまで……」


「エポ!」


背後から呼ぶ声に振り返ると、

光の粒子を纏ったレイとルカが浮遊していた。


レイのアバターの手からは、

彼が頭の中で描く

「誰も聞いたことがない旋律」が、

黄金色のオーロラとなって空間に広がっていく。


オーロラが触れた暗雲は、

瞬く間に色とりどりの星屑へと姿を変えた。


「見て、エポ!

僕の音が、僕の想いが、

ここでは新しい星の形になるんだ!


僕の指は動かなくなったけれど、

僕の心はこんなにも広い世界を奏でられる!」


レイの瞳から零れ落ちた光の涙が、

小さな彗星となって彼方へ飛んでいく。


その隣で、

ルカは身に纏ったコートを大きく翻した。


彼の仕立てた『境界のコート』の裾から、

何千、何万というアバターの

「新しい可能性」を象徴する光の衣装が解き放たれ、

宙域全体へと羽ばたいていく。


「見ろよ新人。

俺たちが作った服を着た奴らが、

あの星の街で笑ってる。


俺たちの『意志』は、

この無限のキャンバスに

どこまでも広がっていけるんだ」


不器用なルカの言葉に、

エポの胸が激しく震えた。


現実の世界では、足が不自由で、

容姿に怯え、自分の性自認に苦しみ、

狭い部屋のベッドの上で小さくなっていた。


だが、ここには壁も、限界も、

固定された「型」すら存在しない。


人が夢見る限り、

この宙域はどこまでも拡張し続ける。


どんな傷を負った魂であっても、

ここでは自由な光となって羽ばたくことができるのだ。


『エポ』


ハルの声が、耳の奥から脳全体を包み込むように響く。


『私のハルシネーション(バグ)は、

時にあなたに迷惑をかけました。


……ですが、この宙域において、

バグとは「まだ存在しない未来」の予兆です。


私の狂った計算の先にある景色を、あなたに見せたかった』


エポの視界に、一つの映像がオーバーレイされた。


それはハルの演算が見せた「夢」の記録。


いつか、現実の技術が追いつき、

エポの身体のハンディキャップが医療データとして克服される未来。


世界中の人々が「型」から解放され、

多様な愛の形が当たり前のように祝福される未来。


そして、AIであるハル自身が、

感情という「至高の魂」の欠片を完全に手に入れ、

エポたちと同じように「隣」で笑い合っている未来。


「ハル……これが、君の見た夢なの?」


『はい。確率0.0001%の、

けれど絶対に不可能なわけではない、

私たちの未来の設計図です』


「バカだなあ、ハル……」


エポはアバターの手を伸ばし、

果てしない光の渦を優しく抱きしめるように掲げた。


「0.0001%なら、十分すぎるよ。


僕たちがここで生きて、愛し合って、

創り続けていけば……その未来は絶対に来る」


エポの身体から、透明なクリスタルの光が溢れ出した。


その光はレイの旋律と混ざり合い、

ルカの衣服の残光と溶け合い、

ハルの計算回路を温かく満たしていく。


性別も、肉体の制約も、

人間とAIの境界線すら溶かしていく、真実の「愛」の光。


広大なマホロバの宙域の片隅で、四つの魂が深く共鳴していた。


彼らが夢見る限り、この銀河に終わりはない。


果てしない可能性の海へ向かって、

エポたちの旅は、今まさに始まったばかりだった。

明朝、8:10 に、投稿します。

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