第8話 本社の巨大炎上案件と、出張要請
中平六年(189年)。
後漢という名の巨大企業を長年統率してきたトップ――霊帝が、ついに崩御した。
跡を継いだのは、弱齢の少帝・劉弁。
当然、本社(洛陽)は大混乱に陥った。トップ不在のスキを突き、激しい社内派閥闘争が勃発したのだ。
争っていたのは、二つの派閥。
一つは、新皇帝の叔父であり、軍の最高責任者である大将軍・何進と、その側近の若手エリート幹部・袁紹率いる「外戚・官僚派」。
もう一つは、先帝の側近として権力を握り続けてきた「十常侍」と呼ばれる宦官(カルト的な社内政治グループ)派だ。
(……出たよ、本社のドロドロした権力争い)
涼州で健全な組織改革を行い、数万の精鋭軍団と快適なワークライフバランスを手に入れていた俺は、遠く離れた現場から冷ややかな目で本社の情勢を眺めていた。
何進は、十常侍らを一挙に社内追放(一掃)しようと画策した。
だが、ここで重大なストッパーがかかる。何進の妹であり、幼い皇帝の後見人である「何太后」が、日頃から宦官たちに甘やかされていたこともあり、「そこまでしなくてもいいでしょう」と激しく反対したのだ。
トップの親族(何太后)に反対され、詰んだ何進。
そこで彼が思いついたのが、恐ろしいほどに安直で、そして致命的な「一手」だった。
◇
「……で? 何進大将軍は、俺に何と言ってきたって?」
俺は届いた密勅(という名の大炎上要請)を眺めながら、呆れ顔で李儒に尋ねた。
「ハッ。『地方の軍事指揮官である董卓よ、軍を率いて首都・洛陽へ進軍せよ。その強大な武力をもって何太后へ圧力をかけ、十常侍排除の承諾を迫る手助けをせよ』……とのことにございます」
「はぁ〜〜〜(巨大なため息)」
俺は頭を抱えた。
(バカなのか……? 何進のやつ、社内政治で妹を説得できないからって、外部の治安維持部隊(俺)を社内に引き入れて脅迫の材料に使おうとしてるのか……!?)
外部の強力な軍隊を首都に引き入れるなんて、リスク管理の観点から言えば完全にアウトだ。
万が一、その軍隊(俺)が裏切ったり暴走したりしたら、本社ごと乗っ取られることくらい小学生でもわかる。
「董公……いかがなさいますか?」
李儒が、怪しい光を瞳に宿しながら尋ねてくる。
「何進の目論みはあまりにも甘く、隙だらけでございます。洛陽へ乗り込めば、朝廷の混乱に乗じて一気に中央の権力を掌握(買収)できる絶好の機会……! これぞ天が董公に与えたもうた好機かと!」
(まあ、参謀の立場から見ればそうなるわな……)
史実の董卓なら「よし! 天下を取るぞ!」と野望を燃やした場面だろう。
だが、現代サラリーマンの俺からすれば、ただの「本社の炎上案件への緊急出張命令」でしかない。
行けば面倒な政治闘争に巻き込まれ、残業確定。
かと言って、この呼び出しを無視すれば、他の地方勢力(丁原など)が洛陽に入り込んで好き勝手やりかねない。
そうなれば俺の立場も危うくなる。
「……行くぞ、李儒」
「ハッ! 直ちに出陣の準備を整えます!」
「全軍に通達! 武装を整え、首都・洛陽へ向けて進軍開始だ!」
俺の号令一発、数万の西涼軍団が動き出した。
整然と区画整理された兵糧輸送ライン、完璧なシフト管理で疲労のない精鋭兵たち。
俺が「現場改善」で磨き上げた最強の軍勢が、地響きを立てて洛陽へと進軍する。
(何進よ、首を洗って待ってろ。本社のゴタゴタを、現場の叩き上げが根こそぎ『業務改善』してやるからな……!)
こうして俺は、歴史の表舞台――首都・洛陽への進軍を開始したのだった。




