第7話 アラフォーの体力が追いつかない
念願だった酒池肉林ライフをスタートさせて、しばらく経った頃。
俺はある「悲しい現実」にぶち当たっていた。
(……いかん。体が保たない…)
朝起きて二日酔いの頭を抱えながら、俺は切実にそう痛感していた。
考えてみれば、いくら董卓のタフな体に転生したとはいえ、中の人の精神(中身)は47歳の中年サラリーマンなのだ。
毎日毎日、朝から晩まで浴びるように酒を飲み、肉を喰らい、美女たちと寝床で大暴れする……なんて芸当、若者ならいざ知らず、アラフォーの胃腸と体力には限度というものがあった。
胃はもたれる。
痛風になりかける。
股間だって毎日フル稼働できるわけがない。
なぜ、これだけは董卓のようにできないんだ。
待てよ、実際には董卓も、そんなに酒池肉林やってない、とか・・?
「……よし、昼間は外に出て身体を動かそう」
結局、酒と女に溺れ続ける生活を数日で断念した俺は、昼間は素直に起き出し、陣営の巡回と軍の鍛錬(という名のアラフォー向け健康運動)へ向かうようになった。
◇
運動がてら、俺は現場の改善の手を緩めなかった。
「おい、兵士のローテーション勤務(シフト表)はどうなってる? 連続夜勤が続いてる部隊は休ませろ! 疲労はトラブルの元だ!」
「練兵のメニューにストレッチ(準備運動)を取り入れろ。ケガ人を減らすのが一番のコスト削減だぞ!」
ついでに、一人で現場と事務処理を抱え込んで目が死んでいた李儒のために、優秀な若手文官を何人もスカウトして配属してやった。
「李儒、チーム制(部署化)を導入したぞ。経理、資材管理、人事でお前に配下をつける。書類仕事はお前が全部やるな、指示を出して下に振れ(デレゲーション)!」
「と、董公……! 私の負担を軽減するために、これほど組織を整えてくださるとは……っ!」
感涙にむせぶ李儒。
そんな改善の日々を繰り返している最中、ふと我に返る瞬間があった。
(……あれ? 俺、普通にめちゃくちゃ仕事してないか……?)
酒池肉林をするために転生したはずなのに、気づけば毎日朝から現場を巡回し、組織図を書き換え、部下の労務管理をし、汗を流して鍛錬をしている。
……だが、現代の工場勤務と決定的に違っていたのは「異常なまでの成果と快感」だった。
なにせ俺は全軍の絶対的トップ(社長)だ。
「現場のカイゼン」を提案しても文句を言う老害ベテランもいなければ、足を引っ張る本社もいない。俺が「こうしろ」と言えば、数万の猛者たちが「ハッ!!」と一糸乱れぬ動きで完璧に従うのだ。
言うことを100%聞く部下しかいない超ホワイト(ワンマン)経営。
その結果どうなったか。
俺の軍はみるみるうちに洗練され、無駄な損害や脱走兵は激減。
噂を聞きつけた凄腕の兵や豪族たちが「董卓将軍のところで働きたい!」と押し寄せ、気が付けば俺の配下には数万を超える最強の「西涼軍団」が完成してしまっていた。
(まあ……昼間は適度に仕事して組織を育てて、夜は美味い酒と美女を楽しむ……このくらいのワークライフバランスが、47歳にはちょうどいいのかもしれんな)
己の年齢に合わせた絶妙なサボり方(健全な組織経営)を見つけ、俺がすっかり満ち足りていた、その時だった。
◇
「董公ーッ! 洛陽の大将軍・何進様より、超緊急の書状が届きました!」
李儒が血相を変えて幕舎へ飛び込んできた。
「何進から? 本社(中央)のトップから直接か?」
嫌な予感がしながら書状を開く。そこに書かれていたのは、一言で言えば「本社の大炎上」だった。
『洛陽にて宦官(十常侍)どもが横暴を極め、朝廷は崩壊寸前である! 董卓よ、直ちにその強力な軍勢を率いて洛陽へ上京し、我らを助けよ!!』
「……。」
俺はそっと書状を伏せた。
(来た……ついに来ちゃったよ……)
歴史通りだ。
本社の役員同士(何進VS宦官)がドロドロの派閥争いに敗れ、現場で最強の兵力を抱える俺に「助けて! 消防隊として来て!」と悲鳴を上げてきたのだ。
だが、俺は頭を抱えた。
洛陽に行けば、ドロドロの政治闘争と、歴史的なトラブルの山が待っている。
(断りたい……超絶行きたくない……! でもここで無視したら、本社の混乱に乗じたライバル企業に天下を取られる……!)




