第6話 念願の酒池肉林と、社畜が覚えたサボタージュ
「うひょーっ! 最高だぁっ!!」
大広間に響き渡る、俺の歓喜の叫び。
豪勢な宴が催されていた。
目の前のテーブルには、香ばしく焼き上げられた羊や豚の肉、見たこともないような珍味が山のように積まれている。
大きな青銅の盃には、なみなみと注がれた極上の酒。
そして何より――俺の両脇だ。
「さあ、董公。お酒をお注ぎいたしますわ」
「董公、お肉をあーんして差し上げますね」
はだけた衣服から覗く柔らかな肌。
香しき甘い匂い。
しなやかな身体を擦り寄せ、上目遣いで微笑みかけてくる極上の美女が二人。
(ああ……最高だ。これだよ、これ! 俺が求めていたのはこの世界線なんだよ!!)
右の美女の肩を抱き寄せ、その柔らかい感触をじっくりと味わう。
左の美女から差し出された肉を噛み締め、酒を煽る。
現代の工場では、毎日油の匂いにまみれ、ラインのトラブルに頭を抱え、上司と部下の板挟みになりながら缶ビールを一本飲むのが限界だった。
それが今や、これだ。
「ハハハハ! 美味い! みんな飲め飲めーっ!」
俺は完全に理性を投げ捨て、朝まで酒と肉と美女の甘美なプールを泳ぎ続けたのだった。
◇
翌朝。
「……ん」
目を覚ますと、頭が少し重かった。心地よい二日酔いだ。
だが、気分は人生で一番と言っていいほど爽快だった。
広々とした豪勢な寝台。
ふと左右を見れば、昨日宴で侍らせていた二人の美女が、すやすやと寝息を立てながら俺の腕に抱きついて寝ている。
薄布一枚越しに伝わる温もり。
(夢じゃ……ないよな? よし、俺の酒池肉林ライフ、ここに完全開幕!)
ニヤニヤが止まらない俺は、美女たちを起こさないようそっと寝台を抜け出し、羽織を引っかけた。
これから毎日、この生活を続ければいいのだ。
現場の改善も終わった。部下への引き継ぎも完璧だ。
俺はもう、何もしないで贅沢だけして暮らす『完璧な暴君』になればいい!
……そう思いながら、ルンルン気分で朝の散歩へ出ようとした、その時だった。
「董公! 洛陽より、朝廷の緊急使者が到着いたしました!」
李儒が、何やら苦虫を噛み潰したような顔で走ってきた。
「ん? 朝廷から? また恩賞か?」
「いえ……人事異動(辞令)でございます」
李儒から渡された木簡を開いた俺は、そこに書かれた内容を見て、一瞬で二日酔いが吹き飛んだ。
『破虜将軍・董卓の功績を称え、これを【少府(中央の要職)】に任命する。直ちに軍の指揮権を左将軍・皇甫嵩へ譲渡・引き継ぎを行い、単身洛陽へ着任せよ』
「……は?」
俺は二度見した。
(待て待て待て! 少府って、聞こえはいいけど「中央の窓際ポスト」じゃないか! しかも【軍の指揮権を皇甫嵩に渡して単身来い】だと!?)
ピンと来た。
これは出世に見せかけた、典型的な「現場の叩き上げを無力化するための、本社からの嫌がらせ異動(実質上のリストラ人事)」だ!
朝廷(本社)のやつら、俺が涼州で力を持ちすぎたのを恐れて、手柄だけ横取りして俺を無力な飾りにしようとしているのだ。
ふざけるな。
今ここで軍を手放して洛陽に行ってみろ。美女も、酒も、権力も全部取り上げられて、史実通り暗殺されて終わりだ。何より、俺の「酒池肉林スローライフ」が数日で終了してしまう!
「董公……いかがなさいますか? 朝廷の命に逆らえば謀反と取られかねませんが……」
不安そうに尋ねる李儒に、俺は冷ややかな笑みを向けた。
「李儒。サラリーマン……いや、現場の人間を舐めるなよ」
「は?」
「本社からの理不尽な異動命令なんてな、『正当な理由』をつけてサボタージュ(引き延ばし)するのが鉄則なんだよ!」
俺はすぐさま筆を取り、返信の木簡を走り書きした。
「いいか、李儒。こう返事を書け」
『1. 涼州の現場兵士たちが「董卓将軍がいなくなったら誰が飯を食わせてくれるんだ!」と号泣して暴動寸前であり、私を離そうとしません(※演出)』
『2. 現在、現場の業務引き継ぎマニュアルを策定中ですが、なにせ膨大な業務量のため、引き継ぎ完了には数年単位の時間がかかります』
『3. 異民族との境界線が依然として不安定なため、現場の責任者として今離れるわけにはいきません』
完璧だ。
「部下の強い引き止め」「引き継ぎの遅延」「現場の混乱懸念」――現代のサラリーマンが会社をやめない・動かない時に使う、三種の神器(言い訳)である!
「こ、これを朝廷に送るのですか!? 『引き継ぎに数年かかる』などと、あまりにも白々しい……!」
「いいんだよ! 相手に『あ、こいつ動く気ないな』って分からせるのが目的なんだから! 書類上の手続きを泥沼化させて、本社の決定を骨抜きにしてやる!」
呆然とする李儒をよそに、俺は木簡を使者に押し付けた。
(本社(朝廷)の机上の空論に付き合ってたまるか! 俺はここで、美女に囲まれながら現場のトップとして好き勝手に生きるんだよ!)
見事に嫌がらせ人事を突っぱね、勝利を確信した俺は、再び美女たちの待つ寝台へと戻っていった。
――だが、この時の俺はまだ知らなかった。
本社(洛陽)の内部抗争がこの後破滅的に悪化し、「引き継ぎ拒否して現場に居座る最強の男(俺)」のもとへ、さらなる巨大な「大炎上案件」が持ち込まれることになるのを……。




