第5話 噛みついてくる元気な若手社員と、ベテランのあしらい方
「董卓は軍令を軽んじている! 朝廷の威光を削ぐ暴徒であり、ただちに首を斬って軍規を正すべきだ!」
幕舎の外から、朗々とした若い声が響いてくる。
聞き捨てならない物騒なセリフだが、その声には一切の迷いがなく、いかにも「正義は我にあり」といった熱量に満ちあふれていた。
「董公、いかがなさいますか? 孫堅という江東の若手武将です。皇甫嵩将軍の側近として参戦しておりますが、我が軍の裏での手回しを『不誠実な軍規違反』だと突っかかってきておりまして……」
李儒が苦虫を噛み潰したような顔で報告してくる。
俺はふーっと鼻から息を吐き、運ばれてきた肉を一口かじった。
「なんか若いのが『董卓を処分しろ』とか言ってるらしいけど……青いなぁ」
「は……? 青い、でございますか?」
「ああ。青すぎる」
俺は苦笑交じりに肩をすくめた。
(いるんだよなぁ、現代の工場にも。本社から新卒で入ってきた高学歴の若手で『マニュアルの工程を1秒でも破ったら即アウトです!』って現場に怒鳴り込んでくるやつ)
孫堅と言えば、後に「江東の虎」と恐れられ、孫策や孫権の父親となる三国志の超有名武将だ。
史実でも若い頃の孫堅は、軍令を軽んじる董卓を嫌って「斬るべきだ」と皇甫嵩に進言している。まさに歴史通りの展開だ。
だが、今の俺から見れば、彼は単なる「現場の泥臭い調整(泥臭いロジスティクス)を知らない、青臭い新人エリート」に過ぎない。
「李儒、そのまま放っておけ」
「よろしいのですか? 一応、総司令官(皇甫嵩)の側近でございますが……」
「皇甫嵩が俺を斬れるわけないだろ。今、この涼州で俺の部隊と補給ラインを失ったら、明日には全軍餓死して異民族に首を並べられるんだぞ? 皇甫嵩だってそこまでバカじゃない。孫堅の青臭い正論なんて『まあまあ、孫くんの言うこともわかるけどね』って適当に聞き流すさ」
そう。組織というものは、正義感だけで動いているわけではない。
現場の業務を握っている「替えの利かないベテラン(俺)」を、上が簡単に切れるはずがないのだ。
案の定、外の騒ぎはしばらくすると収まった。
皇甫嵩が孫堅を宥め、「董将軍のやり方にも一理ある、今は時期が悪い」とかなんとか言って連れ帰ったらしい。
(ほらな。サラリーマンの世渡り術を舐めるなよ、孫堅くん)
自分の読みが完璧に当たったことに満足し、俺はニヤリと笑った。
「さて! 鬱陶しい若手の説教もかわしたことだし、今夜こそ――」
「董公! 吉報でございます!」
仕切り直そうとした瞬間、今度は別の部下が満面の笑みで飛び込んできた。
「何だ? 吉報?」
「ハッ! 将軍の鮮やかな前線指揮と、不全に陥っていた輸送ラインの劇的な改善に対し、朝廷から、膨大な恩賞(絹・金銀・そして上級の美女十数名)が下賜されました!」
「おおおっ……!!」
ついに来た!!
正当な成果評価(人事査定)だ!
本社(朝廷)は頭の固いエリートばかりだが、叩き出した「数値結果(功績)」だけは認めざるを得なかったらしい。
「よし! 全軍に宴の準備をさせろ! 今夜は無礼講だ! 酒を持ってこい、肉を運べ! 美女たちを集めろーッ!」
俺は両腕を広げて叫んだ。
ついに、ついにやってきたのだ。
敗残兵の泥沼から始まり、現場改善、本社上司とのタヌキ合い、イケイケ若手の噛みつきをすべて受け流し、勝ち取った成果。
俺が夢にまで見た『酒池肉林』の扉が、今まさに開かれようとしていた――。




