第25話 押しかけスカウトと「カムバック運動」
「……董公、またお客様でございます」
涼州の豊かなオアシスを望むテラス席で、俺が涼州美女たちの剥いてくれたブドウを口に運んでいた時のことだ。
李儒が実にいたたまれない、胃の痛そうな顔をして報告にやってきた。
「客? 誰だ? 交易の商人か?」
「いえ……都から、カムバック運動を引っ提げてやってきた、諸侯の使者たちでございます」
溜息混じりに李儒が招き入れたのは――なんと、あの曹操と劉備だった。
「……え、君たちなんでここにいるの?」
「お久しぶりでございます、董卓専務」
曹操は俺を見るや否や、まるで砂漠でオアシスを見つけたような狂喜の表情で駆け寄ってきた。
その目の下には濃いクマが刻まれ、かつての鋭い英気はどこへやら、完全に「激務で擦り切れた中間管理職」の悲壮感を漂わせている。
「頼みます、董卓専務! 都に戻ってきてください! 相国でも専務でも、好きなポストを差し上げます! 給料も白紙小切手でいくらでも出しますから、あの山のような書類決済と、前例主義の老害どもと、マウント合戦しかしない袁紹の相手をしてください!!」
「嫌だよ!!」
俺は即答した。
「なんで俺がせっかくアーリーリタイアして、手塩にかけて育てたホワイトな涼州を捨てて、ブラック化して崩壊寸前の都の本社に戻らなきゃいけないんだよ!」
「そこをなんとか! 専務がいなくなってからというもの、残業時間は月100時間を超え、誰も責任を取らない決裁タライ回しで、都の経済はガタガタです! 今や全土の民や文官たちが『あの頃の董卓専務が一番マシだった……』と涙を流して復帰を望んでいるのですよ!?」
曹操は必死に縋りついてくる。
すると、その横から深々と頭を下げて一歩前へ出たのは、ベンチャー起業家こと劉備だった。
「董卓専務……私からもお願いいたします。私と関羽、張飛の三人も、義に厚い専務の指導力に心から感服しております。どうか、どうか天下の平定のために、もう一度その卓越したマネジメント能力をお貸しください……!」
「いやいや、劉備くん。君たち『アットホームな社風』が売りだったろ? 自力でスタートアップとして頑張りなよ」
「無理です! 資本金(兵糧)が底をつきかけていて、関羽と張飛にまともな給与(肉)も払えないんです! 専務のところなら、正社員登用で福利厚生もバッチリだと聞きまして……!」
(そっち(求職)の理由かよ!)
見れば、後ろに控える関羽と張飛も、「董卓専務のところで働きたいッス……」「美味しいお肉食べたいッス……」と言いたげな、ウルウルとした瞳で俺を見つめている。
「ちょっと待ったぁぁぁ!!」
そこへ、どすどすと重い足音を響かせて割り込んできたのは、我が軍の最高セキュリティ責任者・呂布だった。
方天画戟を構え、曹操と劉備を鋭い眼光で威嚇する。
「お前ら! 董卓さんにこれ以上の過労(サービス残業)を強いるつもりか! コンプライアンス違反だぞ! 労働基準法(涼州ローカルルール)違反だぞ!」
「り、呂布殿! 落ち着いてください!」
「黙れ! 董卓さんは今、定時退社とワークライフバランスを満喫してるんだ! 都のブラック労働に引き戻そうとする奴らは、この俺がハニートラップごと叩き潰す!!」
「ハニートラップ関係ないだろ!?」と曹操が叫ぶ。
すっかりホワイト社畜として仕上がっている呂布の猛抗議に、曹操も劉備も冷や汗を流して立ち尽くすしかなかった。
◇
「ふぅ……」
冷えた果実酒を一口あおり、俺は必死な顔の曹操と劉備、そして困惑する李儒たちを見回した。
(まいったな……。完全突っぱねてもいいが、このままだと都が自滅して、巡り巡って涼州の物流や経済にも悪影響が出かねん。かといって、俺が都に戻ってまたサービス残業の嵐に巻き込まれるのは絶対に御免だ)
元サラリーマンの脳みそがフル回転する。
都に戻らず、自分は涼州でぬくぬくと隠居(酒池肉林)しつつ、曹操や劉備たちの問題も解決する「カイゼン案」――。
(……あるな。時代を一歩、いや三歩くらい先取りした『組織のカイゼン案』が)
「よし、曹操、劉備。君たちの情熱は分かった」
俺が静かに口を開くと、二人はパッと顔を輝かせた。
「本当ですか!? 都へ戻っていただけるのですか!?」
「いや、戻らない」
「ズコーーッ!?」
見事にずっこける二人に対し、俺はニヤリと不敵な笑みを浮かべて指を突きつけた。
「都には戻らん。だが――『後漢グループ・ホールディングス(持株会社)化』の提案をしてやる」
「ご……ごーるでん……ほーるでぃんぐす……???」
聞き慣れない現代のビジネス用語に、曹操も劉備も、さらには李儒や呂布までもが、ポカンと口を開けて固まるのだった。




