第21話 現場(涼州)に届く「助けてFAX」
俺が涼州へ戻り、適度なワークライフバランスと夜の酒池肉林(ヘルシー焼肉と涼州美女)を満喫し始めて、数ヶ月が過ぎた頃。
平和そのものの俺の日常とは裏腹に、俺という「優秀すぎる現場叩き上げ専務」を失った洛陽の本社(朝廷)は、未曾有の大混乱に陥っていた。
◇
「……えー、本日の朝政(役員会議)ですが、先日の大雨による河川の氾濫対策と、地方からの歳入報告書についてでございます……」
洛陽の宮殿。司徒・王允が重々しく竹簡を開いたが、集まった老害官僚たちの反応は遅かった。
「……うむ。で、その件は誰が決済を押すのだ?」
「前例はどうなっておる? 過去の慣例を調べさせよ」
「しかし、調査には数ヶ月かかりますぞ。もし失敗したら責任は誰が取るのだ?」
「私ではないぞ。太尉殿が引き受けるべきだ」
「なに!? 私は人事担当だ、現場の土木など知らん!」
たらい回し、前例踏襲、責任のなすりつけ合い。
そう、洛陽の朝廷には「誰も責任を取りたくない問題」が深刻化していたのだ。
1周目も含め、これまでは面倒な現場の調整、予算の配分、緊急時の意思決定のすべてを、俺(董卓)が「はいはい、俺の責任でカイゼンするからさっさと動け!」と一手に引き受けていた。
だが、その強烈なリーダーシップを持った専務がイノベーションを起こすこともなく、サクッと早期退職(帰郷)してしまったのだ。
残されたのは、口だけは達者だが実務能力ゼロの老害役員たちと、処理しきれずに積み上がっていく膨大な書類の山(未決済案件)だけだった。
「董卓専務がいいぃぃぃぃぃーーーっ!!」
玉座の上で、少帝(劉弁)が足をバタバタさせてダダをこねた。
「董卓専務は美味しい和菓子をくれて、僕の話もちゃんと聞いてくれて、難しい書類も全部パパッと片付けてくれたのに! 今の爺やたちは『前例が~』とか『責任が~』ばっかりで全然遊んでくれない! 董卓専務を呼んでよぉ!」
「ひ、陛下、お静まりくだされ! 我ら朝廷の重臣が力を合わせれば、このような案件など……」
王允は必死になだめようとしたが、自分の机の上に山高く積まれた「地方の税収不足」「兵糧の輸送トラブル」「道路の補修申請」といった書類の山を目にした瞬間、思考が完全にフリーズした。
(……分からん。現場の数字が、何一つ分からん……! 董卓の奴は、一体どうやってこれを一日で処理していたのだ……!?)
王允たちの顔から、サーッと血の気が引いていった。
自分たちが追い落とそうとしていた「涼州の野蛮人」こそが、この巨大な国家組織を回していた唯一の「超・有能システム」だったという恐ろしい現実に、今さら気づいたのだ。
朝廷の機能は、完全に麻痺した。
◇
――そして、数日後。
涼州の俺の居城。
爽やかな秋晴れの中、庭で美味い羊肉を焼きながら美女たちと歓談していた俺のもとへ、李儒が顔を引きつらせながら大量の木簡(手紙)を抱えてやってきた。
「……董公。また洛陽から届きましたぞ」
「ん? なんだそれ。また袁紹あたりの苦情か?」
「いえ……朝廷の王允殿や文官たち、さらには少帝陛下からの『緊急要請(助けてFAX)』にございます」
李儒が差し出してきた木簡を開くと、そこには切実すぎる文字が並んでいた。
『董卓専務へ。申し訳ありませんでした。前言撤回します。書類が山積みで誰もハンコを押せません。お願いですから至急、相国(CEO)として都へ戻ってきてください。給料は今の三倍出します。王允より』
『董卓専務! 爺やたちが使えないの! 早く戻ってきて一緒にお菓子食べて! 少帝より』
俺は木簡をサッと閉じると、冷めたお茶を一口すすった。
(行くわけねぇだろ、バカか)
「李儒」
「ハッ」
「『現在、現場のカイゼン業務で多忙につき、都への復職(出張)は不可能です。案件の決済については【前例にとらわれず、現場の判断でよしなにやってください】』って返信しておけ」
「は、ははっ……承知いたしました」
責任を恐れて何も決められない老害役員たちに「現場の判断でやれ」と丸投げし返す。これ以上の地獄の仕打ちはないだろう。
(ふー、危ない危ない。せっかく早期退職してホワイトなセカンドライフを送ってるのに、またサービス残業の嵐に巻き込まれるところだったぜ……)
「さあさあ、お肉が焼き上がりましたわよ、董卓様~!」
「おお、いただくよ! ガハハ!」
都の悲鳴を遠くの他人事のように聞き流しながら、俺は今日も今日とて、平和な涼州で最高の酒池肉林を満喫するのだった。




