第20話 アーリーリタイアメントと、未知なる世界
反董卓連合軍は、戦うことなく自然消滅した。
大義名分を失った諸侯たちは「ただの営業妨害クレーマー」のレッテルを貼られることを恐れ、コソコソと自分の領地へ逃げ帰っていったのだ。
思惑通り、完全に勝った。
……だが、ここで俺のサラリーマンとしての「リスク管理センサー」が激しく警報を鳴らし始めた。
(……待てよ。このまま洛陽の本社(朝廷)に居座り続けたら、どうなる……?)
今は「ホワイト専務」として少帝(若社長)に懐かれているが、都という場所は魔境だ。
居続ければ、どのみち王允のような「旧体制の老害役員」が裏でハニートラップ(貂蝉)や暗殺のフラグを次々と立ててくるに決まっている。
トラブルの芽は、生える前に摘むのが鉄則だ。
そして何より――俺にはもう、本社の過酷な社内政治で消耗する気なんてサラサラなかった。
「よし、帰ろう」
「……は? 帰る、とはどちらへでございますか、董公?」
目を丸くする李儒に、俺はあっさりと告げた。
「涼州だよ、涼州。現場(実家)に帰るんだよ」
早期退職の決断である。
朝廷の実務は、実績のある文官たちに適当に引き継ぎの引き継ぎ(タスク移管)を行い、俺は少帝に「専務、ちょっと現場の視察に行ってきますね」と軽めの有給申請を提出。
「じゃあね~! あとはよろしく!」
俺は李儒と、元々涼州から連れてきていた身内(生え抜き)の西涼軍団だけを引き連れて、さっさと洛陽を後にしたのだった。
◇
涼州への帰還は、まさに大名行列だった。
1周目の記憶では、俺は「都を焼き払った最悪の暴君」として追われるように長安へ逃げ延びた。
だが今回は違う。
都の諸悪の根源であった宦官(十常侍)を一掃し、幼い皇帝を護衛して朝廷の業務フローを劇的にカイゼンし、見事ホワイト企業へと立て直した「後漢王朝の救世主」――。
そんな圧倒的な超・高評価の広報(PR)が流れていたおかげで、故郷・涼州の民や兵士たちは、地響きのような大歓声で俺を出迎えてくれたのだ。
「董卓様万歳! 朝廷を救った英雄の帰還だ!!」
正式に「涼州刺史(知事)」のポストに就任した俺は、悠々自適の第二の人生をスタートさせた。
朝は適度に現場を巡回し、兵士たちの労務環境を整え、夕方には定時で退社。
そして夜になれば――待望の「酒池肉林」の始まりだ!
「董卓様ぁ~、お肉焼き上がりましたわ~」
「おお、ありがとよ! ガハハ!」
目の前には、地元・涼州で採れた最高の肉と酒。
そして何より、1周目で心から求めていた、健康的に引き締まりつつも包容力抜群な「ぽっちゃり巨乳の涼州美女たち」に囲まれるパラダイス!
(……くぅぅぅっ!! 最高だ!! 涼州美女はやっぱり最高なんだよ!!)
もちろん、昼間からダラダラやるようなバカな真似はしない。
あくまで「夜の健全なプライベートタイム」としての酒池肉林だ。
メリハリのあるワークライフバランスこそが、健康と長寿のヒミツなのである。
(勝った……! 2周目にして、俺は完璧な勝利を掴み取ったんだ……!)
最高級の肉を頬張り、美女に酒を注がれながら、俺は至福の笑みを浮かべていた。
――しかし。
この時の俺は、まったく気づいていなかったのだ。
俺が1周目の知識(史実データ)を使って歴史のフラグを折りまくり、早期退職して涼州へ引きこもってしまったせいで――「この世界の史実データ」が、すでに何一つ役に立たなくなっているという恐ろしい事実に。
洛陽に残された曹操や袁紹、そして劉備たちが、俺という「共通の敵」を失ったことで、史実とはまったく違う異常な暴走を始めようとしていることを、俺はまだ何も知らなかった。




