第2話 現場改善は、言った通り動く奴がいるだけで天国である
目を覚まして、自分が董卓になっていると知った時の歓喜は一瞬で吹き飛んだ。
俺が転生したのは、洛陽で美女を侍らせて贅沢三昧している「完成された董卓」ではなかった。
西暦184年――黄巾の乱の真っ只中。
冀州にて張角率いる黄巾軍と戦い、無残に大敗を喫して免職・解任を通達された直後の、どん底の董卓だったのだ。
「……なぁ、これで全軍か?」
陣幕の外に広がる光景を見渡し、俺は思わず頭を抱えた。
そこにあったのは、軍隊とは名ばかりの「大惨事」だった。
敗走してきた兵たちは地面に座り込んで泥にまみれ、怪我人は放置され、武器や糧食はそこら中に散乱している。
どこに誰が何人いて、食料が何日分残っているのかすら、誰も把握していない。
「董公! 朝廷からの使者が参り、敗戦の責任を問うて解任と処罰を通達していきました! もはや我らは終わりです!」
武将の一人が泣きついてくる。
普通なら絶望するところだろう。
だが、俺の職務経歴がそれを許さなかった。
(……待てよ? これ、工場で言う『ライン停止級の設備トラブル+在庫データ全滅+現場パニック』の状況と同じじゃないか?)
そう思った瞬間、身体に染みついた「改善癖」が勝手に脳のスイッチを入れた。
「泣くな、騒ぐな! 全員集まれ!」
俺は大声で喝を入れた。
酒池肉林はおあずけだ。まずはこの崩壊した現場を「まともな状態」に戻さなければ、改善以前に野党か黄巾の残党に撃ち取られて終わる。
俺はまず、工場勤務時代に培った『5S(整理・整頓・清掃・衛生・しつけ)』と『可視化』を徹底することにした。
「おい、お前! 怪我人を一箇所に集めて衛生兵(傷の手当てができる奴)をつけろ! 使えそうな武器と壊れた武器を分別! 食糧庫の俵を全部数えて看板立てろ! 1部隊50人単位で再編成して、班長を決めろ!」
矢継ぎ早に指示を飛ばす。
すると、驚くべきことが起きた。
指示された武将や兵たちが、「ハッ!」と威勢よく返事をし、一目散に走り出して完璧に指示通り動いたのだ。
「……えっ?」
俺は茫然とした。
現代の工場ならどうだ?
「それ私の担当じゃないです」と文句を言う若手。
「昔からこのやり方でやってるから」と指示を無視する頑固なベテラン。
「で、それって何のメリットがあるんですか?」と会議で突っ込んでくる意識高い系。
そんな面倒くさいプロセスが、一切存在しない。
なにせ俺は全軍の絶対的トップ、董卓だ。逆らえば首が飛ぶ世界である。
(な、なんだこれ……! 全員が指示通りに動く……!? 現代の改善活動より、はるかに楽じゃないか!!)
言うことを聞く人間しかいない職場。それは、改善を担当するサラリーマンにとって、まさに「天国」だった。
俺のノリノリの指揮のもと、陣営の改善は爆速で進んだ。
導線を整理して資材の無駄な移動を削減し、人員配置を適材適所に再編。たった数日のうちに、散々だった敗残兵の集団は、見違えるような精鋭部隊へと整え直されたのだった。
「よし……いいぞ!」
綺麗に整理整頓された兵舎と、キリッと整列する兵たちを見て、俺は満足のいく笑みを浮かべた。
だが、ここでひとつ問題がある。
俺はあくまで現場のオペレーションが得意な叩き上げだ。書類仕事や朝廷とのタヌキ合い、全体的な事務作業まで全部自分でやる気はない。
(俺は酒池肉林をするために転生したんだ。現場がある程度勝手に回る仕組み(仕組み化)を作って、任せられる優秀なやつに投げないと意味がない!)
俺はすぐに、陣中にいた優秀な文官を呼び寄せた。
男の名は、李儒。
痩せ型で神経質そうな眼鏡(はかけていないが、そんな雰囲気の)知性派の男だ。史実では董卓の参謀として悪名を馳せる男だが、今はまだ一若手文官に過ぎない。
「李儒と言ったな。今日からお前を我が軍の総務・管理責任者に任命する」
「……は? わ、私がでございますか? 董公、私はまだ若輩の身……」
「能書きはいい! この『在庫管理表』と『人員配置図』、それと『標準作業手順書』だ。これ通りに軍の事務を回せ。報告・連絡・相談を怠るなよ!」
ドサッと羊皮紙の束を押し付けると、李儒はそこに書かれた緻密な管理システムを見て、目を見開いた。
「こ、これは……! なんという整然とした管理手法……! 董公、あなたはこれほどの軍略と組織運営の才をお持ちだったのですか!?」
「まあな。じゃ、あとは頼んだぞ!」
こうして俺は、現場の立て直しと管理職の育成(丸投げ)を完遂した。
(よし……これで面倒な現場の仕事は李儒がやってくれる。今度こそ、念願の酒と美女を集めて酒池肉林だ!!)
俺が勝利を確信して鼻歌交じりに陣幕へ戻ろうとした、その時だった。
「董公ーッ! 大変でございます!!」
またしても武将が飛び込んできた。
……嫌な予感しかしない。




