第1話 董卓に転生した俺、まず目指すは酒池肉林
三国志が好きだ。
特に魏が好きで、休日には『三国志演義』や正史を読み返し、ゲームでも何度も天下統一を果たしてきた。
そんな俺が、唯一納得いかなかった人物がいる。
――董卓。
後漢末期に洛陽へ乗り込み、幼い皇帝をすげ替え、やりたい放題。
美女を集め、贅沢三昧。
酒池肉林の限りを尽くした挙句、最後は養子の呂布に討たれて終わる歴史的暴君だ。
「いや、本当にそんな夢みたいな生活できるのか?」
歴史書を読むたび、俺はそんなことばかり考えていた。
もちろん董卓みたいな最期は御免だが……。
「一週間だけでいいから、あの贅沢を体験してみたいよな」
そんなくだらない妄想をしながら、俺は今日も工場へ向かう。
俺は大手企業の子会社に勤める、ごく普通の工場勤務サラリーマン。
役職はない。平社員だ。
だが、現場では「何でも屋」として使い倒されていた。
機械の段取り替えから設備トラブルの緊急対応。
在庫管理、品質管理、果ては改善活動の取りまとめに新人教育まで押し付けられる始末。
「せめて役職手当くらいつけてくれよ……」
ため息まじりに仕事を終え、自宅へ帰る。
夕食をつつきながら缶ビールを一本空け、いつものように動画サイトで三国志の解説動画を流した。
『――こうして、暴君・董卓は酒池肉林を極め……』
「いいなぁ、酒池肉林」
俺はふふっと笑いながら布団へ潜り込んだ。
「もし董卓になれたら、一週間くらい遊んで暮らすんだけどな……」
呟きを残し、俺の意識は深い闇へと沈んでいった。
◇
――暑い。
目を覚ますと、そこは見慣れない天井だった。
立派な木組みの梁に、重厚な天蓋付きの寝台。
部屋の隅では、見たこともない衣装を着た美しい女性たちが数人、身を縮めて頭を下げている。
「……え?」
「旦那様、お目覚めでございますか」
ダンナサマ?
何を言っているんだ。俺は独身だぞ。
慌てて起き上がると、視界に入った自分の腕に絶句した。
丸太のように太く、逞しく、日に焼けた腕。そして見事な太鼓腹。
弾かれるように跳ね起き、近くにあった青銅の鏡を覗き込む。
そこに映っていたのは――
黒々とした立派な髭を蓄えた、眼光鋭い大柄な中年男の顔だった。
「……誰だこれ!?」
いや、知っている。
三国志オタクの俺が、この顔を知らないはずがない。
「まさか、な……」
絶句する俺のもとへ、部屋の外から鎧を着た男が慌ただしく駆け込んできた。
「董公! 朝議のお時間でございます!」
――トウコウ。
その一言で、すべてが繋がった。
俺は、董卓に転生したのだ。
次の瞬間、俺の口元は緩み、両拳を力強く握りしめていた。
「董卓か……! よっしゃぁぁぁっ!! これで美女に囲まれて酒池肉林だ!!」
突然叫び出した俺に、侍女たちは怯えて目を丸くし、武将も「ついに頭がおかしくなったか」と言わんばかりに呆然としている。
だが、そんな視線はどうでもいい!
歴史がどうとか、最期がどうとか知ったことか。
せっかく暴君になれたのだ。好き勝手に生きてやる。
美味い酒を飲み、馳走を食らい、美女と戯れて暮らす最高のニート生活(皇帝付き)を送ってやる――!
このときの俺は、まだ知らなかった。
董卓軍の内情が、現代のブラック工場すら天国に見えるレベルで崩壊した「超絶劣悪な職場環境」だったことを。
そしてその惨状を目にした瞬間、長年の工場勤務で身体に染みついた「現場改善癖」が勝手に発動し、酒池肉林どころか怒涛の業務改善の日々が始まることを――。




