第17話 夢の終わり、そして……
どれだけ俺が警戒し、距離を置こうとも、歴史の修正力というものは恐ろしいほど正確に機能した。
貂蝉は、俺ではなく呂布をターゲットに絞ったのだ。
王允の手回しによって呂布と接触した彼女は、その絶世の美貌と涙を武器に、若き最強の武将をやすやすと篭絡した。
『董卓様さえいなくなれば、私はあなたのものになれますわ……』
そんな露骨な甘言に、恋愛経験の乏しい呂布はコロリと騙されたらしい。自分を殺せば女が手に入る――そう吹き込まれたのだ。
裏で糸を引いているのが王允であることくらい、歴史を知る俺には聞くまでもなくお見通しだった。
「王允。ちょっと面を貸せ」
俺は執務室に王允を呼び出した。
「は、はっ……相国様、何かご用でございましょうか?」
どこまでも恭しく頭を下げる王允を見下ろし、俺はストレートに切り出した。
「あの女使って、俺を殺す気だろ?」
「……っ!?」
王允の身体が一瞬、びくりと跳ね上がった。
顔から一気に血の気が引き、目を見開いて固まっている。このタイミングで、まさか董卓がすべての仕掛けを見破っているなど、夢にも思っていなかったのだろう。
「い、いえ……何をおっしゃいますか相国様! 滅相もございません、この王允、ただただ朝廷のために――」
「奉先! いるか!」
俺は王允の白々しい言い訳を遮り、幕の外へ向かって声を張った。
重い足音が近づき、幕が跳ね上げられる。
現れた呂布は――その腕に、しなだれかかる貂蝉をしっかりと抱きかかえていた。
「……悪ぃな、董卓さん。惚れた女の頼みなんでね」
(……やっぱりな)
呂布の瞳には、かつて見せたことのない冷たく鋭い光が宿っていた。
話を聞き入れた時には手遅れ。いくら社用車(赤兎馬)を買い与え、美味い肉を食わせ、愚痴を聞いてやったところで、「惚れた女」のパワーには勝てなかったのだ。
呂布の手元で、陽光を反射した方天画戟の刃が、ギラリと眩しく光った。
閃光が一閃。首筋に冷たい痛みが走った――。
◇
「……っ!?」
はっと息を呑んで目を覚ました。
視界に飛び込んできたのは、見慣れた四畳半の自室の天井。
額にはじっとりと冷や汗が滲み、心臓がバクバクと激しく脈打っている。
慌てて自分の身体を触る。
首はつながっているし、戟で貫かれた痕もない。
「はぁ……はぁ……夢、か……。なんて夢だったんだ……」
時計を見ると、休日の午後三時。
どうやら俺は、日曜の午後にこたつでうたた寝をしていたらしい。
ふと視線を落とすと、つけっぱなしになっていたテレビ画面には、起動したまま放置されていた『三国志』のゲームが映し出されていた。
画面の真ん中には、ギラギラとした目つきの「董卓」の顔グラフィック。
(お前……実は……本当はこういう奴じゃなかったんだな)
歴史に悪名を刻まれた暴君。
だが、実際にその身になってみれば、ただ現場のトラブルに振り回され、本社のドロドロした社内政治に巻き込まれ、組織をなんとかカイゼンしようと必死に足掻いていただけの、哀しいサラリーマンだったのかもしれない。
冷や汗を拭い、俺は脱力しながら天井を仰いだ。
(……ああ、本当に夢でよかった。もうあんな命がけの社内政治なんてごめんだぜ……)
強烈な安堵感に包まれ、俺はそのまま再びまぶたを閉じた。
――だが。




