第15話 史実の修正力と、迫り来る「最悪」の影
虎牢関に押し寄せてきた連合軍の怒濤の攻勢を、前線でガッチリと食い止めたのは、やはりあの男だった。
赤兎馬に跨がり、縦横無尽に敵陣を蹴散らしてきた呂布が、汗拭き手ぬぐいを首にかけながら陣幕へと戻ってきた。
「ふぅ……まあ、何人か骨のある奴が混じってましたね」
「そうか。お疲れさん、奉先」
(骨のある奴……たぶん、あの劉備三兄弟のことだろうな……)
武力100の呂布と互角に渡り合ったという怪物の存在を思い浮かべながら、俺は次の指示を出した。
「一度、洛陽へ撤退するぞ」
「え? ここで抑え込んでるのに退くんですか?」
不思議そうに首をかしげる呂布に、俺は説明した。
「連合軍の足並みはもう乱れ始めてる。あいつら、一枚岩じゃないからな。自滅を待つのが一番だ。それに、攻め込むより洛陽の防衛線を固める方がコストもリスクもかからん」
会社で言えば、泥沼の不毛な価格競争から一旦引き上げ、自社の強固なシェアを維持する戦略だ。
◇
洛陽に戻った俺は、迎撃態勢を整えた。
ここからは、俺の元サラリーマンとしての「戦術的勝利」の連続だった。
まず、河陽津の戦い。
俺は陽動作戦を展開し、敵の意図を完全に裏をかいて、泰山の精兵を率いる強敵・王匡の軍勢を叩き潰した。
さらに、有能な生え抜き将軍である徐栄を派遣。
滎陽汴水の戦いでは、功名心に走って突撃してきたあの曹操や鮑信らを大いに破り、重傷を負わせて撤退させた。続いて梁県の戦いでも、「江東の虎」と恐れられた孫堅の軍を完膚なきまでに打ち破ったのだ。
(よし……! 勝ててる! 連合軍なんて恐るるに足らずだ!)
自軍の連続勝利に、俺は胸を撫で下ろした。
このまま連勝を重ねて相手の戦意をくじけば、連合軍は自然瓦解する。歴史の「長安遷都」という大移動を避けられるかもしれない――そんな希望が脳裏をよぎった。
……だが。
歴史の修正力というものは、あまりにも残酷だった。
◇
孫堅軍の巻き返しに対し、俺は胡軫と呂布を主力とした軍を派遣した。
勝てるはずだった。
なにしろ武力トップクラスの二人だ。
ところが――。
「申……申し訳ございません! 胡軫様と呂布様の仲が折り合わず、軍が大混乱に陥り……!」
敗残兵がもたらした報告に、俺は耳を疑った。
現場での意見対立と内部不和。典型的なマネジメント失敗による大敗だった。
しかも、その混乱の最中、我が軍の頼みの綱であった猛将・華雄が、敵陣から現れた関羽という男によって一閃のもとに討ち取られたというのだ。
(マジかよ……なんでそこで内輪もめするんだよあいつら……!)
前線が決壊し、孫堅軍が怒濤の勢いで洛陽へと迫ってくる。
もはや洛陽の維持は不可能ですった。
「長安へ撤退(遷都)だ……! 全軍、荷物をまとめろ!」
俺は苦渋の決断を下し、長安への大移動を開始した。
だが、撤退のその夜。
混乱する洛陽の市街地で、激しい戦闘が巻き起こった。孫堅軍の追撃を防ぐための攻防の中で、誰かが放った火矢が、木造の建造物に次々と引火していったのだ。
折からの強風にあおられ、炎は瞬く間に広がり、歴史ある洛陽の街並みを赤く染め上げていく。
激しく燃え盛る洛陽の都を、長安へ向かう馬車の中から振り返った俺は、絶望で顔を蒼白にさせた。
(ああ……俺、何も指示してないのに……! 火なんか放ってないのに……!)
歴史書にはこう書かれるのだ。
『悪逆無道の暴君・董卓、洛陽に火を放ち、都を焼き尽くす』と。
自分がやったわけでもないのに、完璧に「最悪の罪」の犯人に仕立て上げられていく恐怖。
(ああ……これ、絶対俺やばい……マジで死ぬ……!!)
夜空を焦がす炎を見つめながら、俺は迫り来る死の足音に、ガタガタと震えを止めることができなかった。




