第13話 理想と現実の酒池肉林、そして迫り来る死亡フラグ
少帝を廃し、何太后を排除し、朝廷の絶対権力者となった俺。
歴史の知識通りなら、ここからは豪奢な宮殿で欲望の限りを尽くす「酒池肉林」の黄金時代……のはずだった。
……だったのだが。
(……はぁぁぁぁぁ……)
俺は豪華な玉座に深く身を沈め、大きなため息をついた。
目の前には、最高の料理人と最高級の酒がズラリと並んでいる。
これに関しては文句はない。
毎日が焼肉パーティー状態だ。
問題は……「肉林」のもう一つの要素、つまり女である。
気気を利かせた部下たちが、洛陽の都から選りすぐりの美女たちを集めて献上してくれたのだが……どうにもテンションが上がらない。
(違う……俺の好みと全然違うんだよ……!)
中原(都周辺)の洗練された美女たちは、みんな華奢で線が細く、守ってあげたくなるようなタイプばかり。
そして、肝心の胸も控えめ(小ぶり)なのだ。
元サラリーマンであり、長年現場で叩き上げられてきた俺の好みは、もっとこう……健康的で、適度に肉付きが良く、包容力のある圧倒的な巨乳の涼州美女なのだ!
現代の巨乳グラビアアイドルみたいな女が涼州美女には多かった。
(ああ……涼州から一緒に連れてきたあのぽっちゃり系の姉ちゃんたち、恋しいなぁ……)
だが、悲しいかな。
現場のカイゼンと福利厚生を第一に考える俺は、涼州から引き連れてきた美女たちのほとんどを、連日の行軍で頑張ってくれた兵士たちの「嫁」として配分してしまっていたのだ。
部下の家庭の幸せを奪ってまで「俺の愛人に戻れ」なんて呼び出せるわけがない。
そんなことをしたら現場のモチベーションがダウナーになってしまう。
結局、俺は毎晩のように呂布を自室に呼び出し、男二人で酒を汲み交わし、ひたすら肉を喰らうだけの日々を送っていた。
「董卓さん! 今夜の肉も美味いですね! ガハハ!」
「……おう、食え食え。いっぱい食えよ奉先……(はぁ)」
呂布は高級車(赤兎馬)と美味い肉で大満足のご様子だが、俺の夜の生活はまるで恵まれない。
歴史書に書かれた「酒池肉林で欲望のままに耽溺した暴君・董卓」のイメージとは、あまりにもかけ離れた地味で寂しい現実だった。
◇
そんな俺の気知らずなテンションの低さを、例によって家臣(主に李儒)が「董公はまだ満足されていない!」と壮絶に勘違いした。
「董公! 朗報にございます!」
ある日、満面の笑みで幕舎に飛び込んできた李儒が、ものすごい特権の数々を提示してきた。
「この度、董公には人臣を極める最高位『相国』の位に就いていただきます! さらに特例として、朝廷において『靴を履いたまま昇殿』し、『剣を帯びたままの参列』を許され、さらには『うつむいて小走りで進む必要はなく、ゆったり歩いてよい』という、破格の特権(剣履上殿・入朝不趨)が下されましたぞ!」
得意げに胸を張る李儒。
(……いや、何その『靴を履いたまま入室OK』みたいなオフィスルール!?)
現代で言えば「社長室に土足で入っていいし、腰にナイフ差しててもいいし、廊下をドタドタ歩かなくていいよ」という謎のVIP優遇制度である。
だが、歴史オタクの俺は、この言葉を聞いた瞬間に背筋が凍りついた。
(待て……相国……剣履上殿……入朝不趨……これ、歴史書で董卓が死亡フラグを立てまくってた時期のドンピシャのムーブじゃないか……!?)
ヤバい。あまりにもヤバい。
ゲーム感覚で「まあ歴史通りに進んでるな」と高くくっていたが、このペースで歴史が進行したら、俺はあと数年で王允や呂布に裏切られて暗殺される計算になる!
(マジでこのままだと、あと数年で死んでしまう……どうしよう!!)
強烈な死の恐怖が、一気に脳汁を突き抜けた。
夢だ、ゲームだと思って現実逃避していたが、首を斬られた丁原の生々しい血の匂いは本物だったのだ。もし自分が殺されたら、その「痛み」も本物なんじゃないのか……!?
死亡フラグを折らなきゃいけない。歴史を変えなきゃいけない。
焦る俺の頭の中で、必死に「生き残るための生存戦略」の思考が高速回転を始める。
――だが。
(……ダメだ。歴史の流れに抗うアイデアが、何一つ思いつかない……!)
歴史のうねりはあまりにも巨大すぎた。
反董卓連合軍の結成、洛陽の炎上、長安への遷都……これから巻き起こる怒濤の悲劇を回避するための具体的な裏技なんて、ただの元サラリーマンの俺には何も思い浮かばなかったのだ。
最高の地位(相国)と特権を手に入れながら、俺は冷たい冷汗をダラダラと流し、刻一刻と迫る「寿命のタイムリミット」に絶望するしかなかった。




