第11話 最凶のヘッドハンティングと、画面の向こう側の現実
それからというもの、呂布は頻繁に俺の幕舎へと足を運ぶようになった。
最初は愚痴をこぼしに来るだけだったが、俺が「うんうん」と話を聞き、美味い酒と肉を振る舞い、労務環境のカイゼン(福利厚生)について熱く語るものだから、すっかり居心地が良くなってしまったらしい。
そして、ついにその日がやってきた。
「董卓様……! 俺、もうあの頭の固い親父(丁原)の下で働くのは限界です! 俺を董卓様の軍に加えてください!」
目を輝かせて直訴してくる呂布。
いわゆる「他社からの自発的な転職希望」だ。武力100の超優秀な人材が向こうから転がり込んでくるのだから、経営者としては願ったり叶ったりである。
「よし分かった! じゃあ俺が直々に丁原殿のところへ行って、角が立たないように円満移籍の交渉をしてきてやるよ」
サラリーマンの基本は、円満退社と穏便な引き抜き交渉だ。
俺は呂布を連れ、丁原の陣営へと出向いた。
◇
「何だとッ!?」
通された陣幕の中、執金吾・丁原は机を叩いて立ち上がり、顔を真っ赤にして怒声を上げた。
「いやぁ、丁原殿。そう怒らずに話を聞いてくださいよ」
俺は笑顔を崩さず、マイルドなトーンで交渉を試みる。
「我が軍の拡大に伴いましてね、ぜひとも呂布殿の卓越した武勇を我が社……いや、我が軍で活かしていただきたいと思いまして。移籍金(恩賞)の準備も十分にしておりますので、何卒ご検討を――」
「戯けが! 奉先は私の養子であり、我が軍の要だ! 貴様のような無知蒙昧な涼州の田舎者に引き渡せるか! だめだ、絶対にだめだ!!」
取り付く島もない拒絶。
「まあ、他社のエースを引き抜こうとしてるんだから、そりゃ第一声はそうなるよな……」と俺が次のネゴシエーション(条件提示)を考えようとした、その瞬間だった。
――シュッ。
鈍い風切り音が一つ。
「え?」と俺が声を漏らす間すらなかった。
隣に立っていた呂布が、静かに腰の方天画戟を一閃させていたのだ。
ドサリ。
次の瞬間、さっきまで怒鳴っていた丁原の頭部が床に転がり、首から大量の血が噴き出した。
「……は?」
あまりに唐突で、あまりに一瞬の出来事。
転がった首の目が、まだ信じられないというように見開かれている。
血塗られた大戟を構えたまま、呂布は吐き捨てるように呟いた。
「……承諾していれば、命は助けたのになぁ」
その声には、情も葛藤も一切なかった。ただ「邪魔な障害物を除けた」とでも言いたげな、冷酷な平熱のトーン。
俺の全身の毛穴という毛穴から、一気に冷や汗が噴き出した。
(う、うわああああああっっ!!??)
心の中では、喉が千切れるほどの悲鳴を上げていた。
首が飛んだ。人間が、目の前で、会話の途中で首を刎ねられたのだ。生臭い血の匂いが鼻を突く。現代日本の工場なら、即座に全社ストップ&労働基準監督署と警察が殴り込んでくるレベルの超大惨事である。
だが――俺は、表面上は奇跡的に「無表情」を保っていた。
(落ち着け……落ち着け俺……! これはゲームだ……フルVRの超リアルな夢なんだ……! 三国志演義のイベントシーンを特等席で見ているだけなんだ……!)
「どうせ夢」「フルCGのリアルゲーム」という強烈な現実逃避の自己暗示。
それだけが、俺の精神(正気)をギリギリのところで繋ぎ止めていた。もしこれが「本物の現実」だと直感してしまっていたら、その場で腰を抜かして泡を吹いて倒れていただろう。
◇
「……見事な手際だな、呂布殿」
俺は震える声を必死に抑え込み、平然を装って重厚に頷いて見せた。
「はっ! 今日よりこの呂布奉先、董卓様のためにその命を捧げます!」
丁原の首を掲げた呂布が、その場に膝をついて恭順の意を示す。
トップを失った丁原の軍勢は、主犯である呂布がそのまま寝返ったこともあり、大きな混乱を起こすことなくあっさりと俺の傘下へ引き取られた。
こうして俺は、洛陽周辺の軍事力をほぼ独占・吸収し、名実ともに朝廷の絶対的な支配者となったのだった。
(……はぁぁぁ……死ぬかと思った……。何が『円満移籍』だよ、この時代の転職活動リスク高すぎだろ……!)
自室に戻った瞬間、俺はへたり込むように豪華な椅子へ倒れ込んだ。
最強の部下(呂布)と、膨大な追加の兵力をゲットしたというのに、俺の胃袋はストレスでキリキリと痛み始めていた。
暴君・董卓としての「本当の地獄」は、ここからが本番だったのだ。




