第10話 最狂のトラブルシューターと、社用車(赤兎馬)によるヘッドハンティング
洛陽へ入城した後の展開は、まさに怒濤の勢いだった。
殺害された大将軍・何進の残存部隊や、混迷を極めていた朝廷の軍勢を、俺は現場改善のスキルを駆使して速やかに統合・再編した。
圧倒的な軍事力を背景に、俺は実質的な朝廷の最高権力者へと躍り出たのだ。
……だが、どこに行っても「現場を知らない同業他社の役員」というのは存在する。
「董卓殿! 噂には聞いておったが、貴殿の率いる涼州兵は気性が荒く、都の治安を脅かす存在だ! ただちに軍を市外へ退げられよ!」
同じく何進の呼び出しに応じて洛陽近郊に駐屯していた執金吾(今で言う警視総監)――丁原である。
「いやぁ、お言葉ですが丁原殿。急な遠征で兵たちも疲弊しておりましてね。適度な息抜きも業務効率には必要なんですよ。それに、統制ならちゃんと取れておりますが?」
面倒臭いなあと思いながらも、俺は大人しく話を聞くだけ聞いて適当にいなしていた。
ベテランサラリーマンの基本は、相手の言い分を一旦「受容」するフリをすることだ。
しかし、俺の目の届かないところで、我が軍の「デキすぎる参謀」が裏で動いてしまっていた。
「……丁原を始末しようとしただと!?」
幕舎で李儒から報告を受けた俺は、思わず素で驚愕した。
「ハッ。朝廷の安定と董公の権力を盤石にするため、暗殺者を放ちましたが……失敗いたしました。丁原の部下に『呂布』という武勇に秀でた男がおり、刺客は返り討ちに遭いました」
(おいおいおい! 勝手に他社のトップを暗殺しようとするなよ! コンプライアンス(法令遵守)どうなってんだこの時代!!)
案の定、激怒した超・危険人物が、直接俺のもとへ殴り込んできた。
◇
「董卓ッ! 我が義父・丁原様を狙うとはいい度胸だ! この呂布奉先が引導を渡してやる!!」
幕舎の陣幕を切り裂いて乱入してきたのは、身の丈八尺を超える巨漢の若者だった。
鋭い眼光、全身から溢れ出る圧倒的な威圧感。
まさに『三国志最強の武将』の異名は伊達じゃない。
周りの護衛たちが恐怖でガタガタと震えている。
だが、三国志オタクの俺は、彼が「丁原の養子」であることを当然知っていた。
そして、彼がどれほど単純で、そして「正当な評価(報酬)」に飢えているかも。
「まあまあ、落ち着けって呂布くん」
「なに……!?」
「刺客の件は完全にうちの部下の暴走だ。申し訳なかった。……ところでさ、君、いい馬探してるって聞いたんだけど」
俺はパンパンと手を叩いた。
部下が引いてきたのは、全身が血のように赤く、一日に千里を走ると言われる伝説の名馬――赤兎馬だ。
「なっ……これは……最高の馬……!?」
「赤兎馬っていうんだけどね。俺のなんだけど、君みたいな超優秀な人材にこそお似合いだと思うんだよ。怒りを納めてくれるなら、これ、君にあげるよ」
「……マ、マジですか……!? こんな凄い馬を、俺に……!?」
さっきまでの鬼のような形相はどこへやら、呂布の目が少年のように輝き出した。
「ああ、持っていっていいよ。君の武勇には前々から注目してたんだ。またいつでも遊びに来なよ」
「は、ははっ! 恩に着ます、董卓様!!」
先ほどまでの殺気はどこへ行ったのやら、呂布はホクホク顔で赤兎馬の手綱を引き、ルンルン気分で帰っていった。
呆然と立ち尽くす李儒に、俺は肩をすくめて見せた。
(な? 武力100の猛者だって、適切なインセンティブ(報酬)を与えれば一発で解決するんだよ)
◇
それからというもの。
赤兎馬(高級車)一発で完全に胃袋ならぬ「心を掴まれた」呂布は、何かにつけて俺の陣幕へ遊びに来るようになった。
「いやー、董卓様。聞いてくださいよ。うちの親父(丁原)がさ、本当にうるさいんですよ。細かい書類の記述がどうとか、礼儀がどうとか……」
酒の盃を傾けながら、愚痴をこぼす呂布。
すっかり「会社の理不尽な上司にブチギレている若手社員」の顔になっている。
「まあまあ。固い親父さんだけどさ、一応あっちは執金吾(警視総監)だからね。立場上、厳しく言わざるを得ないんじゃないの?」
俺は焼き肉を皿に盛ってやりながら、親身になって話を聞いてやった(傾聴ボランティア)。
「それに比べてさぁ……董卓様のところの兵士は、そこまで酷くないんですよね」
呂布がしみじみと呟く。
「うちの親父は『涼州兵は荒い』とか悪口言ってますけど、現場を見たらちゃんと統制取れてるし、シフト管理もできてる。それに……その、兵士たちにちゃんと『女』もあてがってやってるじゃないですか。うちの陣営なんて、規律規律で息が詰まりそうですよ」
「まあね。現場のモチベーション管理(福利厚生)は基本だからねぇ」
俺はニコニコしながら酒を注いでやった。
現代のブラック工場で鍛え上げられた俺の「労務管理」と「愚痴聞きスキル」が、まさか三国志最強のモンスター新人を完全に骨抜きにしているとは。
暗殺なんて物騒なことをしなくても、勝手に相手の組織が内側から崩壊していく足音が、確かに聞こえていたのだった。




