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選ばなかったほうの恋物語〜婚約解消のその後で〜  作者: 肺魚


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第4話 学園生活と、小さな違和感

 十五歳になった。今年はいよいよ、乙女ゲームの舞台となる学園入学だ。これまで、ゲーム通りにならないように選択を重ねてきた私だが、やはり不安はある。よく前世で読んでいた転生もののように、物語の強制力とか、そういったものがないといいんだけど。

 王都の専門店で仕立てた制服が届いて、私はそれを試着しながらそんなことを考える。鏡に映るのは、髪型こそ少し違うものの、乙女ゲーム『花咲く恋の輪舞曲(ロンド)』のヒロイン・ソフィアそのものだ。

 学園入学まであと、一週間。私は改めて、鍵付きの日記帳に書いた、乙女ゲームの内容を読み返す。少し記憶が擦り切れてきていたから、子供の頃に覚えていたことを書き残していたのは、我ながら良いアイデアだったと思う。

 『花咲く恋の輪舞曲(ロンド)』は、天真爛漫な性格の男爵令嬢ソフィアが、入学した学園で、様々な高位貴族たちと恋愛をする乙女ゲームだ。

 攻略対象は、子供の頃に王宮の庭で出会った王太子のセリオン・アルデンフォルク。

 王太子の従兄で王位継承権もある公爵家の嫡男、ヴィルヘルム・リューデンベルグ。

 宰相の息子で侯爵家嫡男のアントン・ベルモント。

 前世の私の推し声優が声を当てていた、騎士団長の息子で伯爵家令息のアルベルト・アルステイン。

 大商会を経営している富豪伯爵家の嫡男、レオニード・カヴァリエリ。

この五人だ。

 私は子供のうちに婚約したから、普通に過ごせば関わることはない。そう思うけれど、うっかりイベントを起こさないように気をつけようと心に誓う。

 具体的に言うと、入学式の校内で迷ったり、ハンカチを風で飛ばしたり、中庭の木に髪を引っかけたりといった、ドジの類だ。これらがきっかけで、攻略対象の彼らと出会うことになる。

「あとは、図書室で本を選ぶ時に、うっかりアントンと手がぶつからないように気をつける、と……」

 子供の筆跡で書かれた注意書きを、繰り返し読む。ダンスの授業は婚約者であるエドワードと踊ることになるだろうし、夏休みだってエドワードと過ごすことになるだろう。柄の悪い男の人に絡まれてアルベルトに助けられるイベントがなくても、婚約者のいる淑女として、街に一人で出かけることはもちろんしない。

「成績が良いと、生徒会に誘われるのだけがちょっと心配なのよね……」

 前世では平凡な成績だったが、今のソフィアはヒロインだ。家庭教師からも、一度教えただけですんなりと身についてしまう優等生だと、そう褒められてきた。少し勉強するだけで、できてしまう。きっと、設定上のヒロインのスペックが高いからだ。

 生徒会は攻略対象たちの巣窟。私にとっての危険地帯だ。ただし、それも断れないわけではないらしい。

「あとはもう、入学してみないことにはどうしようもないわね」

鏡の中のヒロインを軽く睨みながら、私はそう呟いた。



「ソフィア、こっちだ」

 新入生たちで混雑している門の前。少し門から離れた場所で馬車から降りると、聞き慣れたエドワードの声がした。

 エドワードは本当は一緒の馬車で通いたがっていたが、我が家とエドワードのお屋敷は王立学園のある中央区を挟んで反対側にあるため、実現することができなかった。代わりに、門で待ち合わせをすることになったのだ。これなら、絶対に入学式の会場へ行くのに迷うこともない。

「おはよう、エドワード。制服、似合ってるよ。格好いい」

 私が微笑んで駆け寄ると、エドワードは照れたように笑った。式典の会場となる講堂へ向かって、横に並んで歩き出す。

 少し歩くと、ザワザワと人が集まっているところに出くわした。

「なんだろう?」

 エドワードが首を傾げる。彼らの視線を辿ると、校舎に向かう道の途中に、高貴な方々が立ってこちらの様子を見ているのが見えた。

「王太子殿下だわ……」

 私が思わず呟くと、エドワードが首を伸ばすようにして、そちらを見た。

 いかにも王子様といった具合の金髪碧眼。隣に、同じ金髪でも少し癖のある金髪のヴィルヘルム。その背後には、赤毛にも見える赤茶髪の、背の高い騎士のような生徒——アルベルトが控えている。

「あれが本物の王子様か……。ソフィア、見とれてる?」

「確かに素敵だけれど——ああいうのはね、遠くから見るのが一番なのよ」

「ソフィアらしい」

 背中をそっと押されて、再び講堂に向かって歩き出す。私と彼らの道が交わることはない。私は安心して、入学式に臨んだ。



 入学してから、二ヶ月が過ぎた。エドワードとはクラスが分かれてしまったが、幸い今のところ攻略対象と接触することもなく、無事に過ごしている。

 同じクラスで、友人もできた。同じ男爵家の令嬢マリアンヌ・ベルナール様と、子爵家令嬢のセリーナ・デュプレ様だ。どちらも、王立学園の入学に合わせて領地から出てきたそうで、この学園で初めて会ったが、席が近かったことをきっかけに話しかけてくれて、仲良くなることができた。

 マリアンヌ様はレース編みが得意で、セリーナ様は本を読むのが好きだと言う。三人ともどちらかと言えば内向的で、社交はあまり得意ではない。だからこそ、とても気が合った。

 エドワードとも、学園に入学したら同性の友人を増やそうと約束していた。将来の社交のためにも必要なことだ。学園は勉強のためだけではなく、貴族同士が関わりを持つための場所でもある。

 私たちは、週に一度は二人で昼食を共にすること、月に一度お互いの屋敷か、外で会うことに決めて、学園生活を送ることになった。

「そういえば、ソフィアのこと、僕のクラスでも評判だよ」

 翌月。月に一度のお茶会の席で、お互いの近況を報告していると、不意にエドワードがそう言った。

「評判? どんな?」

「可愛い上に、成績も良くて完璧だって。入学直後のテストで上位に入っていたものね。僕も婚約者として、鼻が高いよ」

 ちょっと自慢げに笑う。こんなふうに笑う人だったかしら。

「あら、なんだか恥ずかしいわね。私は確かに四番目だったけど、一番は、ほら、宰相閣下の息子のベルモント侯爵令息じゃない」

「学年で四番目は充分すごいよ。それに、君ってばあの美人で有名なカロリーナ・モンテフィオーレ伯爵令嬢と、男子の人気を二分しているんだって、もっぱらの評判だぜ?」

 同じ学年のカロリーナ・モンテフィオーレ伯爵令嬢の名前を聞いて、私は少し気分が下がる。あの方は、なぜか何かというと私に絡んでくるのだ。「相変わらず、成績が優秀でよろしいですわね。きっと必死にお勉強なさっているのね」とか、「いつも可愛らしくていらっしゃるわね。まるで、公園で見かける子リスのよう」とか、一見褒めているようでどこか当てこするような言葉を、よくかけられる。

「モンテフィオーレ伯爵令嬢と親しいの?」

 私がそう聞くと、エドワードはちょっと嬉しそうに笑う。

「いや、クラスが同じなだけで、挨拶くらいしかしやしないよ。……まさかと思うけど、嫉妬してる?」

「しないわ。あなたは嫉妬させるような不誠実なこと、しないって信じているもの」

「なーんだ。残念! でも心配しなくても、こんなに可愛くて素敵な婚約者がいて、他の女性に目を向けるなんて愚かなことはしないよ」

 エドワードはそう言うと、今度はクラスメイトの話をし始めた。領地から出てきたばかりの同じ子爵家の令息と仲良くなれたそうで、今度その令息の領地で育てられているフルーツをカフェに仕入れられるよう、親同士で話をすることになったという。

「ちゃんと社交しているのね。すごいわ」

 私が褒めると、エドワードは得意げに笑った。今度の笑顔は、昔から見慣れたものだった。



 入学してから、三ヶ月が過ぎた。

 最初は、ほんの小さな引っ掛かりだった。

 ある日、あまり話したことのないクラスメイトに声をかけられたのだ。フィオナ・モンロー子爵令嬢——彼女は、私に挨拶すると、直後にお礼を言ってきた。

「ソフィア様、あなたの婚約者が私の婚約者と同じクラスなのだけど、あなたの婚約者が親に頼んでくれたおかげで、私たち人気なカフェの特別室に入れてもらえたの。だから、あなたにもお礼を伝えるわ。本当に、これまで体験したことのないくらい、特別な時間だったの。ありがとう」

「え……。あ、そうなんですね。どういたしまして?」

 人気のカフェとは、あのカフェ・ルミエールのことだろうか? あそこの特別室は、おじさまから許可をもらって私たちも年に一、二度くらいの頻度で使わせてもらっていた。

 わざわざ、友人のためにおじさまの許可まで取ったのか。よほど、大事な友人なのね。

 この時は、そう思っただけだった。

 次の違和感は、少し経ってからのダンスの授業の時だった。

「はい、ステップ、ステップ……くるりと回って……そう!」

 音楽だけでテンポを掴むほど慣れていないため、先生の声に合わせて、私たちはステップを練習する。子供時代の群舞と違って、身を寄せ合って二人で踊るダンスは、私でもすぐには上達しない。二クラス合同の授業で、順番に踊る。

 エドワードの支えを受けて、くるりと回る。視界の端で、同じクラスの攻略対象レオニードが、同じように伯爵令嬢と踊っているのが見えた。

「だいぶうまく呼吸が合うようになってきたと思わない?」

エドワードが少し笑いながら、小声で尋ねてくる。

「そうね。エドワードのリードは踊りやすいと思うわ。他の人と踊ったことはないけど」

 私も微笑んで小声で伝えた。そのまま、ステップを繰り返す。こちらを見ている見学者の女生徒たちの声が、ふと耳に入った。

「カフェ・ルミエールの特別室って、本当に素敵だったわよね……」

「何度も連れて行ってもらっている、ルミナリア男爵令嬢が羨ましいわ」

「仕方ないわよ……相手は婚約者ですもの」

「なんとか、もう一度連れて行ってもらえないかしらね」

 私は驚いて、すぐにエドワードに訊いてしまった。

「ちょっと……あなた、あのカフェの特別室に、クラスメイトたちを連れて行ってるの?」

「え? ああ、それは……社交のためだよ。店の宣伝にもなるし……父には、ちゃんと言ってる」

 エドワードは少し取り繕ったように答える。ステップが、少し乱れた。

「それならいいけれど……」

 どこか納得できないながらも私がそう言うと、あからさまに安心した様子で、誤魔化すようにターンする。

「今度会う時は、君をまた連れていくよ」

「そんなに頻繁に人を連れて行っては、お店に迷惑じゃない?」

「他ならぬ婚約者の君だもの。いいに決まってる」

 そう言い切ると、エドワードは真面目にステップを踏み始めた。これ以上追求する雰囲気ではなくなって、私もその後は真面目にステップを踏んだ。

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