第22話 交流会での噂の訂正
「お茶会——いえ、交流会を開こうと思います」
ヴィクトリア様の提案はそれだった。
「新生徒会のメンバーと、二年生と一年生の社交が得意な方や情報通の方を数名お呼びして、交流を図るのですわ。もしかしたら、その席にはヴィルヘルム様もご同席されるかもしれませんね」
それってつまり、ヴィルヘルムをお茶会に呼んで、そこで直接誤解を解けってことです!?
私がハッとした顔でヴィクトリア様を見ると、扇の影でヴィクトリア様は茶目っ気たっぷりにウインクして見せた。
「高位貴族らしく、淑やかに交流をしてみましょう? ソフィア様。練習の成果を見せる時ですわ」
交流会は、一週間後の放課後、ヴィクトリア様のサロンで行われることになった。参加人数に合わせたいつもよりも多いテーブルの数が、サロンを少し狭く見せている。
普段は私とヴィクトリア様だけなので一人、二人くらいしかいない給仕も、今日は十人近くいる。テーブルには、社交らしく白いテーブルクロスがかけられ、お茶だけでなくお菓子も用意されていた。
コの字の形に並べられたテーブルの、お誕生席……ではなく、上座に当たる席に王太子殿下が座られ、その左隣をいつものように婚約者であるクラリッサ様、右隣を当然のような顔でヴィルヘルム様が占める。一、二年の交流会と銘打っていても、王太子殿下を呼べばきっと来るだろうとは思っていたが、やっぱり涼しい顔をして参加して来た。
ヴィクトリア様とアントン、私とアルベルトは、それぞれその近くの席に向かい合って座った。レオニードが気を遣ったのか一席開けて私の隣に座り、新生徒会のメンバーとその婚約者が固まって座る形になる。
残りの招待客は、さらに下座の席に思い思いに座った。学園内のサロンでの交流会なので、出されるお菓子は本格的なお茶会に比べると少ない。それも、カトラリーが不要な、手に取って食べられる、クッキーやマカロン、マドレーヌといった焼き菓子ばかりだ。
給仕の手で、上座側から順にカップの中に紅茶が注がれる。それぞれの手に行き渡ったところで、主催であるヴィクトリア様が、座ったままで軽く挨拶をされた。
「本日は皆様お集まりくださって、ありがとうございます。二年生の私たちはすでにお互いを概ね理解していますが、一年生のことについてはまだ理解不足や誤解があるかもしれません。ですから、今日は新生徒会が正式に稼働する前に、一年生とも交流を深めるために、このお茶会を開くことにしたのですわ」
そう言って、集まった人たちを全員見渡す。それぞれ、頷いて見せたり、微笑みを浮かべたりといった様子で返して来た。そんな中で、一人、この人物だけが不穏な笑顔だ。
「相変わらず気の回る婚約者様だな、アントン。さすがクラリッサ嬢の親友というだけはある」
「お褒めに預かり、恐縮でございます。ヴィルヘルム様」
にこやかな応酬が、なぜか薄寒く感じてしまう。私の見方が悪いのだろうか?
交流会は、ゆっくりと始まった。まずは席の近いものたち同士で、共有できる軽い世間話。そこから、少し踏み込んで互いについての質問とその返事。アルベルトには、今日はもしそういう話題が出たら、誤解を解いておきたいと思ってることだけを伝えてある。
「ヴィルヘルム様、今年は王太子殿下がいらっしゃるから、新会長を選ぶ必要がなくて良かったですね」
下座に座っていた男子学生が、少し王太子に媚びる響きで言う。
「心外だな。私は、向いていないと思ったら、例え王太子殿下であっても生徒会長に任命などしない」
ヴィルヘルムが冷たい響きでそう答えた。男子生徒はビクッとした様子で黙り込む。それまでのざわめきが止み、シンと静まり返った。
「ヴィルヘルムのお眼鏡に叶ったようで嬉しいよ」
とりなすように王太子が言って、男子生徒の方を向く。
「君も、私を生徒会長にふさわしいと思ってくれたこと、嬉しく思う。期待に応えられるよう、努力しよう」
笑顔でそう続ける王太子に、ヴィルヘルムは少し呆れた様子で肩をすくめ、男子生徒はあからさまにホッとした顔で頷いて見せた。
再び、ざわめきが戻る。王太子って本当にすごいなと感心してしまう。ごく自然に、対立した二人のどちらも悪くない方向に持っていった。ヴィルヘルムが盲信するのもわかる気がする。
「いつの間にか、ソフィア嬢を名前で呼ぶようになっていたんだなぁ、アルベルト。婚約してからも、ずっと堅苦しくルミナリア嬢だったのに」
アルベルトから生徒会の引き継ぎについて聞いていると、ふいに思いがけずレオニードが話しかけてきた。明るくて人懐こい性格の、攻略対象の一人だ。クラスメイトではあるが、私が避けてきたのもあって、普段の交流はない。
「はい。先日、ようやく名を呼ぶ許可を得ましたので」
少し照れくさそうにアルベルトが答える。私も、馬車の中での告白を思い出して、頬が熱くなる。
「ずいぶんと仲がよろしいようだが、アルベルトにも傷がつくことにならないか、少し心配だよ」
そこに、またヴィルヘルムが横槍を入れてきた。
「どういう意味でしょうか?」
少し険しい顔で、アルベルトが答える。前の婚約を解消した時のように、また私が婚約を駄目にするとでも言いたいのだろうか。
「見た目の可憐さにそぐわず、中身はかなり思い切りの良いお嬢さんのようだからね。君の経歴に傷がつかないか、少し心配になっただけだ。年寄りの心配と、聞き流してくれればいいさ」
胡散臭いことこの上ない笑顔で、そんなことを言う。どこまでも悪口の体裁は取らず、いくらでも言い逃れができるような物言いが、逆に腹立たしい。はっきり言われたり訊かれたりすれば、もっといくらでも言い返せるのに。
「そういえば、ルミナリア男爵令嬢は元婚約者に浮気をされて、怒り狂って婚約破棄したとか」
「私は婚約は解消と聞きましたわ」
「その場で殴り倒したという噂もあったな」
「その場にいたアルベルト様に、すぐ助けを求めたらしいという噂も聞いた」
下座側で、そんな囁きまで聞こえてきた。私は、にっこりと微笑んでそちらに声をかける。
「婚約は、両家の話し合いで解消となりましたの。あいにく子息とのご縁はなくなりましたが、ラングレー家とはまだ、父同士の交流がありますわ」
「ソフィアに話しかけたのは、私のほうからです。よほどショックを受けたのか、魔力が漏れていたのを見てしまって心配で」
ヴィルヘルムはそれを聞いて、少し意外そうな顔をした。
「アルベルトのほうから声をかけたのか?」
「そうです。あの場は放っておけませんでした」
「ふぅん」
アルベルトが硬い表情で答えると、ヴィルヘルムは途端に関心をなくしたように、気のない返事をすると、目の前の紅茶に口をつけた。何事かを考えているような表情で、それきりこちらには見向きもしない。
「なんだ、それだと噂はだいぶ誇張されたものだったようですね」
「居合わせただけなのに心配して声をおかけになるなんて、実にアルベルト様らしい」
噂をしていた人たちの反応にホッとする。これで、少しは破棄の噂が修正されると良いのだけれど。
ヴィクトリア様のほうをチラッと見ると、こちらを見て満足げに微笑んでいた。初めてお茶会で会った時からずっと私の味方をしてくださる、本当に得難いお方だ。
ヴィルヘルムを窺い見ると、今は王太子を挟んでクラリッサ様とお話しされているようだった。兄妹のような親しげな様子に、私はあんな優しい顔もできるんだ、と意外に思う。
いや、ゲームのほうでは最初は皮肉屋だけれど、少しずつヒロインに興味を持って優しくなって、最後にはめちゃくちゃ甘くて執着強めの溺愛してくるキャラだったのだけどね! この世界ではずっと私に対する当たりがきつくて、ゲームでのヴィルヘルムのことは忘れかけていたわ。
「誤解が解けたようで良かったです」
アルベルトが隣から小さく囁いてくる。私は微笑んで頷いた。
そうね、完全にヴィルヘルムとの関係が良くなったわけではないけれど、当初の目的であった破棄の噂を否定することだけはちゃんとできたわ。これも、この交流会を企画してくださったヴィクトリア様のおかげだ。
「もっと頼りなさい」自分一人でどうにかしなくちゃと思っていたけれど、ヴィクトリア様はそう言ってくださった。アルベルトと婚約したことで得られた新しい縁を、これからも大事にしていこう。
私はそう思いながら、目の前のマカロンに手を伸ばした。




