第23話 選ばなかったほうの恋物語
交流会から数週間経った。三年生の卒業まで、あと二週間ほど。季節は初春へと移っていた。
私の婚約破棄の噂は徐々に下火になっていっている。解消だと、あの場で否定できたことも大きいが、学園ではどんどん新しい噂が消費される。彼らの噂は、来年入学してくる予定の新一年生たちについてのものに移っていた。この世界でも、人の噂も七十五日という前世の諺は通用するようだった。
一方で、私とアルベルトの関係は完全に恋人同士のそれになっていっている。呼び名もそうだが、なにより、アルベルトが私に対して好意を隠さなくなった。具体的に言えば、声や眼差しに、恋を思わせる熱が見えるようになった。
これまでも、歩調を合わせたり、好きなものを探しては差し出してくれたりと、優しくて、気遣いにあふれた人だったけれど、ますます私に甘くなっていっている気がする。声も視線も甘い。エスコートで触れる時の態度も甘い。いや、実際には元々こういう感じだったのかもしれないが、私がそういうふうに受け止めるようになったのかもしれない。
生徒会の引き継ぎも本格化して、会えない時間は増えているのに、不思議と寂しさは感じない。心の距離が、近いからかもしれない。
アルベルトは私の少しの不安も放っておいてはくれなくて、寡黙なはずなのにいつだって態度でも言葉でも尽くしてくれる。ちょっとした不安や疑問を、懸命に聞き出そうと手を伸ばしてくれる。
それに、今ではクラスメイトのマリアンヌとセリーナだけではなく、ヴィクトリア様という心強い年上のお姉様までいる。来年には、レオニードの妹のマルグリット様も、新一年生として入学してくるという。会えない時間も、彼女たちと過ごせば寂しく感じる暇もない。
私は今日も、ヴィクトリア様のサロンで仲良く刺繍をしながら、アルベルトが来るまでの時間を潰していた。慣れというのは素晴らしく、私の刺繍の腕前は、先月までと比べてかなり上がってきている。もちろん、先生役であるヴィクトリア様の教え方がうまいおかげでもあった。
私たちは刺繍の図案を持ち寄り、新しく春のバザーに出すためのハンカチへの刺繍を始めていた。こういった慈善事業への参加は、社交界へデビューした淑女の嗜みである。ヴィクトリア様には、高位貴族としての心得のような、こういうことも教えてもらっている。
一区切りついたところで、アルベルトがアントンと共にサロンへ入ってくる。
「ソフィア、お待たせいたしました」
「ヴィクトリア、待たせたね」
いつもの通り、耳に心地よい落ち着いた優しい響きの声。前は推し声優の声だと思って萌えていたけれど、今はアルベルトの声だから好きだなって思う。
「お疲れ様です、アルベルト様」
「ちょうどキリの良いところだったわ」
私たちは、刺繍の片付けをしてから立ち上がる。それぞれ、エスコートするために歩み寄ってくるパートナーを、慣れた様子で待ち受けた。
「それではソフィア様、ごきげんよう」
「ごきげんよう、ヴィクトリア様」
馬車乗り場までヴィクトリア様とおしゃべりをしながら歩くと、挨拶を交わしてから、互いの馬車へと乗り込む。
今日のエスコートも完璧だった。もう、アルベルトがいない一人の時に、うまく馬車の乗り降りができる気がしない。
学園に入学してからもうすぐで一年が経つ。この一年、思えば色々なことがあった。まず、夏休み前に、エドワードの浮気で、長年の婚約が駄目になった。その時に、ずっと避けていたはずの攻略対象であるアルベルトと接点ができ、そのまま気がつけば婚約することになっていた。そうしてアルベルトと時間を過ごすうちに、安心と信頼が積み重なって、それはやがて恋へと変わっていった。
小さな子供の頃に前世の記憶が蘇って、乙女ゲーム『花咲く恋の輪舞曲』を思い出した。そして、私はあんなに乙女ゲームの通りにはしないと意気込んでいたのに、けっきょく今は攻略対象の一人であったアルベルトと恋人になっている。
乙女ゲーム通りにはしないように先に婚約までしていたのに、けっきょく最後は乙女ゲームの攻略対象を選んでしまったな。
私は馬車の中の沈黙を楽しみながら、そう苦笑する。
アルベルトが私の顔を観察してくる。私になにか悲しいことや辛いことが起きていないか、こうしていつでも窺ってくるのだ。本当に過保護なんだから。にやけそうになりながら、そんなことを思う。
確かに私はアルベルトと結ばれることを選択した。でもこれは乙女ゲームの再現ではなく、自分自身とアルベルトの二人で選んだ結末だ。
初春の空気はどこか柔らかく、咲く花の先取りをするように甘い香りを纏っていた。二人きりの居心地の良い沈黙に満ちて、私たちを乗せた馬車は私の家に向かって今日も走る。明日も、明後日も、同じ日が来ると、私はそう確信していた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
初めて書いた長編なので、無事に最後まで書き切ることができてホッとしています。
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