第2話 理想の婚約者と、静かな婚約成立
七歳になった。早い家では、このくらいの歳から婚約するという。私はさっそく、父に自分の希望を伝えた。
早めに婚約しておきたいこと。相手は、マナーや教養にうるさすぎない、裕福な商会か、同じ男爵家、せめて子爵家あたりにして欲しいこと。乱暴じゃなくて、人付き合いが苦手な私とも話が合いそうな、優しくておとなしめの人が良い。
色々注文はつけたけど、見た目は清潔感があればあまりこだわらない。むしろ、ハンサムすぎるときっと緊張してしまうから、普通が一番。
こんな細かな要求を、けれども父は真面目にうんうんと聞いてくれた。「ちょっと早すぎないか?」とは言われたが、私は異性をあまり感じさせない子供同士のうちに、相手に慣れておきたい。
なにしろ、前世では彼氏いない歴イコール年齢だったのだ。年頃になってからの婚約では、恥ずかしくて会話などできないかもしれない。
父は、王宮で外交の仕事をしている。その伝手で、王宮で働く同僚や、文官の人たちに、良い縁談がないか相談してくれているという。いくつか来た釣り書きから、父がこの相手ならどうだ? と、提案してくれたのは、一ヶ月ほど経ってから。夏が終わり、秋の始まる頃だった。
父が持ってきた釣り書きは、ラングレー子爵家の長男、エドワード。王都で貴族向けのレストランやカフェ、バーなどを複数経営しており、裕福な子爵家の跡取りだという。
うちも小さな領地はあるが、父は外交官として時おり他国に行っているか、王宮勤めだ。そのため、同じ王都住まいの家同士の方が、会いやすいだろうということだった。
「会ってみるかい?」と訊かれたので、「うん!」と答える。できれば同じ男爵家くらいが気楽で良かったけど、子爵家ならそれほどマナーや教養にも差はないだろう。
相手の家に手紙を出し、見合いの日取りを決めてくれる。二週間後、先方の屋敷を訪ねることになった。
私は、どのワンピースを着ていくか、リナと母とで作戦会議だ。クローゼットの中に吊るされているワンピースをベッドの上に広げて、これが良い、あれが良い、と話し合う。
三歳年下の弟ルーカスは、誰か遊んでくれないかと部屋を覗きにきたが、色とりどりのワンピースで山ができているのを見てビックリしていた。
最初の印象はやはり大事だものね。そう言って、母が楽しそうに微笑む。
幸い、中身の私は陰キャだけれど、さすがヒロインだけあって見た目はとても可愛い。前世では着られなかった華やかで明るい色も、可愛らしくも甘い色も、シックで落ち着いた色も、どれもとても似合う。
あれこれと悩んで、子供らしく淡いピンクに裾と袖口に白いレースが付いた、可愛いワンピースに決めた。ワンポイントに、濃いピンクの包みボタンと、腰回りに幅広のリボンが付いている。それに、白いソックスと、焦茶の革靴を合わせる予定だ。
二週間はあっという間に過ぎた。ラングレー家に向かう馬車には、父と母と、私。リナは、今日は弟と屋敷でお留守番だ。
私の住むルミナリア男爵家のタウンハウスは、王都の中でもどちらかというと公園があって自然の多い東側にある。ラングレー家の屋敷は、王宮や学園のある中心部を挟んで反対の西側、商店やレストランなどが多い位置にあるため、馬車で小一時間ほどかかる。ちょっと気軽に歩いて行ける距離ではない。まあ、貴族の娘はそう簡単に街を出歩いたりはしないものだけど。
お話をしているうちに、馬車は瀟洒なお店が並ぶ通りに入り、やがて突き当たりに門が見えた。御者と門番が何かやりとりをした後、すぐに門が開いて馬車は再び動き始める。
門の奥、パンジー、コスモス、様々な薔薇といった花と、綺麗に刈り込まれた木が並ぶ前庭を通り過ぎると、瀟洒な屋敷にたどり着く。
父がドアノッカーを叩くと、すぐに扉が開いた。
「ルミナリア男爵様。ようこそ、いらっしゃいませ」
執事らしい男性が、恭しく頭を下げる。玄関ホールは天井が高く、奥には吹き抜けの大階段が見える。なかなかの豪邸だ。
「奥で、旦那様がお待ちでございます」
そう言って案内された先、広々とした、奥の大きな窓から庭が見える素敵な応接室で、ご両親らしい大人が二人、同い歳くらいの子供が一人、テーブルを挟んで立っているのが見えた。
「ようこそ、ルミナリア男爵家の皆さん。私がヘンリー・ラングレー。こちら、妻のキャサリン、そして息子のエドワードです。下にも弟と妹がいますが、まだ小さいのでご紹介はいずれまた」
子爵様は、茶色の髪と瞳。奥さんのキャサリンさんは濃い茶色の髪に、灰色の瞳。息子のエドワードは、父親に似た茶色い髪と、母親に似た灰色の瞳をしていた。顔はこれと言って特徴のない、普通の顔。でも、貴族令息らしく髪も服も整えられていて、清潔感はしっかりある。
名を名乗って、お互いにぺこりとお辞儀をし合う。ちょっと笑顔がぎこちなくなった気もするが、人見知りの私にしては頑張っている。
こちらを見たエドワードの口が、ポカンと開いて、顔が赤くなった。私が首を傾げて見ると、慌てて口を閉じる。
その後、着座を勧められてソファに座る。給仕の侍女たちが美しい所作で順番にカップに紅茶を注ぎ、焼き菓子の乗った皿を配る。一通りの給仕が終わると、黙って礼をし壁際に控えた。
「どうした、エドワード。ソフィア嬢が可愛すぎて緊張しているのか?」
「は、はい! いや、えっと……!」
照れたように慌てる、耳まで赤くしたエドワードを見て、ラングレー子爵が笑う。仲が良さそうな親子だ。
そうか。私の見た目が気に入ったのね。中身は陰キャのオタクだけど、見た目はヒロインそのままだものね。それなら仲良くなれるかな。
紅茶を飲み終わる頃、おかわりを勧められる。大人同士が和気藹々と世間話をし、私たち子供はお互いを盗み見るばかりで、私は少し退屈していた。
「エドワード、よかったら庭を案内して差しあげなさい」
ラングレー子爵が、そんな私の気持ちに気づいているかのように、そう言ってくれた。
「うん! ソフィアさん、行こう?」
エドワードは元気よく返事をすると、立ち上がってこちらに手を差し出した。
「ソフィアで良いですよ」
そう言って右手を乗せると、軽く掴んで立ち上がらせてくれる。
「じゃあ、お互い敬語もなしで」
「うん、わかったわ。私もエドワードって呼ぶわね」
笑顔でそう言われて、私も頷く。
「ソフィア嬢は、しっかりしているね」
ラングレー子爵が感心したように言った。時々、中身の大人が首を出して、子供らしい口調ではなくなってしまうのだけど、好意的に受け取ってくれたようだ。
「いってらっしゃい」
それぞれの母親が、優しく微笑んで見送ってくれた。
「ちょうど、裏庭が薔薇の見頃だって、母が言ってたんだ。薔薇は好き?」
手を繋いだまま、こちらへ向き直ってそう聞いてくれる。最初は少し早足だったのが、私が小走りになっていることに気がつくと、すぐに歩調を緩めてくれた。
まだ七歳なのに、もうエスコートの基本ができている。私は中身が大人なので、貴族の子供ってやっぱりすごいな、なんて微笑ましく思ってしまう。
「花はなんでも好きよ! 薔薇も、もちろん好き!」
子供の頃によく歌っていた童歌を、ふと思い出す。『バラの女王たち』。前世の記憶が戻るきっかけになったあの歌。あの頃から、私は薔薇も好きだ。
裏庭の薔薇は、エドワードが言っていた通り本当に素敵だった。特に、蔓薔薇で作られたアーチが見事だった。きっと、素晴らしい腕前の庭師を雇っているのだろう。
裏庭には小さな池まであって、私たちは落ちないように気をつけながら、池の中を覗き込み、亀や鯉を見つけては指を差し、微笑み合った。
子供の頃に読んでいた絵本の話から、最近読んで面白かったという本の冒険譚などを、身振り手振りで話してくれて、それがまた面白かった。
「魔力がせっかくあるのに、本の中みたいな魔法を使えないなんて残念よね」
「本当に、そうだよね! 騎士とか兵士は、特別な訓練で身体強化や自分への癒しの魔法は使えるらしいけど、どうせなら火の玉を飛ばしたり、風に乗って飛べたりすれば良いのに」
「身体の外で魔力が形になろうとすると、爆発してしまうって本当かしら……ちょっと怖いわ。私、子供の頃に魔力が強い方だって言われたの」
「感情を爆発させなければ大丈夫って聞いたけど……今度、一緒に魔力を循環させる練習をしようか。うまくできるようになると、身体がポカポカして気持ちがいいらしいよ」
エドワードは親しみやすく、穏やかで、人見知りの私でも気後れしないで話すことができた。彼となら、きっとうまくやっていける。私はそう思った。
午後の遅いお茶の時間からお邪魔して、夕方にお暇する。私たちは、馬車に乗り込む前に、「またね」と言って別れを告げた。
「どうだった? エドワードくんは、ソフィアのお眼鏡にかなったかな?」
「優しくて、とても紳士だったわ」
「それなら、この話はこのまま進めても良いかい?」
「うん。お父様、素敵な人を探してくれてありがとう」
「エドワードくんが優しいからって、あんまりワガママは言わないのよ?」
母が、からかうように軽く釘を刺す。
お見合いは、こうして終わった。私とエドワードは、一週間後に正式に婚約を結んだ。




