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選ばなかったほうの恋物語〜婚約解消のその後で〜  作者: 肺魚


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16/18

第16話 デビュタントと社交界への正式な一歩

 聖夜祭も終わり、年が明けた。この世界では、前世の日本のように大晦日はないし、年始のお節やお年玉のような行事もほぼない。年が明けたら その日の朝に「新年おめでとう」と言い合って終わりだ。

 それよりも、年が明けて一週間ほどあとに、王家主催の新年を祝うパーティーがある。これまでは子供として扱われていたので出席したことがなかったが、成人した貴族がほぼ全員が集まる、唯一のパーティーだ。学園に入学した今年は私も、デビュタントとして出席することになっていた。

 本来ならば、エドワードと共に迎えるはずだったデビュタント。それを、私は避けてきたはずの攻略対象の一人である、騎士団長の息子アルベルトと出席することになった。いったいどんな運命の悪戯だろう。

 この日のために去年の春から注文していた、純白のドレスに身を包みながら、私は小さくため息をついた。花嫁を除けば、デビュタントにだけ許される白のドレス。裏地のついたサテンの上に、蔓薔薇模様のレースが身頃を覆ったデザイン。陰キャながらにキラキラとした舞踏会にもそれなりの憧れはあって、母とも相談しながら選んだ逸品だ。

 襟の詰まったものが多いデイドレスと違って、夜会向きに大きなアクセサリーが映えるよう、襟ぐりが広く開けられている。首元をスッキリ見せるために、髪を結い上げるのも、夜の舞踏会ならではだ。

 胸元には、アルベルトにもらったエメラルドのペンダント。耳には揃いのイヤリング。髪飾りは、ドレスの白に合わせて真珠のついたもの。靴も白い布張りのものを履いていた。

「お綺麗ですよ」

 鏡の中、リナがいつもよりも念入りに化粧を施した顔を見つめる。唇を飾る紅は、若い娘らしい花びらのようなピンク色。まぶたと頬にも薄くピンク色を叩いており、真珠を砕いた粉を塗した肌は、艶々と輝いていた。

「ありがとう」

 そう言って微笑む。自分で言うのもなんだけど、ヒロインスペックだけあって、本当に見た目は可愛らしいのだ。いつも微笑みがややぎこちなくて、申し訳なくなるくらいに。

「アルベルト様がお迎えにいらしました」

 礼儀正しいノックのあとに、扉を開けて入ってきた執事が告げる。もう、そんな時間なのか。私は慌てて、ドレッサーの前から立ち上がった。

 玄関ホールには、着飾ったアルベルトが立っていた。私のピンクブロンドの髪色をイメージしたのだろう、品の良いローズピンクの三揃いに、ドレスの色に合わせた白いドレスシャツ、ボウタイ、ピカピカに磨かれた白い靴。いつもは下ろされている前髪は、今日は後ろに撫でつけられていて、精悍な顔が隠すことなく晒されている。見慣れていないので、少しドキリとしてしまった。

 これで一緒に歩いたら、お互いの色を纏った、とても仲の良いパートナーにしか見えないだろう。正直言って、けっこう照れ臭い。

「お待たせいたしました、アルベルト様」

 私がホールに出て声をかけると、少しぼんやりと立っていたアルベルトがこちらを見て、一瞬驚いたように瞳を見開き息を呑んだ。どういうリアクションなんだろう。少し心配してしまう。

「いつもよりグッと大人っぽくて驚きました……いつもは可愛らしいですが、今夜はとても、お綺麗ですね」

 少し照れたようにぎこちなく微笑んで、エスコートのための手を差し出してくれる。悪い意味で驚かせたのでなくて良かった。

「デビュタントですもの。もう一人前ですわ」

 私は照れ隠しに少し澄まして、手のひらの上に右手を預けた。



 パーティー会場は、王宮の中で一番大きな広間だった。よく考えると、王宮に来るのは、子供の頃に何度か父に連れられて来た時以来だ。大人になって見てみると、やはり大きくて、どこもかしこも高級な佇まいである。

 順番に呼ばれて入場する。本来ならばエスコートの爵位も影響するのだが、今日はデビュタントが主役なので、入場は私の爵位に合わせられる。そのため、控え室で待つ必要もなく、到着してすぐに名を呼ばれた。

 アルベルトのエスコートで会場に入る。驚くほど天井が高い。奥に見える吹き抜けのガラス窓が、天井のシャンデリアの光を反射して輝いていた。床は硬い大理石ではなく、寄木細工でできている。ダンスを踊る時に、足を痛めないためらしい。少しでも傷が入ると、その部分は即座に張り替えられるというのだから、恐れ入る。

 そこかしこで、さわさわと衣擦れの音がする。私たちが前を通り過ぎると、波打ち際のように、囁きが聞こえては引いていった。

 奥の座に座る国王陛下に、入場した流れで挨拶に伺う。深くカーテシーをして新年を祝うご挨拶を申し上げると、名前を呼ばれ、新年の挨拶と共に「これからも励むように」と一言だけいただいて退出する。思っていたよりもあっさりと済んでしまって、少し拍子抜けした。

 徐々に呼ばれる爵位が高くなっていく。伯爵家の令嬢たちが、しずしずと入場する。婚約者にエスコートされている人もいれば、父親や兄などがエスコートしている人もいた。同学年で一番爵位が高いのは、お茶会でお会いしたヴィクトリア様を始めとした、侯爵令嬢三名である。やがて、ヴィクトリア様の名前が呼ばれ、互いの髪色の黒を纏ったアントンのエスコートで入場された。

 今日は最初から王家の皆様は奥の玉座にお座りになっていたから、最後に公爵家の方々の名が呼ばれて、父親にエスコートされたクラリッサ様も入場される。それで全員が揃った。私たちが入場した直後には広いと思っていた大広間だけれど、こうして全国の貴族たちが出揃うと、やや狭くすら思えた。

 給仕が忙しく立ち歩き、全員の手にシャンパンの入ったグラスを配って回る。それが行き渡るのを待って、改めて国王陛下が新年の挨拶を口にし、乾杯の声を上げる。貴族たちも全員、それに応えるように乾杯の声をあげて、シャンパンを飲んだ。私はこのあとにすぐダンスを踊るため、シャンパンは軽く一口だけ飲んで、あとは下げてもらった。

 新年のパーティーでも、一番最初にダンスを踊るのは、王族たちだ。国王陛下と王妃様、王太子殿下のセリオン様と婚約者のクラリッサ様がまず短いワルツを踊られる。第一王女のリリアーナ様と、第二王子のリオネル様は、まだ学園に入学していないため、今夜のパーティーには参加されていない。

 最初のワルツが終わって拍手が起き、王族たちが奥の座に戻ると、今度は私たちデビュタントのダンスが始まる。皆、今日のためにそれぞれ贅を凝らした白いドレスを身にまとい、緊張した面持ちで曲が始まるのを待っている。私も、少し緊張しながら、アルベルトの手に手をのせた。

「大丈夫ですよ。たくさん、練習したでしょう?」

 アルベルトが少し顔を寄せて小さく囁く。いつものように、ビロードのような滑らかで落ち着いた良い声。私はまた、聞き惚れてしまう。今の声の威力に、思わず緊張が解けてしまった。

「今日は私のリードに身を委ねて、どうか一生に一度のデビュタントを楽しむことだけに集中してください。必ず支えます」

 いつもより熱のこもった瞳で、うっとりとしてしまいそうなことを言われて、私は思わず笑ってしまった。

「アルベルト様の支えがあれば、無様に転ぶことなんてなさそうです」

「ええ、お約束します」

 曲が、始まる。どこまでも誠実に伝えてくるアルベルトに、私は安心して身を委ねる。力強い、けれども強引さは全くないリード。大きな身体なのに軽やかなステップ。ターンの時に腰を支える腕の優しさ。隣のデビュタントがぶつかりかけたのを、くるりとアドリブのターンで避ける様は、どこまでも頼もしい。

 楽しい。曲に合わせてくるりと回ると、一斉にデビュタントたちの白いドレスの裾が広がって、フロア中に花が咲いたように見える。ぎこちなく踊る初々しい人たちがいれば、慣れたように少し大胆なステップを入れている人たちもいる。

「ダンスってこんなに楽しいものだったんですね。授業とは大違い」

「それなら良かった」

 笑顔でそう言うと、アルベルトも笑顔を浮かべた。曲が終盤に差し掛かる。終わりたくない。そんな気持ちになりながら、またくるりとターンする。これまでで一番上手に踊れている気がする。ステップ、ステップ、そしてターン。最後のターンで曲が終わり、広がった裾が花弁が閉じるように足元に戻ってくる。

 私たちは、パートナーと手を取り合って周囲に深く一礼した。会場内が暖かな拍手で満たされる。

「もう一曲踊りますか?」

「いえ、今日はもう……。この一曲だけを思い出にいたしますわ」

 フロアにはそのまま踊り続けるのか、残っている人もいたが、私たちは拍手が消えぬうちに、フロアから去る。ヴィクトリア様たちがすぐ近くにいた。

「ごきげんよう、ソフィア様」

「ごきげんよう、ヴィクトリア様」

 私たちはパートナーに軽く触れたまま、一礼する。

「こちら、婚約者のアントン・ベルモントですわ。アントン、ソフィア・ルミナリア男爵令嬢よ。ご存知だとは思うけど」

「こんばんは、アントン」

「こんばんは、アルベルト。——ソフィア嬢も、いつもリヴェリア語の成績で争っているけれど、こうして会って話すのは初めてですね」

「初めまして、ベルモント侯爵令息。ソフィア・ルミナリアでございます」

 アントンとも話す日が来るとはね……。私は内心で慄きつつ、淑女の仮面を着けて礼儀正しくお辞儀をする。

「堅苦しいのはなしにしてくれ。アルベルトとも側近同士で親しくさせてもらっているし、ヴィクトリアとも友人なんだろう? 僕も仲間に入れて欲しい」

 思っていたよりも好意的な反応が返ってきて、戸惑う。優しくて親切なヴィクトリア様とは仲良くしたいけど、攻略対象のあなたとまで近づきたくはないのだけど——?

「やあ、デビュタントが集まっているね」

 そこに、凛々しい声がかかる。

「ごきげんよう、ヴィクトリア様、ソフィア様」

「王太子殿下、こんばんは。今夜もご機嫌麗しく。クラリッサ様も、ごきげんよう」

 真っ先にヴィクトリア様が深くカーテシーをする。私も慌ててそれに倣った。ただでさえアントンと初対面したばかりなのに、さらに王太子まで……!

「楽にしてくれて構わないよ」

 王太子殿下にそう言われて、本当に気を楽にできる性格なら良かったのに。原作通りの天真爛漫なヒロインみたいに。そう、ヒロインはそういう性格だから、男爵令嬢なのに恐れ多くも王太子殿下と仲良くなろうなんてことを考えるのよね。

 私はぎこちない笑みで、曖昧に応える。早く退席したい。けれど、アルベルトは立ち去るそぶりを見せていない。側近なのだから、挨拶と軽い会話くらいはして当然なのだろう。

「実は、ソフィア嬢とは初めましてではないのだけれど……小さな頃のことだし、忘れてしまったかな?」

「あら、そうなのですか?」

 王太子殿下が、いきなり爆弾を落とす。クラリッサ様がちょっと含むようにこちらを見た。私は頭が真っ白になる。いや、あれは前世を思い出すきっかけだったし、忘れてはいないけど——どう答えるのが正解なの?

「申し訳ありません。幼い頃のことはあまり記憶になく……なにか、失礼でもいたしましたでしょうか?」

 私がそう答えると、王太子ではなくアルベルトが少し残念そうな顔をした。

「いや、小さな頃のことだ。仕方あるまい。君が王宮の庭で、リヴェリア語の歌を歌っているところに居合わせたことがあるんだ。アルベルトも一緒にいたんだよ。なぁ? アルベルト」

「はい、まだ六歳の頃のことでしたね」

「まあ、そんなお小さい時にリヴェリア語でお歌を?」

「そうそう。それも、ちょっと韻を踏んだ、面白い歌詞で……。『黄色のバラが嫉妬して、ピンクのバラに衝突(ヒット)する』だったかな?」

「確かに、そのような歌詞でございましたね」

 懐かしそうに話す王太子とアルベルトに、興味津々といった様子のクラリッサ様。私は内心であわあわと慌てながら、そんなことありましたっけ? というような、惚けた顔をしている。

 あの日のことは、忘れていて欲しかった……。それにしても、やっぱりあの時王太子の後ろについていた赤毛の子供は、アルベルトだったのね。

「アントンから、ソフィア嬢が相変わらずリヴェリア語が得意と聞いて、私まで嬉しくなってしまったよ。実はあの日のことがきっかけで、私は他国の言葉に興味を持ったんだ」

 ゲームでは王太子ルートで明かされる事実を、こんなところで聞かされるとは。私は内心の焦燥をよそに、恭しく淑女の笑みを浮かべる。

「ありがたいことでございます」

「——おや、その娘が、セリオンの薔薇の君かい?」

 私が礼を言うと、背後から声がかかった。

「ヴィルヘルム……人聞きが悪い言い方をしないでくれないか?」

 王太子殿下の声で、相手がやはり攻略対象で、王位継承権も持つ王太子の従兄のヴィルヘルム公爵令息とわかった。この上、さらに攻略対象が増えるなんて、本当に勘弁して欲しい。しかも、今のはなんとなく揶揄するような響きだった。

「ソフィア嬢、紹介するよ。私の幼馴染の、ヴィルヘルム・リューデンベルグ公爵令息だ。学園では一つ上の三年生だ」

「初めてお目にかかります。ソフィア・ルミナリアでございます」

「知ってるよ。夏前に婚約破棄して、その後にヴァレール伯爵家の縁談を蹴った娘だろう? そして今は、アルベルトの婚約者だ。有名だもんな、君」

 ジロジロと、視線を隠すことなく全身を眺められる。明らかに、好意的ではない態度だ。まるで値踏みするような視線だが、その奥に警戒の色が混じっているのがわかった。破棄じゃなくて、解消なんですけど!

 これまで会ったことなどないのに、噂だけで判断されているのだろうか。確かにヴィルヘルムは社交界の噂に詳しいという設定のキャラだったけれど、こんなに下世話だったかしら?

「ヴィルヘルム、初対面なのに変な絡み方をするな。失礼だろう?」

 王太子が、嗜めるようにそう言ってくれる。アルベルトも、少し責めるような険しい顔でヴィルヘルムを見ている。そうだそうだ、もっと言ってやって欲しい。

「はいはい。王太子殿下がそうおっしゃるのなら、私は口を噤みますよ」

 ヴィルヘルムは、王太子の言葉に軽く肩をすくめて答える。王太子は、仕方のないやつだな、とでもいうような苦笑で、それを許した。

「アルベルトの婚約者になったということは、私たちとも関わることになるということだ。これから、皆で仲良くしてくれると嬉しい」

「もったいないお言葉でございます」

 王太子の言葉に、私はそう答えるしかない。でも、アントンと王太子殿下は好意的だったけれど、ヴィルヘルムの態度が悪い。本当に、仲良くやれるのかしら? 私は、内心でそう思いながら、アルベルトと共にその場から辞した。



 帰りもアルベルトに送られて、帰宅する。そんな壊れ物を扱うように……と、びっくりするくらいに、いつも丁寧に馬車から降ろしてくれるのよね。

 屋敷に入って装飾品を外し、ドレスを脱いでお風呂に入り、楽な寝巻き姿になると、私はぐったりと自室のソファに身を投げ出した。

「あ〜、疲れた!」

「お行儀が悪いですよ、お嬢様」

 いつもならもう休みに入っている時間だが、初めての夜会帰りの今日は特別に残業してくれているリナが、軽食を小さなテーブルの上に並べながら注意してくる。

 好物の小さなポークパイが三つほどと、野菜のゼリー寄せ、カップに入った温かなコンソメスープ。

 初めてのパーティーで、並んでいるご馳走を食べられずに帰宅するのはよくあることらしくて、あらかじめ帰宅後に摘めるものを用意してくれていたのだ。リナも料理人も、本当に気が利く人たちである。

「だって、ダンスは楽しかったけれど、王太子殿下に声をかけられた上に、公爵令息に変な絡まれ方までしたのだもの。もう、クタクタよ」

 私は、ポークパイを指先に摘んで、そうぼやく。寝る前なので、量は少ないが、これで夜中にお腹が空いて眠れないということはないだろう。

「お嬢様がお可愛らしいから、声をかけられたんじゃないですか?」

「そんな好意的な感じじゃなかったわ。まったく、公爵令息ともあろうお方が、クラスの男子たちがしているような噂を鵜呑みにするなんて、失礼しちゃう」

 私がなおもそう言い募ると、リナは少し心配そうに顔を覗き込んでくる。

「もし、本当にお困りなら、旦那様やアルベルト様に相談なさったほうがいいですよ」

「そうね……、もしまた絡まれるようなことがあれば、そうするわ」

 私はあくびを噛み殺しながら答える。アルベルトならきっと、私が困っていたら、相手が公爵令息であっても助けてくれるはずだ。アルベルトがそばにいる限り、私は安心して生活できる。

 ダンスの時の力強いホールドを思い出しながら、私はポークパイを齧った。

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