第14話 初めての贈り物
お茶会が終わると、すぐに期末試験がやってきた。このあとは冬休みだ。去年まではエドワードと仲良く過ごしていたのだと思うと、少しメランコリックな気持ちになる。
まだ、あの婚約解消から半年も経っていないなんて。あの裏切りの日は、もう何年も前の出来事のように感じる。
期末試験でも、成績は上位の五位内に入った。リヴェリア語は今回も一位を取った。アントンは相変わらず、総合で首位を独走している。「アントンたら、今度こそリヴェリア語の一位を取る! って、騒いでいましたのよ」ヴィクトリア様の手紙を思い出して、クスリと笑う。お茶会のあと、ヴィクトリア様とマルグリット様との手紙のやり取りも、緩く続いている。
「聖夜祭の贈り物についてなんですが」
暖かくした室内でのお茶の席で、いつものようにアップルパイを丁寧に食べ終わったアルベルトが、そう切り出した。
「本来ならば、聖夜祭の贈り物は当日まで内緒にするのが流儀ですが、今回は私の瞳の色の宝石を贈りたいと考えています。ただ、私はあまり女性の装身具に詳しくないもので……よろしければ、宝石店にご一緒していただけませんか?」
「え、一緒に行ってもよろしいのですか?」
私は驚きの声を上げた。実は、私はこれまで宝石店に行ったことがないのだ。
「ええ、もちろんです。本当は、私が自分で選ばなければならないのですがセンスに自信がないので、できればルミナリア嬢にも一緒に選んでいただきたいのです。——せっかくなら、喜んで、いただきたいので」
「喜んで! 嬉しいです」
私が喜色に満ちた声で答えると、アルベルトはホッとしたように微笑んだ。
これまではずっと、エドワードが自分で選んだアクセサリーを贈られていたし、家では両親が選んだものや、母から譲られたものを身につけてきた。だから、自分で選ぶのはこれが初めてだ。
それ自体も嬉しいことだが、アルベルトが聖夜祭の贈り物を本人に相談するという不名誉を得てまで、私が本当に欲しいものをプレゼントしようとしてくれていることも、また嬉しいことだった。
私たちは、次の週末に宝石店へ行くことを約束した。
聖夜祭直前の翌週末。アルベルトの迎えの馬車に乗って、王都の中心街へ向かう。アルステイン家の御用達のお店があるというので、そこへ行くことになっていた。
カエレスティス宝飾店。天の名を冠する店には、翼の生えた蛇の意匠が散りばめられている。女神カエレスティアの御使である、智慧の天使だ。オリーブの枝に絡まっている姿が、看板を始めとした店内の様々な場所に施されていた。
そう、この世界での天使とは、翼の生えた蛇なのだ。神殿にはもちろん女神像もあるし、宗教画として女神の描かれた絵もある。けれども、女神様本人の姿を軽々しく扱うのは憚られると、民間では代わりにこの天使がよくモチーフに選ばれる。
空の色をした壁に囲まれた店内には、雲をイメージしたのか白く塗られたカウンターと、その前に椅子が並ぶ。壁際には、宝飾品の飾られた陳列棚が並んでいる。中央にはやはり白いテーブルが置かれており、金でできたオリーブにプラチナの翼蛇が絡みついている像が飾られていた。オリーブの実はオニキス、翼蛇の瞳にはサファイアよりも鮮烈な青い石が嵌っている。サファイアではないことはわかるけれど、何という宝石だろう。
そんなことを考えながら、大理石の床を、アルベルトのエスコートで歩いていく。アルベルトは陳列棚には目も向けず、店の奥へ真っ直ぐに向かう。カウンターから、店員が迎えに出てきた。
「本日はどのような御用向きでしょうか?」
「アルステイン家の者ですが、奥に通していただけますか?」
タキシードのような服を着た店員の問いに、アルベルトは存外に慣れた様子で答える。店員は、私のほうをチラリと見ると頷いて、奥へと続く扉へと私たちを案内した。
少し細い廊下を進むと、小さな応接室に通される。店頭とはまた違って、白い壁と大理石の床に空色のカーペットが敷かれており、白いローテーブルと、空色の座面の白い椅子が置かれていた。
私たちを奥の上座に座らせると、店員はアルベルトに、紅茶とコーヒーとどちらを用意するか訊いてきた。コーヒーはこの国の南方でわずかに作られるだけで、ほぼ他国からの輸入品だ。エドワードの家の貴族向けのカフェでは出していたが、あまり日常でお目にかかることはない。
コーヒー、別に好物というほどじゃないけど、ちょっとしばらく飲んでいなかったな。私がそんなことを考えていると、アルベルトがこちらを向いた。
「ルミナリア嬢、コーヒーと紅茶、どちらが飲みたいですか?」
「え、私が決めてもよろしいのですか?」
思わず、疑問に疑問を返してしまった。
「もちろんです。今日はあなたへの贈り物を選びにきたのですから、全てあなたの良いように決めて良いのですよ」
アルベルトが頷く。こういうのを相手に全部決めてもらって、リードされるほうが好きという人もいる。けれど私は、こうして私のことを、一人の人間として尊重しようとしてくれるのが、地味に嬉しい。
「それでは、コーヒーを」
私がそう言うと、店員は一礼して部屋を出て行った。
入れ違いに、口髭を携えた、モーニングを着た初老の紳士が入室してきた。
「アルステイン伯爵令息アルベルト様。お久しぶりでございます。イザベラ様はお変わりはありませんか?」
一礼をした紳士がそう言うと、アルベルトも着座したまま軽く一礼をする。
「オーナー。母は相変わらず元気にしておりますよ。今日は、婚約者を連れて参りました。ルミナリア嬢、こちら、オーナーのアドリアン・ローディス卿です」
アルベルトから紹介されて、私も一礼する。わざわざオーナーが挨拶に出てくるなんて、これが御用達ということなのね。
「ローディス卿、こちらは私の婚約者、ソフィア・ルミナリア男爵令嬢です」
「初めまして、レディ・ルミナリア。以後お見知り置きください。本日は当店を楽しんでいただければ光栄です」
「はい、楽しみにして参りました」
人当たりの良い笑顔で言われて、私も微笑み返す。
そうこうしていると、先ほどの店員がコーヒーを持ってテーブルへとやってきた。心地の良い芳香が辺りに漂う。私は、コーヒーの味というよりも、この香りが好きだ。とても落ち着く。
室内は店頭とは違い、私たちしかいないので、カップの触れ合う音と、衣擦れの音だけが響く。
「今日は、聖夜祭に彼女へ贈る、私の色の装飾品を選びにきました。いくつか、見せていただいても?」
「お持ちしましょう。——トビアス、三番と四番、十一番からペンダントとイヤリングを持ってきなさい」
コーヒーを持ってきた店員が、オーナーに命じられてまた早足で部屋を出ていく。
コーヒーの香りを楽しんでいると、すぐに店員が三箱の宝石箱を抱えて戻ってきた。
「こちらを」
ケースを開けて見てみると、二つのケースにはエメラルドが、もう一つのケースにはルビーの装飾品が入っていた。
「ルビー?」
アルベルトが、不思議そうに呟く。
「確かに、アルベルト様のお色と言いますと、どなたも瞳のお色のエメラルドをあげるでしょう。ですがアルベルト様のお髪は、赤くも見えるお色ですので……。それに、ルミナリア男爵令嬢のお髪がピンクブロンドですから、ルビーも映えると思いますよ」
「なるほど。ルミナリア嬢の髪色に合わせたのですね」
納得した様子でアルベルトが頷いた。そうして、私のほうを見つめる。
「エメラルドと、ルビー。どちらにしますか?」
私は三箱の中に並んだ装飾品をじっくり眺めた。どれも、品の良い、けれども娘らしい、清楚でいて華やいだ雰囲気のものばかりだ。目移りしてしまう。けれども——。
「ルビーもとても素晴らしいお品ですが、今回は初めてアルベルト様からいただく贈り物ですので、一目でアルベルト様とわかるエメラルドのものを選びたいと思います」
私がそう言うと、オーナーは頷き、すぐにルビーの入ったケースを閉じて、店員に渡す。店員はケースを持って下がって行った。
「どれにするかも決められましたか?」
アルベルトの問いかけに、私は曖昧に微笑んだ。
「こちらと……こちらで迷っておりますの」
二つのペアを手で指し示す。どちらもプラチナの彫金に小粒のエメラルドで植物を模ったものだが、片方は上品に葉をメインに、片方は可愛らしい蔓をメインのモチーフにしている。葉のほうは少し背伸びをした雰囲気、蔓のほうは少し元気な雰囲気。どちらもそれぞれ素敵で、本当に選べない。
高級店ではあまり長い時間悩むのは、品位がないと言われてしまうらしい。けれども、私はどちらかをすぐに決めることができず、困っていた。
「……私が選んでもよろしいですか?」
唸りそうになっていると、横からアルベルトが助け舟を出してくれた。
「お願いします。本当に、どちらも素敵で選べないので——どちらが似合うと思いますか?」
私がホッとして言うと、アルベルトは二つの装飾品をじっと見つめた。
「それでは、今回はこちらの蔓草のほうを」
数秒してから、アルベルトがそう言う。オーナーは頷いて、立ち上がった。テーブルに出ていた空のケースに、選ばれたペンダントとイヤリングを移すと、ベルを二度鳴らす。二人の店員がやってきて、一人が選んだ装飾品を、一人が他の装飾品が入った二つのケースを抱えて部屋を出て行った。
「お包みいたしますので、お待ちください。よろしければ、店頭をご覧になりますか?」
「そうさせてもらいます」
アルベルトが答えて立ち上がった。私も席を立つ。実はさっきの翼蛇の目に嵌っていた、青い宝石が気になっていたのだ。近くで見たかった。再び店員の案内で店頭に戻る。
アルベルトは支払いのためにカウンターへ行くというので、私は先ほど気になっていた、あの黄金のオリーブとプラチナの翼蛇の像の前にやってきた。
「サファイアの青さとは違うわよね……もっと鮮やかで、目が眩む感じ」
蛇の瞳をじっと見ていると、店員が一人寄ってくる。
「アウィンという宝石でございます。割れやすいために装身具として加工されることは滅多にございませんから、お嬢様がご存知なくてもおかしくはありません」
そっと、囁くように教えてくれた。
「これだけ透明感が高く、大きいものは大変に珍しいです。当店の守り神でございます」
「そうなんですね。とても珍しい、貴重なものを拝見できて、嬉しいです。今日はこちらに伺えて、本当に良かった」
私は笑顔で答えた。気になっていた青い宝石の正体がハッキリして、清々しい気持ちになる。
「お待たせいたしました、ルミナリア嬢」
アルベルトがこちらへ向かってくると、店員は波が引くように壁際へ去って行った。
帰りの馬車に乗り込むと、向かいの席から小さな包みを差し出される。私が首を傾げると、アルベルトはゆっくりと口を開いた。
「先ほど選んだものは、聖夜祭の日にあなたの家に届けるよう、手配しておきました。こちらは、今日の記念に」
そう言って、差し出した手をそのままに静止する。私は慌てて手を伸ばして、リボンで飾られた包みを受け取った。
「開けても?」
「はい。気に入っていただけると嬉しいのですが……」
少し緊張したような面持ちで、アルベルトが言う。
包みを丁寧に解くと、空色の布に店名が描かれた布張りのケースが出てきた。中には、金のプレートの上に、いくつかの小粒のルビーが花弁の形に配された、薔薇がモチーフの髪飾りが入っている。
「これ……」
「勝手に選んでしまってすみません。今日はエメラルドを購入しましたが、これも私の色だと言われたのが新鮮で——あと、あなたの髪色にも映えると聞いたので。それに、これくらいのものなら、学園でも普段使いできると……そう思いまして」
アルベルトにしては饒舌に、しかし誠実に伝えられる。私は嬉しい驚きに息を呑んで、それから丁寧にケースの蓋を閉めて大事に両手で包んだ。
「嬉しいです……本当に。今日はとても特別な一日になりました」
微笑んで私がそう言うと、アルベルトはホッとしたように微笑み返してきた。




