第13話 お茶会の終わりと小さな決着
「私、一年生の時からアルベルト様と同じクラスなの。何かと親しくさせてもらっているわ」
アルベルト様、と、そう呼ぶ時の声が妙に甘ったるく、馴れ馴れしい響きがあった。私のことをじっとりとした視線で見つめてくる。
この方、もしかしてアルベルト様のことを——。
「あなたはつい最近お知り合いになったようだから、アルベルト様のことなんてほとんどご存知ないんじゃないかしら? 彼の趣味は何かご存知?」
エリザベラ様が、なおも挑発的な口調で私に尋ねてくる。ヴィクトリア様が、小さく眉を顰めて「エリザベラ様ったら……」と呟いたが、周りは私たちをじっと見るだけで、クラリッサ様も特に止めようとはしない。
「黙っていてはわからないわ。ご存知ないのなら、そうおっしゃればいいのに。なんなら、私が教えて差し上げましょうか?」
「馬の世話がお好き……と、伺っておりますが」
王都ではあまり乗る機会がないが、子供の頃からの相棒がいると聞いている。
「まあ、それは有名ですものね。さすがにご存知でしたのね。では、好きな食べ物はご存知?」
「甘いもの——特にアップルパイを好んでおられるようですね」
実は甘いものが好きというのは、ゲームでも出てきた裏設定だ。だが、その中でもアップルパイが好きなのに気がついたのは、婚約者として交流を始めてから。我が家でのお茶会の時、さりげなくおかわりをされることが多かったから気がついた。
「あら、ご存知ないのね。アルベルト様が好きなのは、ローストビーフですわ。騎士の方は皆、肉料理が好きですもの」
エリザベラ様は、得意げにそう言う。
確かに男子は肉料理が好きな人が多いけど、アルベルトだってよく肉料理を食べているけど、でもあの人の好物は甘いものなのよ。ゲームの設定でもそうだし、ちゃんと見ていれば甘いものを食べる時だけ、よく味わうようにゆっくり食べているもの。
そう言いたい。けれど、男爵令嬢が伯爵令嬢の言葉を否定するのは難しい。
「あら、私もアルベルト様がアップルパイをお好きなのは、確かだと思いますわ」
そこに他意のなさそうな笑顔で口を挟んできたのは、マルグリット様だった。
「なっ……」
「うちに遊びにいらっしゃると、いつもアップルパイだけおかわりなさるのよ。兄様が、自分の分も差しあげているくらいなの。あんなに大きな身体で甘いものがお好きなんて、少しお可愛らしいわよね」
クスクスと思い出し笑いをしながら、そう続ける。エリザベラ様は、恥をかかされたと思ったのか、ワナワナと震えた。
「で、では、アルベルト様の特技はご存知?」
まだ続けるのか……。そう思いながらも答える。
「ジャガイモの皮剥きですわ」
私がきっぱりと答えると、途端にエリザベラ様は馬鹿にしたように吹き出した。ルイーゼ様とソフィーヌ様も、視線を交わして小さく笑い合う。
「嘘ばっかり! あんな立派な騎士様の特技が、芋の皮剥きだなんて……。あなた、アルベルト様のこと、ずいぶんと馬鹿になさっているのね」
意地悪な瞳が、嘲笑の形に歪められる。
「嘘ではありません。本人からもそう聞いておりますもの」
私がなおも言い募ると、今度は睨みつけてくる。睨まれても困る。だって、本人がそう言っていたのだ。間違いないではないか。
「私も、アントンから聞いた覚えがありますわ。アルベルト様が、以前学園の糧食訓練の時に、裏が透けて見えるほどジャガイモの皮を薄く剥かれていたと」
今度は、ヴィクトリア様が助け舟を出してくださった。ルイーゼ様とソフィーヌ様が、揃って意外そうなお顔をなさった。エリザベラ様の顔は羞恥に歪む。
「男爵家の娘がアルベルト様と婚約なんて、おかしいわ! ソフィア様、私、あなたのこと認められない! だって私……!」
「——そこまでになさい、エリザベラ」
立ち上がって私に怒鳴りつけ始めたエリザベラ様を、クラリッサ様が強い声音で止める。
「クラリッサ様!? なぜ……!」
エリザベラ様が信じられないといった表情で、クラリッサ様を見つめた。クラリッサ様は小さくため息をつくと、緩く首を振る。
「まずは座りなさい。お行儀が悪いですわ」
命じる響きで言う。全員が息を呑んだ。エリザベラ様は硬い表情で腰を下ろした。
「ソフィア様、エリザベラが失礼をしてごめんなさいね。彼女は私の親戚で、今日はどうしても出席したいと言うから許可したのだけれど、まさかこんなことになるなんて……不快に思わせたのなら謝ります」
クラリッサ様が、私に軽く頭を下げる。
「とんでもないことでございます、私こそ、社交の場は慣れていなくて失礼があったのではないかと」
私は慌てて首を振った。エリザベラ様は、青い顔をして俯いている。手が、ドレスの布を強く握りしめていた。
「あなたのマナーはきちんとしておりましたわ。これなら、高位貴族相手の社交でも問題ないでしょう」
美しい笑みを浮かべて、クラリッサ様が言う。紫色の高貴な瞳が、じっと私を見つめた。
「ありがとうございます。これからもいっそう励みます」
私がそう言って一礼すると、クラリッサ様は微笑んだまま軽く頷く。
「そうね。アルベルト様は確かに爵位はお継ぎにならないけれど、いずれセリオン殿下の専属護衛騎士として立たれる方ですもの。あの方と婚姻なさるのなら、高位貴族との社交は不可欠。これからも、仲良くやっていきましょうね」
「よろしくお願いいたします」
「皆様も、よろしいかしら?」
クラリッサ様が全員に向かってそう呼びかけると、俯いて黙り込んでいるエリザベラ様以外の全員が恭しく一礼を返してきた。
「少し騒がしくなってしまったから、今日はこれでお開きにします。皆様、学園でも仲良くなさってね」
クラリッサ様の宣言で、お茶会の終了が告げられる。私たちは一斉に立ち上がり、カーテシーをし合う。
テーブルの上の菓子類と飲みかけの紅茶のカップが下げられ、シナモンの香りがするハーブティーが供された。その後は下座から順番に、また侍女の方の先導で退出する。退出する間際に、ヴィクトリア様とマルグリット様からは、今度手紙を出して良いか尋ねられたので、喜んで了承した。
部屋を辞す際に、クラリッサ様にもう一度カーテシーをして、侍女の案内で私は玄関へ戻ってきた。陽当たりの良いサンルームを出ると、冬の室内はやはり薄暗く、寒々しい。
すぐに他の侍女が、私のコートを持ってくる。手伝ってもらいながら羽織ると、玄関の前にはすでに家の馬車が待機していた。影のようなフットマンの手を借りて、馬車に乗り込む。門を出るまでは姿勢に気をつけていたが、屋敷から離れると、私はドサっと座席に深く背を預けた。
「き、緊張した〜」
お茶もお菓子も最高級だとは思ったが、正直あまり味わう余裕はなかった。さすが公爵家。屋敷も家具も、うちとはまったく格が違う。
「これからも、こういうお付き合いが続くのね……」
軽く背伸びをして、そうぼやく。男爵家の私には荷が重たいが、今はアルベルトよりも安心できる相手がいないのだから、仕方がない。あの安心空間を得る代わりに、こうした社交がついて回る。そう考えよう。
アルベルトとの穏やかなお茶の時間を思い出しながら、私は今日のお茶会を無事乗り切った自分を、内心でめちゃくちゃ褒めた。




