第12話 公爵家のお茶会と初めての洗礼
ヴァルテン公爵令嬢のお茶会は、期末試験直前の冬の週末に行われた。
冬のどこかどんよりとした青灰色の空の下、ヴァルテン公爵邸に向けて馬車が走る。
ヴァルテン公爵邸は、王宮にほど近い場所にあった。門番小屋のある大きな正門から入ると、噴水のある広い前庭があり、その奥にポーチのある大きな玄関がある。宮殿と呼びたくなるような、とても大きな屋敷だった。
えんじ色のドレスと、刺繍と同じ黒い靴、エメラルドの小ぶりのペンダントと髪飾り、イヤリングで武装した私は、上からドレスに似た赤みのある茶色のロングコートまで着込んでいる。髪型は、夜会ならば結い上げるのが普通だけれど、今日は昼間のお茶会なので、ハーフアップをエメラルドのついた髪飾りで留めてある。いつもとは違って、サイドの毛はリナに細い三つ編みに編んでもらった。
馬車がエントランスに到着すると、御者が動くより早く、玄関前に立っていたフットマンが影のように駆け寄って、扉を開けた。そのままフットマンの手を借りて、馬車から降り立つ。
外の冷たい空気に、わずかに身震いする。もうほんの少ししたら、暖かい手袋とマフラー、イヤーマフなども必要になるだろう。
玄関の扉を抜けると、二階まで吹き抜けの大きな玄関ホールがあった。執事と侍女数人が控えており、深い礼で迎えられる。フットマンは、私の着ていたコートを恭しく脱がせて手に持つと、再び影のような俊敏さで屋敷の奥へと去っていった。
「ソフィア・ルミナリア男爵令嬢、お待ちしておりました。お嬢様がお待ちです」
執事が言うと、侍女の一人が進み出て来て再び一礼する。
「私がご案内いたします」
「お願いします」
しずしずと歩く侍女の後ろに着いていくと、やがて明るい光が差し込んで来た。大きく開かれた扉の先には、壁一面の大きなガラス窓と、その奥に明るい庭が広がっている。サンルームだ。今世では初めて見た。
足元は寄木細工の床に、深い緑色のカーペットが敷いてあり、薪が燃えるマントルピースのある壁はアイボリー。テーブルや棚といった室内の調度は木目調のものでまとめられ、クッションが置かれたソファは、カーペットよりやや明るい若草色をしていた。テーブルには純白のレースのテーブルクロス。部屋の隅には観葉植物、テーブルとマントルピースの上には、この時期には温室でしか咲かない薔薇の飾られた籠が置かれている。
正面の窓から見える庭には、ビオラやプリムラ、マーガレットといった季節の花や紅葉した木が、計算し尽くしたかのように配置されていた。広々とした窓からは燦々と陽が差し込み、とても冬の室内とは思えないほど明るい。
席は、下座を避けて半分ほど空いている。まだこれから来る人がいるのか、私が最後なのか、わからなかった。
「お嬢様。ソフィア・ルミナリア男爵令嬢をご案内いたしました」
「ありがとう。下がっていいわ」
侍女が深く頭を下げると、鷹揚な声が返る。ヴァルテン公爵令嬢が、奥の座席にゆったりと座っていた。滑らかな、薄いベージュのドレスを身に纏っている。浅く開いた襟の内側を、首元まで品良くレースが覆っていた。胸元には、王太子殿下の瞳の色をした、サファイアのペンダントが輝いている。
「クラリッサ・ヴァルテンよ。名で呼ぶことを許します。今日は来てくださってありがとう」
声をかけられて、慌てて深いカーテシーをする。
「初めまして。ソフィア・ルミナリアと申します。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「今日は私的な集まりなの。どうか気を楽になさって」
「王太子妃になられるクラリッサ様にそう言われて、本気で気を緩められる方は、そうはおりませんわ」
クラリッサ様のすぐそばに座っている、黒髪を結い上げた女性が、澄ました顔でそう言った。艶やかな濃紺に小さく花柄の刺繍が入った、立襟でしっかり首を隠したドレスは、落ち着いていて大人っぽい。
「そうかしら? こちらはヴィクトリア・ハイゼンブルグ侯爵令嬢。アントン・ベルモント様の婚約者よ」
「ヴィクトリアと呼んでくださいな。どうぞ、お座りになって」
この場にいる中で私が一番爵位が低いはずだ。そう思って、下座のほうへ行こうとすると、クラリッサ様が空いているヴィクトリア様の隣を手で示した。
「今日はあなたのお話を伺いたいの。そちらにおかけになって」
「はい、失礼いたします」
そう言われては、そこに座るしかない。侯爵令嬢の隣なんて恐れ多いけれども、ヴィクトリア様は感じの良い微笑みを浮かべて、クッションの位置を調整してくださった。先に座って話をしていた二人が、会話を止めてこちらを見ているのが気になる。
おそらく、私のほうが家格が低いのに、クラリッサ様の近くに侍るのが気になっているのだろう。
席に着くと、壁際に立っていた給仕の侍女が、素早くカップを用意し、紅茶を注ぐ。芳しい花の香りが漂った。
「私で最後かしら?」
勧められて紅茶を口にしていると、扉のほうで元気な声がした。鮮やかなピンクに、白のフリルがついた華やかなドレスの少女が、侍女に案内され入り口から入って来るところだった。
「お嬢様。マルグリット・カヴァリエリ伯爵令嬢をご案内いたしました」
「ごきげんよう、クラリッサ様」
「ごきげんよう、マルグリット。今日も元気ね」
愛らしい様子でカーテシーを披露する少女に、クラリッサ様が柔らかく微笑む。
明るい茶色の髪に、琥珀色の瞳。しかも家名がカヴァリエリということは、きっとレオニードの妹だ。カヴァリエリ家は侯爵への陞爵を勧められているけれど、商売をやるためにあえて断り続けているという、家格はほぼ侯爵家として扱われている特別な家だ。
「お隣にいらっしゃい」
「はぁい」
親しげな様子を見るに、小さな頃から、クラリッサ様と交流があるようだった。
紅茶を飲みながら、隣の席のヴィクトリア様と天気などの当たり障りのない話をしていると、もう一人、エリザベラ・ローデン伯爵令嬢が案内されてきて、それでお終いのようだった。
飲みかけの紅茶が一度下げられ、改めて金の縁が入った皿に盛られた様々なセイボリーと菓子が、テーブルに並ぶ。淑女でも二口ほどで食べられそうな、小さなサイズのサンドウィッチ。季節外れの刻まれたトマトが乗った、オープンサンド。スコーンはプレーンのものと、かぼちゃ色のもの。たっぷりのジャムとクロテッドクリーム。ナッツの乗ったクッキー。生クリームが塗られたスポンジの上に、葡萄や栗など果物の乗った小さなケーキ。
最初に出された紅茶は、花の香りのするフレーバーティーだったけれど、今度は癖のない、けれどもコクのある紅茶が、ミルクポットと共に供される。
「さあ、これで揃ったわね。皆様、今日は集まってくださってありがとう」
クラリッサ様がそう言うと、私たちは着座したまま軽く一礼する。
「今日は初めての方がいるからご紹介するわ。アルベルト・アルステイン様とご婚約なさった、ソフィア・ルミナリア男爵令嬢よ。皆様も、これから仲良くして差しあげてね」
必要だと思い、席を立ち礼をする。
「ソフィア・ルミナリアと申します。皆様の末席に加えていただければ光栄に存じます」
その後は着座し、クラリッサ様から先ほど挨拶をしなかった方の紹介を受けて、一通り挨拶をした。先に来ていた豊かな赤毛が印象的なルイーゼ・グランフォード伯爵令嬢と、巻いた栗色の髪がおしゃれなソフィーヌ・デュラン伯爵令嬢。最後に来た金髪のエリザベラ・ローデン伯爵令嬢、どの方も見覚えがないということは、きっと学年が違うのだろう。
私以外で出来上がっている関係の中に入っていくのは、なかなか難しい。隣の席で話しかけてくれている、ヴィクトリア様の気遣いが嬉しかった。アントン、素敵な婚約者ができてよかったじゃない。そんなことを考える。
給仕の侍女に取り分けてもらったオープンサンドを食べる。美味しくて、思わず大きな口で食べたくなるけれど、今日は意識して上品に口に入れた。噛む時間は喋れないので、食べるタイミングも大事だ。
「お会いするのは今日が初めてだけれど、アルベルト様とご婚約されるよりも前に、ソフィア様のことは存じておりましたのよ。たまに、アントン様がセリオン殿下に、優秀な女生徒がいると言っているのを聞いておりましたの」
クラリッサ様から話しかけられて、私は慌てて背筋を伸ばした。
「ええ、私もアントンから聞いておりますわ。いつも試験では五位内に入ってらっしゃって、特に隣国のリヴェリア語に関しては一位を取られて、アントンが悔しがっておりました」
楽しげに、ヴィクトリア様が相槌を打つ。そんな、アントン、婚約者や王太子に向かって、いったい何を話しているのよ。私は一気に緊張した。
「覚えてくださっていたこと、誠に光栄でございます」
褒められて奢るわけにもいかないが、謙虚すぎても嫌味っぽい。私は無難に謝意を伝える。
「まあ、ソフィア様ってすごいのね!」
マルグリット様が感心したように言う。正直言って、今日は爵位が低いことを当て擦られる覚悟で来た。だから、貶されるよりは褒められたほうが断然嬉しいが、高貴な方々にこうも褒められ続けると、少し居心地が悪い。
そんな中、横からこんな声が上がった。
「ねえ、婚約者ならば、アルベルト様のことは誰よりも詳しくて当然ではありませんこと?」
エリザベラ様だった。
今、この方、アルベルト様って呼んだわよね? 私は、まずそこに少し違和感を覚えた。そして、私の気のせいでなければ、今のは少し、意地悪な言い方に聞こえた。
「あなたはアルベルト様のこと、どれだけご存知?」
どこか優越感の見える挑発的な笑みで、そう続けられる。空気が、張り詰め、一気に緊張が高まる。
私は、気持ちを落ち着けるため、小さく深呼吸した。




