第11話 お茶会に向けた準備
クラリッサ・ヴァルテン公爵令嬢からの手紙には、先日の剣術大会で婚約者の私を差し置いて月桂樹の冠を贈呈したことへの軽い謝罪と、王太子の婚約者として、将来の側近候補の婚約者と交流を持ちたいと考えていることが、透かしの入った美しい便箋に、藍色のインクで書かれていた。サインと本文が同じ筆跡ということは、公爵令嬢本人の直筆なのだろう。
アルベルトは次男だから伯爵家を継ぐことはないけれど、王太子の側近として専属護衛騎士になることが、ほぼ内定している。つまり、王太子が後ろ盾になるということだ。将来は爵位が高くなくなっても、権力に近い位置にいることになる。
そんな事情から、いずれ、伯爵家以上の高位貴族との付き合いが必要になるとは予測していたけれど、まさか最初から最も高貴と言われている、公爵令嬢とのお茶会だなんて。
正直言って、気が重たい。けれど、未来の王妃様の誘いをお断りすることなど、できるはずもなく——ため息をつきながら、私は便箋を封筒に戻した。一応、後で両親にも読んでおいてもらおう。
服装も、我が家にあるもので、公爵家を訪ねるにふさわしいものを選ばなければならない。場合によっては、新しくあつらえる必要もあるだろう。
次の日、出迎えの馬車の中で、私はさっそくヴァルテン公爵令嬢からお茶会の誘いがあったことを、アルベルトに相談した。アルベルトの婚約者だからこそ、呼ばれた席だからだ。
「二週間後、ですか。さすがに……女性の社交の場にまでお邪魔するわけには、いきませんね」
アルベルトが、残念そうにそう言う。ですよねー。知ってた。
「高位貴族との社交は初めてなので、失礼がないと良いんですが」
「あなたを守りたかっただけなのに、かえってご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません」
私が自信がなさげに言うと、アルベルトが申し訳なさそうに頭を下げる。
「アルベルト様が謝ることじゃありません!」
元々、高位貴族との関わりができるとわかっていて利用させていただいているので、私は慌てて顔を上げてもらった。
「お茶会自体、あまり出たことがないので、マナーが心配なのですわ」
私がそう言うと、アルベルトは首を傾げる。
「きちんとして見えましたが」
学園でもマナーの授業はある。成績はそれほど悪くもなかった。けれど、伯爵家の令息であるアルベルトと昼食を共にするようになって、さらに私なりに密かに努力はしていた。それを、認めてもらえたようで嬉しい。
それでも、公爵令嬢の前で披露するとなると、さすがに心許ないのだ。それに、お茶会の席では、話題選びも大事な社交の一部だと言われている。お茶会自体に慣れていない私で、いったいどこまで通用するだろうか。
「我が家でお茶会の練習を少ししてみませんか? ルミナリア嬢さえよろしければ、母に頼んでみます。母は侯爵家の出身で、高位貴族向けの礼儀作法は一通り習っていますから」
私が唸っていると、思いがけない提案をされた。
「よろしいんですか?」
「ルミナリア嬢のことは気に入っていたようですので、大丈夫だと思いますよ。もしかすると、兄嫁もご一緒するかもしれません。彼女はうちの家では珍しく、社交に強い方で、我が家もとても助かっているんです」
伯爵家の伯母に頼むしかないかと思っていたが、そうしてもらえるなら安心だ。いや、将来の義母との交流となるとそれはそれで心配だが、お優しそうな方だったし。
「それでは、お言葉に甘えますわ」
そんな話をしているうちに、馬車は学園に着いた。
それからの二週間は、あっという間に過ぎた。週末だけでなく、週に二度ほどは放課後にアルベルトの家に行って、夫人であるイザベラ様に礼儀作法を、兄嫁であるマルティナ様からは、社交場で最近流行っている話題を教わる。
時々、アルベルトも様子を見に来てくれて、そうすると話の流れで彼の子供時代の話や、騎士団での訓練の時の話などで盛り上がることが、しばしばあった。ゲーム上で知っていたことを現実でも知ったり、ゲームでは触れられていなかったことも知る良い機会となった。
そういった昔の話のタネにされると、彼は少し困ったように席で身を縮こまらせるのだった。歳の離れた兄嫁とは付き合いが長いらしく、二人はまるで実の姉弟のように気安く見えた。
「ソフィアさんの子供の頃のお話も伺いたいわ」
夫人がそう言うと、マルティナ様も頷いて、こちらを期待の眼差しで見つめてくる。
「私は王都育ちなので、それほど面白い話はないのですが」
私はそう言い置いて、子供の頃の話をした。父親が外交官だったため、生まれたのは隣国のリヴェリアだったこと、幼児の頃はよくリヴェリアの童謡を歌っていたことなど。そのまま時代を進めると、すぐに婚約時代の話題になりそうになり、私は慌てて口を噤んだ。
私の子供時代の大半は、エドワードと共にあった。それは確かだけれど、今の婚約者の家族に話す内容ではない。
「前の婚約は、残念でしたね」
声を詰まらせた私に、夫人が優しく言う。
「けれど、それがあったからうちのアルベルトと縁を繋いでくれたのよね。それなら、感謝しなくては。私、ソフィアさんがお嫁に来てくださるの、楽しみなのよ」
そう言って微笑んでくれた。
「そうだ、ドレスが仕立て直しから帰ってきたのよ。試着してもらわないと」
少し微妙になった空気を打ち破るように、マルティナ様が声を上げた。二週間でオーダードレスを一から作るのは、なかなか厳しい。それで、相談したらマルティナ様が、昔着ていたドレスを譲って下さることになったのだ。
「そうだったわ。直すところがないか、着て見せてちょうだい」
夫人の声を合図に、私たちはドレスのある二階の一室へ移動した。
マルティナ様が下さったドレスは、赤茶に近いえんじ色に黒の刺繍が入ったベルベットの、初冬らしい暖色の上品なものだった。アルベルトの兄のダニエル様の髪色も、アルベルトと同じ赤毛にも見える赤茶色だから、こんなにちょうどいい色のドレスを持っていたのだ。
それに、若い娘らしく、アイボリーのレースでできた襟飾りと裾飾り、袖口の飾りを付けて、私のサイズに仕立て直すことになった。
「思った通り、レース飾りを付けて正解ね」
侍女の手を借りて着替えると、さっそくマルティナ様がそう言う。
「確かに、若い娘さんらしい、柔らかい華やぎが出たわね」
夫人も続けて賛同する。私は今まで着たことのない上質な拵えに、緊張してしまっていた。
「回ってみて。続けてカーテシーを。次はそこのソファに腰を下ろして。——うん、サイズはこれでちょうどいいわ」
マルティナ様の指示に従って、回ったり、カーテシーをしたり、ソファに座ったりする。家で普段着ている綿のワンピースに比べると、ベルベットに裏地まであるドレスはずっしりと重たい。カーテシーの姿勢を美しく保つのに、少し苦心する。
「私の部屋から、宝石箱を持ってきて。ベージュの布張りで、上に黒い糸で薔薇の刺繍が入っているやつよ」
夫人がそう言うと、侍女の一人が滑るように退室していった。
「アルベルトったら、まだ瞳の色の宝石を贈っていないなんて……気の利かない子でごめんなさいね」
「いえ、とんでもないことです。私も、エメラルドのものはほとんど持ち合わせがなくて、すみません」
「いいのよ、気にしないで。娘がいないから、こうして選ぶのも楽しいわ」
「あら、私は娘ではなかったかしら?」
「マルティナさんは、もちろん素敵な私の娘よ。でもあなた、服の趣味が良過ぎて、私が口を挟む隙がないのですもの」
仲の良い姿に、緊張が解けていく。女主人と兄嫁の気安く華やいだ空気が、この家の雰囲気を柔らかく、明るく居心地の良いものにしていた。
それでいて、お二人は社交の場に出れば、気品にあふれた所作と卒のない立ち回りで、家門のお役に立っていると言うのだから、本当に尊敬してしまう。
私も、お茶会で頑張らなくちゃ。
ここまでしてもらったのだもの。しっかり成果を見せられるように頑張ろう。全身アルベルトの色を纏う私が映った鏡の中を覗きながら、私はグッと握り拳を作った。




