第10話 剣術大会の優勝とお茶会の招待
急に決まった婚約だったけれど、お見合いをしたその日の夕方に正式に書類を書いて、私とアルベルトの婚約はそのまま結ばれた。
翌日からはさっそく、アルベルトが私のことを馬車で迎えに来て驚く。毎日は無理だけど、元々男性避けとして結ばれた婚約なのだから、なるべく送り迎えはしたほうがいいとのこと。アルベルトの屋敷は学園には私の家より近いけれど、わざわざこちらまで迎えに来ても、エドワードの家ほど距離があるわけではないので、充分通える範囲なのだと言っていた。
エスコートされる距離にアルベルトがいることに、まだ慣れない。隣に座る姿をそっと見上げる。相変わらず、あまり会話はなかった割には、威圧感はさほど感じさせない。
学園の前に到着し、アルベルトの家の馬車からエスコートを受けて降りると、視線が集まるのを感じた。アルベルトも目立つが、私も噂の元として悪目立ちしているようだ。憂鬱な気持ちでいると、励ますように預けた右手を、軽く握られる。
「ルミナリア嬢、大丈夫ですか?」
いつもの問いかけ。私は「はい」と、小さく頷いた。
視線を集めてはいるものの、直接何かを言ってくる人は誰もいない。ただ、周囲の人たちが私たちを見て、何事か話しているのが感じられた。
「しばらくは落ち着かないと思いますが、何かあればすぐに言ってください」
「ありがとうございます」
推しの囁き声にちょっとドキドキしながら、そう答える。私を教室まで送り届けると、アルベルトは自分の学年の教室に去って行った。
「おはよう、ソフィア。今日はずいぶんと、騎士様と距離が近いのね」
少しニヤニヤしたセリーナが話しかけてくる。騎士様というのは、もちろん最近私のそばで見守りを続けていた、アルベルトのことだ。彼女は本を読むのが好きで、最近は特に恋愛ものを好んで読んでいるというだけあって、ちょっと私たちの関係を楽しんでいる節があった。
「色々あって、昨日婚約したのよ。私たち」
周囲が耳をそばだてているのを感じながらも、私は普通の声でそう答える。この婚約の話自体は、広まってこそ効果を発揮するからだ。
「あら、素敵!」
セリーナは手を叩いて喜んだ。もう、他人事だと思って。そんな意図を込めたジト目で眺めると、マリアンヌがホッとした様子で微笑んだ。
「でも、それならもう安心ね。私たちでは、その、男子生徒たちを止められなかったでしょう?」
彼女は、エドワードとカロリーナさんが二人きりで特別室に向かうのを目撃してしまったためか、責任を感じて私のことを特別に心配していたらしい。
「フリーになったと思ったら、もう再婚約か……短い夢だったな」
「しかも噂の騎士様が相手とはね」
「まあ、ルミナリア嬢くらい可愛くて成績も優秀なら、釣り書きは山ほど届くだろうし」
「伯爵家の子息が相手じゃあ、俺たちにはもう手が届かないな」
教室の隅で今日も噂で盛り上がる男子たちを横目に、私たちは先生が来るまでお喋りに興じた。
秋の半ば過ぎに文化祭が終わると、今度は剣術大会だ。ゲームだと文化祭は、その時点で攻略対象の中で最も好感度が高い人と過ごすことになるイベントで、剣術大会はアルベルト専用のイベントだ。アルベルトは、幼い頃から王太子殿下の護衛となるために側近の一人となっているだけあって、剣の腕はすこぶる良いという設定。ゲームでは身体強化も、自己を癒す魔法も得意だった。
アルベルトは婚約者となってからは、付かず離れず、そばで守ってくれている。当然、文化祭も、クラスの催しは別として、二人で一緒に見て回った。
日常でも、二人で過ごす時間は増えていた。マリアンヌたちが勧めてくれたので、昼食も、しばらくはアルベルトととることになった。騎士らしく、マナーはきちんとしているのに一口が大きいのか、食べる量も多いし食べるスピードも早くて、私はいつも不思議なものを見ている気分になる。
デザートを食べる時だけ少しゆっくりとするのを発見して、アルベルトに実は甘党だという裏設定があったことを思い出した。手のひらが大きいからか、器用に扱っているカトラリーが少し小さく見える。
二週間ほど経つ頃には、甘いものの中でも、特にアップルパイが好物なのではないかと、私は見当をつけていた。少しずつ、現実のアルベルトのことを改めて知っていく。
「アルベルト様、剣術大会が近いですけれど、特別な練習とかはしなくても大丈夫なのですか?」
その日。いつものように放課後家まで送ってもらいながら、私はここ数日気に病んでいたことを尋ねた。
「鍛錬は、朝に自宅で行なっていますから、特に問題ありません」
すぐに返事が返ってくる。でも、私はゲームでは放課後も鍛錬していたスチルが、頭に浮かんで仕方がない。
「もし、私を守るために予定を入れられず、無理をなさっているのなら……」
「私にとって剣術大会は、日頃の成果を確認するための場で、特別にその時期だけ頑張るとか、そういったことはするつもりがないのです。——何か、心配事でもありましたか? 私との婚約を誰かに何か言われたとか」
アルベルトを心配したはずが、かえってアルベルトから心配されてしまった。いつもより饒舌な彼の極上の声を聞きながら、私はアルベルトが自然体のまま私を守ってくれていることに、ひどく安堵した。
ライナスの毛布という言葉が、するりと頭に浮かんだ。この人は私を、とにかく安心させる。
剣術大会の日がやってきた。私はこの日のために、またも苦手な刺繍を頑張って、アルベルトに渡すためのタオルに彼の家の紋章を刺した。決して見栄えの良いわけではないそれを、アルベルトは喜んで受け取ってくれた。
「こんなものをいただいたからには、下手な成績は残せませんね。特訓しておいたほうが良かったかもしれません」
そんな冗談を言いながら参加した大会で、アルベルトはあっさりと日頃の鍛錬だけで勝ち抜いていき、一位を勝ち取ってしまった。
優勝者への祝福に、主君である王太子殿下の婚約者、クラリッサ・ヴァルテン公爵令嬢が、月桂樹でできた冠をそっと頭上へ乗せる。本当なら、婚約者である私がやってもおかしくはなかったのだけれど、急に決まった婚約だったので、もう学園内で最も高貴な女性で将来は王妃となる、ヴァルテン公爵令嬢がやる段取りができていたのだ。
冠を授かったアルベルトが、振り返って壇上から会場へ視線を走らせる。私がいる席を見つけたようで、軽く親しみのある笑みを浮かべた。そうしてから、会場内の喝采に応えるように、剣を高く掲げる。いっそうの声援が飛んだ。私も精一杯、アルベルトの名前を叫んだ。
王太子殿下が、笑顔で気安くアルベルトの肩を叩く。よくやった、とでも言うように。その横には、婚約者のヴァルテン公爵令嬢が微笑んで寄り添っていた。金髪に紫の瞳をした、気品に溢れる美しい人だ。
ゲームでは、王太子殿下に婚約者なんていなかったけれど、現実は違う。学園に入学される直前に整えられたと、噂に聞いた。それ以外にも、同じ学年の宰相の息子、アントン・ベルモントにも、親戚である侯爵令嬢の婚約者ができた。幼い時の私の選択の結果か、ゲームとは違うところが色々ある。
けれども、アルベルトの誠実さだけは、ゲームの通りだった。時間を共にすればするだけ、彼の誠実さを確認して、私はその声にドキドキしながらもひどく安心する。アルベルトは婚約者になってからも礼儀正しく、決して無理に距離を詰めてこようとはしなかった。それもまた、私を安心させた。
頭に冠を乗せたまま、人混みをかき分けて一直線にこちらへ向かってくるアルベルトを心強く思いながら、私は大きく手を振った。
「すごかったです。騎士同士の戦いって初めて見ましたけれど、本当に迫力があって……身体強化魔法がなくても、あんなに軽々と剣を振り回せるものなんですね」
「日頃の訓練の賜物です。それに、父や兄にはまだ到底敵いません」
全校で一番になったばかりなのに、全然得意がらずに謙虚なのがアルベルトらしかった。それに、本気で父親や兄と比較しているのか、謙遜していてもあまり嫌味に感じない。
王太子と婚約者が、こちらを向いて何かを言っているのが見えた。何事かを言い合うと、笑みを交わす。あちらも仲が良さそうだ。
私は改めてアルベルトを見上げた。エドワードとは違う視線の高さにも、ずいぶん慣れてきた。
「この後はよろしければ、我が家でお祝いしたいですわ。料理人に、大きなアップルパイを焼いてもらっているんです」
「それはありがたい。ぜひ、お邪魔しましょう」
私がそう言うと、アルベルトは冠を受け取った時のように恭しく手を胸に当て、畏って見せた。
王太子の婚約者、クラリッサ・ヴァルテン公爵令嬢から、私宛にお茶会への招待状が届いたのは、剣術大会が終わって間も無くのことだった。




