5話 犠牲と献身
人権も、母性すらも国家に蹂躙された時代。おとぎ話を信じた少女が我が子を捨てるまでの、残酷すぎる心理の軌跡。
その将校は本気だった。
マリーヤが待ち合わせの広場に着くなり、両手に余るほどの薔薇の花束を差し出した。
そして、ひと目見た時からあなたのことが忘れられない、と口下手に語った。
「昨日おもちゃ屋で悩むあなたにお会いして、私たちは離れてもひきあう運命の糸で結ばれているのだと直感した」
クレオパトラに出逢ったカエサルのようだ、なんて慣れない落とし文句を使って、言っている本人もマリーヤも白目を剥きそうだった。
「突然のことで驚かせてしまい申し訳ないことをしたと思っている。
しかし、失礼な言い方かもしれませんが、あなたが苦境に立たされていると分かって、居ても立ってもいられなかった。
私もКГБ(カーゲーベー)職員のはしくれだ。この難をかいくぐらせることができる。今日お子さんは一緒ではないので?」
(一体どこまで当局に知られているのだろう)
КГБとはソ連国家保安委員会の略称、秘密警察のことだった。
マリーヤは恐怖心を抑えながら、まだまだ続く相手の熱っぽい告白を聞いた。
同じ職員同士で密告し合いや探り合いはないのだろうか。
返事を濁して将校と別れた後、マリーヤは夜道を歩きながら考えていた。
結局もらった黄色の薔薇に顔を近づけて、ゆっくりと息を吸う。
軍部や政治家の職務など一般市民には知る由もない。
職場の客には関係者もいたが、誰もが密告を恐れて機密を漏らさなかった。
だから、あの将校の情熱もどこまで信頼して良いのか分からない。
マリーヤは当局に追われる身であり続けた。
テレク・コサックであった父が文字通り帰らぬ人になり、母と自分がラトビアで息をひそめて暮らすことになった理由も、今こうして放浪し続けている原因も、ソ連という国家機関の仕業だった。
「ときに、珍しい腕時計ですな」
「母の形見なんです」
「トルコとの国境で初めてお会いした時もされていた。だからあなたのことが印象に残ったのです」
彼は両親がコーカサスの出身であり、一人で迫害の時代を逃れてきたという。
だからあなたの気持ちがよく分かる、と言ってくれたが、今秘密警察に属しているのはなぜだろう。
国境の高山で自分と子どもを見逃したのは、事情を察したうえでのことだったのだろうか。
マリーヤは同情で命拾いしたことを情けなく感じた。
集合住宅に帰ると、先日の老紳士が部屋の前に立っていた。
また黄色の薔薇を携えて、まるで一度に二人の男性から言いよられているかのようだった。
この人は恋に落ちた主人をどう思っているのだろう。
おそらく無口で、仕事を仕事と区別する人物だから、この役を任されているのかもしれない。
КГБ将校のアプローチは日に日に度を増していった。
マリーヤが朝仕事から帰ると、必ず郵便受けに花束が届けられていた。
品種は知らないが決まって同じ、黄色の薔薇だった。
場所を話したことがないのに仕事場に持ち込まれることもあった。
薔薇の本数も日に日に増えている気がする。
このままでは私財をなげうってアパートを埋め尽くすほどの花を調達しかねなかった。
移住した先でようやくプレゼントが止まったと思ったら、翌日には郵便受けに挿さっていた。
マリーヤは耐えかねて苦情を出すことに決めた。
ある日、早めに帰宅して、ちょうど車から降り立った老紳士をつかまえた。
「毎日、花を頂いてとても嬉しいのだけれど、もう入れ物がなくなってしまって、枯らすのも悪いから受け取ることができないんです。少佐さんの不気味さは……いえご好意は十分伝わったから」
老紳士は会釈だけして立ち去って行った。
次の日、花束の代りに少佐が帰宅を待っていた。
「マーシャ、マーシェンカ、直接会って話をしたかった。
君が困ると言うのなら花はもうやめる。
その代わりどうか僕の思いに応えてくれないだろうか。
何も不自由はさせない。もちろん子どもも大歓迎だ。君とつながりのない生活をもう考えられない」
驚きを通り越してあきれてしまった。
ほんの三度顔を合わせただけなのに、すっかり自分にうつつをぬかしている。
果たして信じていいのだろうか。一体どうすればいいのか教わる人が誰もいない。
母がこの場にいたなら何と言っただろう。
マリーヤは移動を繰り返していたがために、執拗なアプローチの対処法を知らなかった。
この将校の人柄は不安で、置かれる立場も分からないが、マリーヤ自身の問題には光がさしたと言える。
婚姻をすればパスポートなしでも居住が認められる。昼間の仕事にもつける。
何より彼女は子どもを養い続けることに限界を感じていた。
自分が歳をとって死んだ時、母を失った自分と同じ道をたどらせることは避けたい。
今の状況では破綻が目に見えている。
マリーヤはこの将校を上手く使うことに決めた。
少佐の申し出を引き受けて数日経った。
マリーヤが仕事を融通している間に、少佐は中佐に昇進し、西シベリア勤務が言い渡された。
西シベリアは、ウラル山脈より西側に広がる平原で、寒さ厳しい土地だという。
勤務地のオムスク州では、大寒波が襲うと昼間でも氷点下30度を下回る。乾燥した気候のため、時折激しい砂嵐や吹雪に見舞われる。
大衆食堂でその話を聞いて、マリーヤは角砂糖をカップにいれそこねた。
ラトビアの冬も長く厳しかったが、吹雪は体験したことが無かった。
育った街を離れてから、温暖な地方にしか住んでこなかったため想像がつかない。まるで未知の場所だった。
少佐は機密のため詳しくは話さなかったが、ここ数年創設したばかりの情報当局付属の学校が職場だという。
孤児や不成立家族の子どもを集めた施設でもあり、そこへ赴任するのは名誉なのだとも。
彼女の心が動いた。
ずっと子どもに、物語に出てくるような立派な将軍になって欲しかったからだ。
また学校というものに憧れを持っていた。
軍事にも関わる機関が運営するそうした学校なら、どこよりも質の高い教育を受けさせてあげられるだろう。
全寮制というからには沢山の教師に守られて、友だちにも恵まれるはずだ。
もしこれがソ連ではなく独立したオセチアか、ジョージアの学校なら、少しも迷わず入学させた。
しかしКГБの施設か……。
マリーヤは悩みぬいた末に妥協することにした。
どうしても、父の偶像に近づけない報われなさを子どもに肩代わりして欲しかった。
子どもが愛されれば自分が愛されたことになる。
そして自信を得て、母への悔恨を振り切りたい。
……などと仕方のないことを、心のどこかで間違いと知りながら、信じる自分がいた。
彼女にはもう一つ、気付かないふりをしていることがあった。
前年、テレク川沿いの村で出逢った元コサック兵のことだ。
КГБのエリートを目指すということは、その老人を、ひいては父を捕らえた組織の一員になるということだ。
当時は内務人民委員部、НКВД(エヌカーベーデー)という名称だったが。
そして銃を持つという意味ならば、老人と同じ目になるということではないか。
たしかその人は「二度と思い出したくもない、繰り返してはならない」と、未来ある世代に向けて語ったのではなかったか。
夕方、数か月ぶりに子どもを連れて買い物に出かけた。
中佐の立場が分からないのが気がかりだが、ひとまずもうパスポートの心配はいらない。
雲一つない空だった。明日も晴れる。
夕日は眩しいが大気は冷たい。マリーヤは上着のポケットに手を突っ込んで歩いた。
子どもは楽しくてたまらないというように、長くのびた影を踏み踏みしている。
普段テレビを見るか、庭の木陰で遊ぶことしかさせていないためだろう。
歌を歌いながらスキップなんかしている。両方へたっぴだ。
明るい街の景色が愉快なのかもしれない。
そう考えている間にも、子どもは前方を駆けて行っては振り返り、また駆けて行く。
マリーヤがついてきていることを確かめているらしかった。
スカートの裾が見えているのに電柱に隠れたりして、おかしいったらない。
近くによると堪え切れずに笑っている。
そうか、自分と一緒に遊んでいるつもりなのか。
こんなに甘えん坊で、この先一人でやっていけるのだろうか。
マリーヤはもう一度教えておきたいと思った。
「血の復讐の塔」が道路を覆いつくすように影を落としている。
その中で立ち止まった。
前を歩いていた子どもは踏むものがないためだろう、恨みっぽく塔を仰いで、仰ぎ過ぎて後ろにへたりこんだ。
何も言わない不思議な子どもだと思う。
こちらから話しかける以外にはほぼ何も言わない。
風が生垣の木々を揺らした。あたり一面が匂い立つ。
鈴状の花がはずれて、二人の頭上へ雨のように降り注いだ。
これはアセビ、毒草だ。
子どもの目の届かないところへ靴で払った。
いかにも面白そうにコロコロ転がっていくのを子どもが気付いた。
靴音でかえって気付かせてしまった。
マリーヤはできるだけ大きな声で呼びかけた。
「おいで、大事な話をするから」
よく考えると、父を苦しめ、母を逃亡生活に陥れたスターリンはいなくなって久しい。
ラーゲリへ送られる同業者の話もすっかり聞かなくなっていた。
今後の政府が今までと同じとは限らないのではないか。
そうした考えにマリーヤは行きついていた。
子どもとじっと目を合わせて質問してみた。
「おじいさんは何だったか覚えてる?」
子どもは不安そうに押し黙っていたが、マリーヤの言葉の意味を受け取ると瞳を輝かせた。
そして内緒話をするしぐさでヒソヒソと答えた。
「テレク・コサック」
「おじいさんのうんと前は?」
子どもは今度は両手を大きく広げて民族名を言った。
年齢ごとに人は際限なく大きくなるものと思っているようだ。
「みんな自由のために戦ってきた。その血がお前にも流れているということを忘れないで」
明るかった表情がみるみるうちに曇った。
「マーマ、どっかいっちゃうの?」
答えを待っている小さな目が初めて彼女の胸をえぐった。
見捨てたいわけじゃない。
なのになぜこんな顔をされるのか。
「何言ってるの、もう6歳じゃない。学校へ行かなきゃ」
マリーヤはうつむいてしまった子どもに溜息をついて、抱きしめてあげた。
「ずっと見守ってる。いつか立派な兵隊さんになったら迎えにくるよ。鉄砲で撃つところ、見せてくれよ」
腕の中で鼻をすする音がして少し離れた。涙をふいてやろうと思った。
「マーマはなかない? ひとりぼっちになっちゃうでしょ?かわいそう」
涙が真っ赤な頬をぽろぽろつたう。
何を言っているのか一瞬分からなかった。
もっと離れたくないと駄々をこねて、泣き叫んで、叩いてくると思ったのに。
子どもは赤い目元に袖を当てると、涙で言葉をつっかえさせながら繰り返した。
「よーしよーし、マーマ、ないちゃメッだよ。マーマがんばれー」
小さな手が伸ばされてマリーヤの頭をなでる。
なんてことだろう。
この子どもが普段何を考えているのか、全く知らなかった。
一体いつからこんな思いを抱かせるようになっていたのだろう。
仕事で上手くいかないことがあると八つ当たりして叩いたこともあった。それなのに。
つまり、自分は保護者になりきることができなかったということか。
ほんの幼い子どもに気遣われなくてはならないほど自分は疲れた顔をしていたのか。
そんな人間のどこに将校は惹かれたのだろう。
この数カ月、子どもの将来のために何が最も良いのか考えてきたつもりだった。
まずは自分のような親の元にいるべきではないのだとマリーヤは思った。
まだ冬の終わらないシベリアの大地を鉄道が横切る。
車内の窓は白く曇り、子どもは指で絵を描くのに夢中だった。
馬のつもりだろう、その生き物はスペースが足りず、アリのように小さな胴体になっていた。
石炭ストーブで暖められた身体で駅に降り立つと、針でさされるような寒さを感じた。
マリーヤは将校に頼んで、子どもを先に寮入りさせることにした。
9月の新学期まで長い長い春兼夏休みになるが、学校ではキャンプや就学前児童の教育も行っているという。
孤児や不成立家庭の子どものためのシェルターだからだ。
子どもは「マーマ、あれなぁに」としきりに声をかけてきたものの、自宅から繋いだ手を離そうとしなかった。
初めて見る風景に怖がりながらも興味が追いつかないようだった。
ここへ来る前もディーゼル機関車に尻もちをつき、給湯器(大型のサモワール)で手を熱くした。
人に聞くまでマリーヤにもそれが何か分からなかった。
同じコンパートメントだった非ソ連人たちは、小さな子どもさえ火傷しても泣きじゃくらない、ソ連人は我慢強い民族だと首をひねっていた。
駅前の中心街を抜けて、白樺通りを歩く。
ヒシクイが沼で羽を休めていて、マリーヤたちが現れると一斉に飛び立った。
つられたように遠くの森林からも鳥影が湧き立った。
徐々にVの字を作り、鳴きあいながら夕焼け空を飛んで行った。
これから暖かい寝床へ向かって行くのだろう。
子どもは指差ししてその声の真似をした。
「クリャー、クリャー」
人通りは鳥とともに去ったように、すっかり途絶えていた。
目的地の学校は、中心街にあった美術館や行政施設とギャップのある印象だった。
機能を重視したコンクリート製の校舎。飾り気の全くない外観だ。
それでも大きな鉄製の柵と門が設けられ、そこだけ古風な唐草文様だった。
このコンクリートの建造物の裏側に中庭があるらしい。
それを聞いてどこか安心した。
子どもが手を伸ばしてくる。どうしたのかと屈むとまた頭をなでられた。
「マーマ、がんばってね」
緊張で汗ばんだ手だった。
「りっぱなへいたいさんになって、おうまさんにのれるぐらいおおきくなったら、マーマをまもってあげるからね」
マリーヤは子どものこの言動に痛ましさを感じていた。
おぼろげで前後がはっきりしないが、自分も同じ言葉を口にしていた。
たしか男に暴力をふるわれている母を助けに行った。
「また同じような事があったらお母さんを守ってね」と言われた。
それから母は泣いていないか、怪我をしていないかを毎晩気にかけることがマリーヤの仕事になった。
食事を母の分多めに作り、夜も眠れず、いつも焦っていた。
情緒不安定な親の期待に応え、保護することで存在を保とうとしている。
さもないと誰も自分を保護してくれない。死ぬしかないと分かっている。
追い詰められた未成年の、そんな心理だ。
幼児が親のことを無条件で好きなのはなぜだろう。
どんな時も親に対して絶対の信頼を抱いていて、しがみついて離れようとしない。
健気なまでの献身を捧げようとする。
それは単に、雛鳥が初めて見たものについて歩く「刷り込み」と同じで、動物は初めて入る外の世界では、初めて出会った他人には依存しなければ生きていけないようになっているためだ。
だから迷子は泣いて親を探し求めるんだ。
マリーヤはそんな子ども……未熟な人間に対して、酷く苛立ちがあって、そして痛々しかった。
「刷り込み」に振り回されていたのは誰だったろうか。
心理学においてそれは「愛着行動」と呼ぶのだが、彼女はまだその言葉を知らなかった。
こうする他に選択の余地はないのか、昨夜からずっと悩んでいた。
心配そうにのぞきこむ子どもの目を見つめて、改めて思う。
産んだ経緯からか分からないが、自分は完全な愛をこの子どもに与えることができなかった。
初めて妊娠したと分かった時、恐ろしくてたまらなかった。
夜の仕事をしている限り避けられないと分かっていたつもりだった。
でもいざそうなると平静でいられなかった。
その頃、人が変わったように毎日泣いて暮らしてたと思う。
他人が自分のお腹の中に発生して、意志を宿して動いている。
苦痛を与えられて、食事もままならなくさせて、その内はち切れそうなほど膨らんで、出てくるなんて……。
化け物のようだと思っていた。
自分を浸食する寄生生物だと。
マリーヤは目の前にいる子どもの手を握りしめた。
そんな感情で一杯だったことを申し訳なく思っている。
でも今あの時の実感を忘れても、心の底でそう思っていることに変わりはない。
人は誰でもそうやって産まれてくるのに……。
自分だって、母の心身を蝕んで産まれてきた。
生き物とは、その発生の仕方から奇怪で、内臓はもちろん、心理に至るまでグロテスクだ。
一体どうしたことだろう、いつこんな歪んだ思考に陥ったのだろう。
生きることすら汚いと否定したら、自分自身が不幸になるだけじゃないか……。
自分は自分の意志で家を出たし、粘り強く父を探してきた。
そこは褒めるべきだろう。
でも、主体的に生きているつもりだったのが実は愛されたいばかりで、自分の身体と将来のことを自分で決める、そんな簡単なことができていなかった……。
何度もおろそうと迷ったけれど、ついにできず、産まれた子どもの手を取らされた時、どうしたらいいのか分からなかった。
全世界に愛されるべくしてそこに存在するはずの子どもに対し、不気味としか思わないなんて。
こんな未来を望んだわけじゃなかった。
昔スケッチブックには、あたたかい暖炉の前で笑う父と母と、眠る赤ん坊を描いたのに。
他人を信じ、愛することができなければ、他人を産むということも、育てるということも上手くいかない。
彼女が感じた赤ん坊への困惑や、不気味さは自然なことだった。
大多数の親が、恐らく「愛」で覆い隠しているそれに、彼女は直面したと言っても良いのかもしれない。
誰も子どもだった頃の彼女へ教えなかったためだ。
無条件で存在を許してくれるはずの母親は、条件付きの「愛」を与えた。
家を出て走り出した彼女だが、母の思い出を振り払うことが目的だった。
自立の時を迎えてもなお、いつまでも自己の歴史を許すことができず、自分は何者かを確立できないために、
体内に現れた違う個体を許すことができなかった。
あえて無視するか、自分の延長として支配的に接するしかなかった。
限りなく近しい他人へのジレンマだった。
もしかすると、彼女の一般と異なる視点は、理学の研究者に向いていたのかもしれないが。
マリーヤ自身もまた、こうなった原因に気付いていた。
子どもの成長を見守れば、時が愛することを可能にすると思っていた。
努力すれば、よその子どものように溌剌とした笑顔を見ることができるとも思っていた。
献身したくとも執着が入り込んでしまう。
責任なんて、そもそも理解していたのか?
これからも自分自身を第一に考えてしまうがために、自分の体の一部のような感覚と態度を持って、この別人格の人間を支配し、犠牲にし続けるのだろう。
まるであのおもちゃの人形のように。
憐れな人形は前の住居に置き去りにしてしまった……。
もう会わないことで子どもと関係を断ち切れるのか、一晩考えても分からなかった。
いつか本人が大人になった時、怒りをぶつけてくれればいい、なんて無責任なことを思う。
「ありがとう。マーマよりもっと好きな人を作って、その人を撫でてあげな」
子どもは分からないというふうに首をかしげた。
間をおいて見捨てられることを察して、服に飛び付き、必死に裾を引っ張った。
「マーマはなれちゃいや! マーマとけっこんしきするー!」
自分は平常心だと思ったのに、腕時計に雫が落ちた。
顔をそらして書類にサインをしようとしたが、手が震えて字を何度も間違えた。
「いつか会いに来るから」と声をかけると、子どもはとうとうべそをかいた。
「マーマ、なかないで」
子どもの方が酷い顔だ。
「ほら、手を離したらアメがもらえるよ」
将校の手を握らせるには、抱きしめて「愛してる」と言うしかなかった。
気が済むまでそうしていて、やっと手を離してくれた。
ゲートが閉じられても子どもはまだこちらを見ていたが、マリーヤは来た道を戻った。
鉄球でもついているような足どりが徐々に速くなり、駆け足で湿地を横切り、全力で夜の中心街を走った。
1973年の3月だった。
なぜ、彼女は子どもを産む決断をしたのか……。
パスポートのない移動から推察すると、マフィアと関わっていたことは間違いなく、中絶の現場を知っていたのかもしれない。
しかし、本人の口から最後まで話を聴くことはできなかった。
補足すると当時、ソ連国内では女性の中絶が非常に多かった。
WHO(世界保健機関)の統計によると、世界で行われる中絶手術のうち四分の一がソ連で行われていた。
マリーヤが初めて私のカウンセリングルームを訪れたのは、1973年の秋だったが、通う間に中絶を数回経験していた。
避妊具はあったがソ連製は使い物にならない代物で、日に日に憔悴してゆく彼女を思い出すと、自分の無力さが今でも悲しい。
その頃、医療関係者のモラルが欠けていたため、出産および中絶の麻酔のために、賄賂を渡さなければならない始末だった。手術内容は乱暴なもので、患者の健康は後回しだった。
さらに記録にも残るため、中絶は世間から白い目で見られ、耐えがたい屈辱を伴った。
ロシアは帝政時代より家父長制を強く残し、ジェンダーに保守的な価値観を持つ人が多い。
政府はといえば、子沢山の女性を賞賛して、「母性名誉」勲章、「母親英雄」勲章を授与した。
それと正反対に、産婦人科は医学の二次的分野とみなされていた。器具も、専門の医師も、建物も足りない。ティッシュ、綿でさえ慢性的に不足している。
つまり、ソ連政府にとって「国家」が全てであり、人間は労働力で、人権はまったく意味のなさないものだった。
性教育は十分に行われず、男性は中絶の危険へ無責任な態度を示すものだった。
強姦であっても常に女性の責任とされた。
セックスワーカーは共産主義の世界には存在しないものとされていたので、権利などまるでなかった。
若者が手術を受けるには、両親の承諾書が必要になる。
だから出産、中絶を病院ではなく「親切な人」に頼む女性が後を絶たなかった。
合法の病院へ行けないマリーヤにとってもまた「親切な人」が存在し、負債と疲労でがんじがらめになっていた。
臨床心理学もまた、ソ連でよい扱いを受けていなかったので、私とマリーヤとの出逢いは、社会の裏と裏でつながったようなものだった。
カウンセラーは何を知っていようと、悲鳴をあげる相手に気付きを促すことしかできない。
思い込みへ否定も肯定もしてはならないと教師に教わった。
私は果たして彼女の何になれたのだろうか。
次回からは子供の視点の話となります。
どうぞよろしくお願いいたします。




