2話 ジギタリスの小道
なぜ母は、私を連れて逃げたのか――。強制収容所の影と崩れ落ちた花。不器用な母子が往くコーカサスの黄昏。
それからマリーヤは9年間、各地の飾り窓を転々とした。
仕事で発生した人脈だけが頼りだった。
ソビエト政府下の地域では、身分証明書で申請をして、許可がおりなければ就労や居住ができない。
市民は自由に移動することもできないのがルールだった。
すぐ身近でもスパイや犯罪容疑で逮捕され、二度と帰ってこない人が多かった。
マリーヤは日々に色あせて、ジョージアへ辿り着くことだけが生きている意義になっていった。
仕事の終わった朝には、母がよく歌っていたラトビアの歌謡を口ずさんだ。
指摘されるまで全く気付かなかった。
1968年、塔の立ち並ぶ村落の風景を見た。
谷間から差しこむ朝日に炊煙がたなびいて、幻想的な世界だった。
幼い頃の記憶と一致した。
丘の上から村へおりる途中、羊の群れと出くわした。
マリーヤは動物が苦手だった。
ベエベエ取り巻かれて困っていると、羊飼いが鞭をしならせて助けてくれた。
馬にまたがっていたのは見なれない風貌の少年だった。
ロシア人よりも目鼻の凹凸が深く、すらりと運動神経の良さそうな手足だった。
マリーヤは少年に付近の地図を描いてもらい、各地の村の名称を教えてもらった。
テレク川はまだ遥か山の向こうだが、とうとう目的の文化圏に来たのだと生気が湧いた。
そして自分は母親似なのだと胸が痛かった。
マリーヤの手にはやっと歩き始めたばかりの子どもがいた。
髪はマリーヤよりも白く脆い。
肌も雪のように血の気が薄く、それらがかえって目の色を際立たせた。
瞳孔はワインの色、虹彩はヒビが入った赤いガラス玉のようだ。
目が合って何度ギョッとさせられたか分からない。
これから暑い季節になるのに、彼女は幼い子どものことは気にとめず、片っ端から戸を叩いて回った。
ほとんどの住人が訪問者の身なりと手元を見ると、憐れんで招き入れてくれる。
しかしマリーヤの尋ねるコサックのゆくえについては誰も知らないようだった。
あるいはあえて話題を避けていたのかもしれない。
ここの住人達は一体何を恐れているのだろうと胸の内の火がさらに燃えるばかりだった。
1972年、大学のレポートでも、政府のまわし者でもない。家族の安否を知りたいだけだと訴えて、ようやく口を開いてくれる人がいた。
その人は当時から30年前の1942年、テレク・コサックに所属していた。
マリーヤの父の時代、1920年から1945年の頃、ロシア全土が、いや世界中がロシア革命と第二次世界大戦で揺れていた。
コサックはそれまで、土地と自由な暮らしを得る代わりに強力な軍隊になることを約束して、帝国と共存していた。
1917年二月革命が起こり、1922年ソビエト連邦が樹立した。
その時、新政府は反革命派としてコサックを徹底的に排除した。
一族郎党を銃殺したり、中央アジアやシベリアへ強制移住させた。
生き残ったコサックはソ連政府に敵意を抱き、続いて起こった大祖国戦争でこの地へ進駐したナチス・ドイツ軍の味方をした。
戦争は残虐さを増し、コサックの魂と誇りは失われ、東ヨーロッパの住人に対する虐殺、破壊、戦争犯罪に関わることとなった。
この老人の話によると、マリーヤの父もそのうちの一人だったという。
ドイツとソ連に挟まれたラトビアという国で生まれ育ち、
両親と親戚縁者を残してきた母は何と思っただろう。
ラトビアにとって、独立国だったところ開戦とともに併合され、ソ連へ良い感情を持っていなかった。
侵攻してきたドイツ軍を「解放軍」として歓迎したという。
母はいまわしい粛清と戦争の体験のことを、父が行方不明になるとともに記憶から消してしまったのかもしれなかった。
1945年5月、ドイツは降伏し、戦勝国となったソ連は、敵側に寝返ったソ連国民を連れ戻す政策をとった。
コサックたちは激しい暴行を受けながら列車に詰め込まれ、強制収容所へ送られた。
何万という人々が亡くなった。
戦争が終わり、スターリンが死没した1953年、生き延びた者は恩赦で釈放され、故郷に帰ってきた。
それから19年、老人はこのことを誰にも話したことがなかったという。
父は赤軍と戦っていた時から既に一緒ではなく、いつどこで消息を絶ったのかは分からないそうだった。
ラーゲリに送られたのなら生きている可能性は絶望的に思われる。
「どれほど人間としての尊厳を踏みにじられるか。
それでも人間は生き延びようとする。どんなに悲惨な状況に置かれても、あそこでの年月が人生の浪費に思えるからこそ、工夫を凝らすんだ……」
老人はラーゲリでの体験を懇々と話して聞かせてくれた。
しかしマリーヤはもう一つ別の大事なことに思考を浸していて、ただ短く相槌を打つだけだった。
たとえこの老人のように釈放されていたとしても、会えるのだろうか。
今までいくらでも機会はあった。
すると父はもうこの世にいないか、会いたくない理由があるのだろう。
老人の眼は、マリーヤの短い人生では計り知れない感情をたたえていて直視できなかった。
もし同じ目をしているのだとしたら、とても笑って「お父さん」と呼べないと思った。
母は父が戦地で何をしたのか知っていたのだろうか。
知りながら、かつての栄光の姿だけを繰り返し語っていたのだろうか。
いずれにせよ家族ごと逮捕される時代に、まだよちよち歩きだった自分を連れて、遠くラトビアまで逃れて、16歳まで生かしたのは母であることに変わらなかった。
9時間ぶりに外へ出て、夕焼け空が視界いっぱいに降りかかった。紫と朱の混ざった雲が、地面をつかもうとする手のひらのように伸びていた。
コーカサスの切り立った尾根に太陽が今、沈もうとしていた。
一人で遊ぶよう言っていた子どもが、母親の用事が終わったことに気付いたらしい、色々な物を落とす音をさせながら納戸から出てきた。
マリーヤの近くまで駆け寄って、抱いて欲しげに見上げてきた。
5歳半になるのにほとんど自分の要望を口にしなかった。
「もう少し自分で歩いてくれるかな、両手がふさがってるんだ」
子どもは黙ったままじっと動かない。
よく見ると後ろ手に何かの植物を持っていた。
「何摘んできたの? 見せて」
少しためらって、ゆっくりした動作で片手を掲げてくれた。
黄色のラッパ型の花だった。
にぎりしめられていたためか、筒状の花弁、おしべ、めしべとパラパラ分解して落ちた。
それを見た子どもは何が起こったのか分からず棒立ちになって、少し経ってから顔を真っ赤にして泣きだした。
「どうして泣くの、もう一回摘んで来たらいいだろ? 何も怒ってないじゃんか」
荷物を抱え直して手を差し出すと、子どもは泣きながらギュッと握った。
「行こう、宿までもうちょっとだから」
こんな時マリーヤが何と言っても、どう転んでも泣きやんでくれないのだった。
歩みを合わせてゆっくりとジギタリスの咲く小道を抜けた。
次回は話が大きく展開します。
どうぞお楽しみに!




